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023.

「今まで、僕たち三人は王家の秘密を知られないようにするためにここでの暮らしを強制されていたけれど、それを不自由だとは思わなかったんだ。ただ、時間に気をつけなければならないだけで」


 ルーチェの隣に座ったフィオは、憂うように溜め息をつく。二人はまだ執務室のソファで話をしている。

 その考えが改められたのは――不自由さに嫌気が差し始めたのは、王子二人が成人し、社交界や公務に出るようになってからだという。貴族たちとの情報交換も、市井の人々の暮らしを視察することも、王家の秘密を知らない者たちの手によって昼夜を問わず日程に組み込まれていく。日程の調整に難儀し、断りを入れて「呪われていない」王子王女の手を借りたことも多いという。


「それに、僕はフィオとしてではなくリーナとして人々の前に出るわけだから、結局はアデリーナの功績となってしまう。僕は……ただの病弱な王子でしかないんだ」


 ーーだから、フィオは呪いを解きたいのか。


 どれだけ働いても、責務を全うしても、フィオの評価が変わることはない。世間一般では「未成人であるのに兄の代わりに働く、素晴らしいアデリーナ王女」と見られるだけなのだ。

 フィオが呪いを解きたい理由を知り、ルーチェは唸る。手元のカップに、もう香茶はない。フィオがポットから少しぬるくなった香茶を注いでくれる。


「呪いを公表することはできないんだ?」

「陛下はそれを望んでいない。……とは言っても、いつまでも隠してはおけないことだよね。ジラルドもアデリーナもいずれは結婚するだろうから、公表するのは二人の結婚が決まってからじゃないかな」

「つまり、それまでフィオはリーナとして働かなければならない、と」

「そう。それまで僕は病弱で無能な王子様のまま。王家が呪いを公表するのが先か、僕が自力で呪いを解くのが先か……あぁ、嫌だなぁ」


 ジラルドとアデリーナは結婚を急いでいる様子もない。二人の結婚がまとまり呪いが公表されるのは、随分と先の話になるだろう。


「どうすれば呪いが解けるんだろう?」

「黒髪の魔女か緋色の魔獣なら知っていると思って、国立調査団に依頼はしているんだけれど、さすがに『魔境』まで行ってくれる団員はいないみたいだね」

「陛下は魔女の子をどこに隠したか教えてくださらないの?」

「陛下はあれで頑固なところがあるから、いくら僕が不利益を被っていると嘆いても、教えてはくださらないんだ」


 頑固なのか、恥を秘匿したいのかはわからない。だが、国王を頼ることができないことだけは確かだ。


「魔女も魔獣もなかなか『魔境』から出てきてくれないし、出てきたとしても僕が王都にいる限りはすぐに現地に向かうことができないから、コレモンテ伯爵領に別荘を建てて待ってみるのもいいかなと思ったんだけど」

「うーん。それだと時間が無為に過ぎるだけのような気がするなぁ」

「そう。現実的じゃない」


 フィオは魔女と魔獣を見つけるために、使いの者をラルゴーゾラ侯爵領やコレモンテ伯爵領に配置したこともあるのだという。しかし、結果は芳しくなかった。時間の無駄だったのだ。


「黒髪の魔女の子――魔人を見つけて『魔境』に連れて行ったところで、緋色の魔獣が呪いを解いてくれるとも限らない。そもそも、誰も魔女の子を知らないから、探すのも難しいんだよなぁ」

「黒髪の、不思議な魅力の子だったと、兄が言っていたけれど」

「えっ? ルーチェのお兄さん、魔女の子を見たことがあるの?」

「そうなんだ。二十年前、兄も行幸に同行していたみたいで」


 先日セヴェーロから聞いた話を、フィオに伝える。魅了の魔法を使う魔女の子らしく、魅力的な雰囲気の子ども。性別はわからない。しかし、大人になってもその魅力が衰えていないのだとしたら、絶世の美女か美男子になっているだろう。

 ヴェルネッタ王国で黒髪は珍しい。染め粉は割と値が張るため、ヴェルネッタ王国では髪を染める人はほとんどいない。各領主に黒髪の人間を尋ねて回っても、百人にも満たないはずだ。その中から、魔人を探すのは大きな手間ではない。


「黒髪の魔人かぁ……」

「魅力的な人……」


 ルーチェは該当しそうな人物を一人だけ知っている。だが、彼女が魔人のわけがない、と否定する気持ちのほうが大きい。


「『王と精霊の恋物語』は二十年前に、団長の手によって書かれた脚本……だとすると、陛下とオーカ団長の愛人関係は二十年以上前から続いているということか」

「国王陛下がオーカ団長に、魔女の子を託したと考えるなら……つまり」


 ルーチェと同じことをフィオも考えていたらしい。

 国王が魔女の子を託すとするなら、信用できる人間を選ぶはずだ。どこかの領主に託すはずもない。一番可能性が高いのは――国王の愛人。


「あの役者!」

「コルヴォ様!」


 二人同時に思い浮かべたのは、やはり花鳥歌劇団の看板役者コルヴォだ。黒髪で不思議な魅力があるという条件に一致する。また、国王とオーカ団長を介して繋がることができる人物でもある。


「あの役者が魔女の子だという確信はないけど、可能性はゼロではないね」

「そうだね。兄さんを花鳥歌劇団まで連れてきて、顔を確認してもらうのはどうかな?」

「なるほど、いい考えだ。すぐにでも、と言いたいところだけれど、明日の演目にあの役者は出るのかな?」

「楽屋には入れないよなぁ。じゃあ、コルヴォ様が出ている演目を確認して、兄さんを特別席に案内すればいい?」


 二人は「いい考えだ!」と頷き合う。

 とにかく、手がかりがあるのならば一つでも確認しておきたい。できることがあるならやっておきたい。フィオのその気持ちを汲み、ルーチェは微笑む。


「呪いが解けるといいね」

「本当に」


 フィオが男でも女でも、ルーチェは気にならない。だが、そのことを告げるとフィオが悲しむような気がして、口にはできない。フィオが呪いに苦しんでいるのに、「呪いは解かなくてもいい」と伝える気にはならないのだ。


「……ところで、ルーチェ」

「うん?」

「僕は狭量だと言っただろう? 一つ、とても気になっていることがあるのだけれど」


 隣に座るフィオが不穏な空気をまとう。ルーチェはカップを置き、内心びくびくしながら婚約者を見上げる。


「どうしてあの役者に『様』をつけるのかな?」

「え、あぁ、コルヴォ様?」

「そう、それ。ただの役者だよ? どうして『様』なんか」

「フィオにも『様』をつけようか?」

「違う、そうじゃない。そうじゃなくて」


 フィオの言い分を、ルーチェは何となく理解している。絶世の美男子は、絶世の美女に嫉妬しているのだ。滑稽なことだとは思うものの、ルーチェはフィオの気持ちを非難するつもりはない。


「私が『フィオ様』と呼ぶのは嫌?」

「だって、何か他人行儀じゃないか」

「そう、コルヴォ様は他人なんだよ。だから敬称をつけないといけない」


 コルヴォには敬称をつけないといけない雰囲気があるということだけは伏せておく。あのキラキラした輝きを前に、敬うなと言われても心情的に難しいのだ。


「つまり、私はフィオを他人だとは思っていないのだけれど、それでは不満?」


 微笑みながら、フィオの頬を撫でる。意味を理解した瞬間に、フィオは顔を真っ赤にする。そんな婚約者の素直な反応を、ルーチェは可愛らしいものと思っている。フィオもリーナも、ルーチェにとっては等しく可愛らしいものなのだ。


「……不満、じゃない」

「良かった。フィオは私の大切な婚約者なんだ。拗ねる姿も可愛いけれど、そんなに不安に思わなくてもいいんだよ」


 頬をつんつんとつつくと、フィオの眉尻が少し下がる。どうやら落ち着いたようだ。


「……はぁ。僕は本当に狭量だなぁ。余裕がなくて格好悪い。呪いが解けて本来の自分を取り戻すことができれば、こんな情けない姿をルーチェに見せることもないだろうに」

「どんなフィオでも、私は構わないよ」

「ありがとう、ルーチェ。励ましてくれて。僕はそういうルーチェの格好いいところが、好きなんだよ」


 どんな姿でも構わないというのはルーチェの本心なのだが、フィオは本気だとは思っていない様子だ。それを格好いいことだと勘違いすらしている。


 ――呪いが解けても、そう簡単に性格が変わるとは思えないのだけれど。自信がつけば、変わるものなんだろうか。


 ルーチェはそんなふうに疑問に思いながら、何となくフィオの不器用さを察する。それでも、ルーチェの中では「可愛い」の範疇なのだった。




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