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024.

「……う、重い」


 朝、客用寝室で目を覚ますと、ルーチェの胸の上に金色の猫が乗っかっている。「おはよう」と声をかけると、悪びれた様子もなくナァとアディは鳴く。これがアデリーナの朝の挨拶なのだとルーチェは知った。


「アディは毎朝皆を起こして回っているの?」

「ナーア」

「そっか。それは大変な仕事だね」


 支度室で服の準備をしていたエミリーは、不思議そうにルーチェとアディを見つめる。もちろん、ルーチェには猫の言葉などわからない。ただ、肯定か否定かくらいならわかるのだ。アディの中身はアデリーナであり、言葉は理解できるのだから。

 今日もアディが選んだ服を着る。鮮やかな真紅のリボンタイが華やかで目を引く。ブラウスの袖にはフリルと刺繍が主張することなく施されている。エミリーもアディも満足そうだ。


「おはよう、ルーチェ」


 客室の廊下で待っていたのは、真紅のワンピースを着たリーナだ。二人で色を揃えるのも悪くないとルーチェは頷く。


「おはよう、リーナ。今日も可愛いね」

「本当?」

「出会ったときからずっとそう思っているよ。本当に可愛い」


 そんなふうに微笑んで手の甲にキスをすると、リーナは真っ赤になり、近くで掃除をしていたメイドは台を踏み外す。

 ルーチェはとても幸せだった。何しろ、誰に気兼ねすることなくリーナに触れ、可愛がることができるのだ。彼女は婚約者のフィオリーノその人なのだから。


 ――ふふ。可愛いなぁ。


 対するリーナは、昨日までの勢いが削がれているように見える。緊張しているのか、不安なのか、照れているのか、理由はいくつかあるだろう。ルーチェは気にせずリーナの手をぎゅうと握る。


「今日もずっとリーナと一緒に過ごせるのかな? 楽しみだよ」


 積極的なルーチェに、困惑するリーナ。つい先日は逆の反応を示していた二人だ。エミリーは不思議そうな顔をしながら、立場が逆転してしまった二人のあとをついていくのだ。




「待って。無理よ。わたくしが……僕が望んだのはこんなことじゃないんだ」


 ディーノ以外は入室を禁じたフィオの執務室で、リーナは顔を真っ赤にしながらルーチェに談判する。香茶を飲みながら、ルーチェは悠然と微笑む。


「どうしたの、リーナ」

「どうしたもこうしたも、ルーチェ、お願いだから『ルッカ』の気配を消してくれないか!」

「なぜ?」

「なぜって! 僕がルーチェをリードしたいのに、これではリードされているように見えてしまう!」

「それに何の問題が?」


 問題はないとルーチェは思う。ルーチェはリーナを存分に可愛がりたいのだ。「ルッカ」ならそれが可能だからこそ、ルーチェはいつも通りに振る舞っているだけだ。


「僕は男なんだよ?」

「でも今は女だ」

「ルーチェだって女じゃないか!」


 リーナの悩みが、ルーチェには理解できない。男だから、女だから、何だというのだろう。

 ビスケットをテーブルに置いて、ディーノが「おほん」と咳払いをする。


「畏れながら、申し上げてもよろしいでしょうか」

「何かな、ディーノ」

「殿下は婚約者としてルーチェ様をリードなさりたい、ルーチェ様は婚約者として殿下を可愛がりたい……そうお見受けいたしますが、『役目』を意識すればするほど違和感が生じるようでございます」


 ルーチェとリーナは「役目」とそれぞれが呟く。


「殿下からは気負いすぎのような印象を受けます。昼間は力を抜き、ルーチェ様に寄り添う形のほうがよろしいのではありませんか」

「……ふむ」

「ルーチェ様は殿下が適応なさるまで『ルッカ』の状態を控えたほうがよろしいかと。過度な振る舞いは殿下だけでなく周りをも困惑させてしまいますので」

「……なるほど」

「秘密が公表されるまで、殿下とルーチェ様はあくまでも王女と伯爵家のご令嬢なのです。婚約者同士ではないということをお忘れなきよう」


 あくまでも、王女と伯爵令嬢なのだ。二人の仲が誤解されてはいけないということだ。それは二人の本意ではない。


「わかったわ、ディーノ。わたくしたちはつかず離れず、適切な距離を保たなければならないということね」

「すみません、はしゃぎすぎてしまいました」


 二人は反省し、ビスケットを頬張る。口の中で解けていく優しい甘さに、二人は顔を見合わせて笑う。


「自分を偽るのは難しいわね、お義姉様」

「そうですね、王女殿下」


 ディーノは微笑んだのち、それを告げる。


「花鳥歌劇団におけるコルヴォ殿の直近の出演は、明日の昼の部のようです」

「明日……わかった、今日兄さんに話をしておくよ」

「お願いするわ、ルーチェ。わたくしは妃殿下たちに明日の観劇を控えてもらうようにお願いしておくから」

「ありがとう、リーナ」


 コルヴォが魔女の子どもであるという確証はない。コルヴォが出生の秘密を知っているとも限らない。

 リーナは深々と溜め息をつく。


「あの役者に事情を聞きにいく前に、きちんと陛下に話を聞いておきたかったのだけれど」

「仕方ないよ、ご公務なんだから」


 国王と王妃は今公務で隣国へ行っているため、黒髪の魔女の子どものことを聞きたくても、聞くことができないのだ。リーナは「残念ねぇ」と呟く。


「とにかく、黒髪の魔人ね。何とか探し出さなくては」

「国立調査団のロゼッタ姉様にも、もう一回話しを通しておくよ」

「ええ、お願いするわ、ルーチェ」


 リーナからはどうしても呪いを解きたいという気迫が感じられる。不遇の時間が長かったのだ。当然だと理解しながらも、ルーチェは同時に寂しくも思う。


 ――フィオがリーナだったからこそ、仲良くなれたのになぁ。


 ルーチェは自分の気持ちに蓋をしたまま、微笑むのだった。




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