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002.

「ありがとう、助かったわ。ええと……」

「初めまして。ルーチェ・ブランディです、アデリーナ王女殿下。この姿のときは、ルッカと呼ばれることもございます」

「なるほど、ルッカね。ルーチェ、わたくしのことはリーナと呼んでちょうだい」


 遠くで楽隊がゆったりとしたテンポの楽曲を奏でている。ルーチェとリーナは組み合ってゆっくりと踊る。

 ルーチェはそのあたりの貴族の娘たちよりは長身だ。リーナも同じくらいの背丈なので、非常に踊りやすい。


「あなた、腕力があるのね」

「ええ。鍛えておりますから」

「何のために?」

「ダンスを誘ってくる凶暴な男たちから、可愛らしいご令嬢を守るときのために」


 二人は見つめ合い、破顔する。


「呆れた。ルーチェってば、とんだ女たらしじゃないの」

「姉に……今日結婚をした姉に、そのように振る舞うよう躾けられてきましたから」


 ルーチェの中性的な顔立ちに最初に気づいたアリーチェから「あなたは格好いい服装と仕草をするべきだ」と幼少期から教え込まれてきた。可愛いものが好きで、可愛い格好をすることに憧れていたものの、ドレスを着るよりタキシードのほうが似合ってしまう長身と顔立ちなのだから仕方がない。

 ルーチェが「可愛い」を諦め、「格好いい」へ傾倒していくのは自然であった。周りに「可愛い」が集まってくることに、快感を覚えるのも自然なことであった。


「そうね。さっきのあれはとても格好良かったわ。倒錯した愛に落ちるところだったわよ。危ない、危ない」

「ふふ。お役に立てたようで、何よりです」

「ルーチェはコレモンテ伯爵のご令嬢よね? 失礼を承知で聞くけれど、その、婚約なさっている方はいるの?」

「残念ながら、このような格好の女を妻に迎えてもいいという奇特な方には出会えず……成人したのに未だ独身でございます」


 貴族の子は十五で社交界に出るようになり、すぐに婚約が決まることが多い。姉のアリーチェもそうだ。十八で成人するまでには相手が決まるものだ。

 しかし、ルーチェに求婚の手紙が届くことはなく、積極的に結婚相手を探すこともしていない。コレモンテ伯爵も夫人も手を尽くしているが、使用人も含め、ルーチェの行き遅れを覚悟しているような節がある。


「まぁ、いずれ伯爵家のためにどこかに嫁ぐのでしょう。リーナ王女殿下の母君も伯爵家出身だと聞いております」

「そうね。母の場合は王妃殿下に望まれたから……あら、まさかジラルドの王子妃狙い?」

「いえいえ、そんな。滅相もございません」


 アデリーナ第三王女は、国王と第二妃の子どもだ。彼女の実の兄であるフィオリーノ第五王子と、王妃の子どもであるジラルド第四王子も成人したが、未だ独身で婚約者がいない。第五王子は病弱だと公表されているものの、ジラルドもアデリーナも積極的に社交界に出てくる様子がなかったため、「国外の王侯貴族と婚姻するのだろう」と貴族たちの間では噂されていたものだ。

 しかし、リーナに群がる男たちの様子を見るにつけ、彼女の結婚は時間の問題ということだろう。先程のジラルドは結婚に至るまで時間がかかりそうだ。彼の自由さを御するには、王子妃にかなりの手腕が必要そうなのだから。


「再従兄の結婚式だから出てみたけれど、わたくしが名乗ると男たちが皆ダンスダンスと誘ってくるから辟易していたの。ダンスは苦手なのにうんざりよ。……でも、いい人に出会えたわ」

「それは良うございました。ちなみに、私もダンスは苦手です」

「あら。踊りやすいわよ」


 常磐色の瞳がルーチェを映す。リーナはまだ踊り足りないようだ。ルーチェをリードし、庭の中央へと足が向くように踊る。あたりの人々が驚き、感嘆の声を上げるのが聞こえる。

 ルーチェは自分たちが周りからどのように見られているのか自覚している。美男美女のダンスはうっとりするほどのものだろう。しかし、ルーチェはリーナが美しく見えるよう、引き立て役に徹する。それを自然と行なってしまえる性分なのだ。

 楽隊の演奏が終わると、周りから拍手が贈られる。リーナは次のダンスの相手をすべて断り、ルーチェを伴って邸へと向かう。どうやら満足はしたようだ。


「ねぇ、ルーチェ。あなたさえ良ければ、わたくしの――」


 リーナの言葉は最後まで聞くことができなかった。ルーチェの頭に、ビシャビシャと何か液体が落ちてきたからだ。


「ルーチェっ!?」

「すみませーん、手が滑ってぇー」


 二階のバルコニーから、葡萄水がかけられたようだ。グラスを持っている若者は悪びれる様子もなくゲラゲラと笑っている。リーナにダンスを断られた報復のようだ。

「幼稚な真似を」とルーチェは手を握りしめる。こういった扱いをされるのには慣れているが、一つ間違えば葡萄水をかけられていたのはリーナだ。王族に危害を加えることの恐ろしさを知らない、愚かな行為だ。


「リーナ王女、お怪我はございませんか?」

「わたくしは大丈夫……でも、まぁちょっとかかったかしら。そういうことにしておきましょうね。あなたのは大丈夫ではないから、わたくしたちの客室にいらっしゃい。着替えを準備させるわ。ディーノ」

「はい、王女殿下」


 近くに控えていたらしい従者の男がスッとリーナのそばに立つ。そして、リーナは男に何やら耳打ちする。男は「かしこまりました」と言って、素早く去っていく。

 王女の隣に立つ人間に葡萄水をかけ、高価なドレスに染みを作ったとなると、どれほどの罪になるのか、ルーチェにはわからない。爵位が取り上げられる可能性はあるが、もちろんバルコニーの彼を助ける気などない。


「ルーチェ様、これを」と公爵家の侍女が浴巾(タオル)を持ってくる。ルーチェを客室に案内することを侍女に伝え、リーナは庭の外れに準備された馬車にルーチェを押し込む。


「お待ちください、馬車が汚れてしまいます」

「構わないわよ。葡萄の妖精さんを綺麗にするほうが先だもの」


 ルーチェは抵抗したが、割と力が強いリーナに押し負ける。剣術や体術で鍛えているルーチェが、これまで同世代の娘に力で負けることはなかった。

 大人しく馬車に押し込められると、金色の毛玉がぴょんとやって来てルーチェの膝の上に座り込む。ナァと鳴く猫を見て、リーナは嬉しそうに笑う。


「あら、珍しい。アディはなかなか人に懐かないのに」


 ――可愛い。うぅ、可愛いっ。あぁっ、でも、汚れてしまうから撫でられない……っ!


 膝の上の暖かさと可愛らしさに、ルーチェは悶える。


「……どうしましょう。ベタベタに……葡萄水がついてしまいます」

「気にすることないわ。どうせ風呂に入れるのだから、存分に撫でてやって」

「はい……!」


 ゴロゴロと気持ち良さそうな音を出す猫アディを撫で回しながら、ルーチェは馬車に揺られる。可愛いものに囲まれて幸せを感じながら。




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