36話―精霊―
「公園、か」
大きな木が立った公園。普段来ることの無い家とは反対方向のこの場所、秋の近づいた夕暮れ時なので子供達は遊びまわっていない。
確かに少し肌寒いような気もする。
「この木に精霊が宿ってるはずなんです。早速儀式を始めましょう」
初っ端からアクセル全開の三鍵に救部のみんなはついていけない。
その間、超能力研究会の部員達は木の周りに塩を撒いたり、読めない文字の書かれた札などを張る。
「ぶ、部長。もはや意味わからないんですけど。どうすればいいんですか」
「そ、そんなこと私に聞くな! 私だって混乱しているんだ」
愁兎は大槻さんと帰ってしまったし、闇討ちするとかなんとかで竜児は飛び出していったし、水原は無表情でそれらを眺めているだけだし………。
「さ、準備は完了した。後は待つのみ」
そう言ってジャングルジムの方へ歩き出す三鍵。俺は部長とアイコンタクトを取って、三鍵についていった。
どうやらジャングルジムで待機するらしい………。
「部活はよかったの? 霧谷くん」
「ああ、なんか精霊を呼び出すとか言うよくわからん依頼だった」
「精霊? そんな部活もあるんだ……」
「ああ、どこかの公園の木がどうとか言ってた」
「ふーん。よくわからないや、霧谷くんはその公園知ってる?」
「一回くらいは行ったことあるかもな」
意味の無い尾行を続けている竜児もこの場にいた。
三鍵 熔は精霊に逢ったことがある。それは小学生低学年の頃の話である。
この公園のジャングルジムの塗装がまだキレイだった頃、一人でよく遊んでいた。
大きな木は今と変わらずそびえ立ち、いつも自分を見下ろしていた。
親は母が早くに亡くなり、父は生活費を稼ぐためにずっと仕事だった。少年のころの三鍵は毎日が淋しくて、そして退屈だった。友達と言える友達はいなかった。別にいじめにあっていたわけではない、ただ、人と関わるのがそんなに得意ではなかったのだ。それなのに退屈というのは少々言っていることに無理があったな、と今になって思う。
そんなある日のこと。いつものように公園にやってきた三鍵は木を眺めていた。なんだかいつもと違った気がするのだ。なにが違うのかは言葉に出来ないが、なにか違った。
「一人?」
不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには、すごく可愛い女の子がいた。自分と同い年ぐらいで、髪の毛の長さが腰くらいまである。
「ぇ、……ぅん」
上手く呼吸が出来なくてそれほどに可愛い、と思ったのだ。小学校にもこんな子はいなかった。
それはまるで妖精、いや精霊の類の存在のようであった。
「じゃあ、私とあそぼう?」
その子は自分の手を引き、嬉しそうに笑いかけてくれた。
彼女が笑うたびにむず痒い感覚になった。
今思えばそれは好き、という感情だったのだろう。
もう一度逢いたかった、見るだけでも良いい。
名前も知らないその精霊に、また逢いたかったのだ。コレは自分の私欲だった。
だからこれは今回限り、2度は無いのだ。
名も知らない彼女と遊んだのはほんの3回程度。それでも記憶には鮮明に残っている。
その後は音も無く消えてしまった。それに何故か、彼女と遊んでいるときは他の子は公園にいないのだ。
やっぱり精霊だった、と俺は思った。
それはただの偶然だったのかもしれないが、それでも俺は精霊だと、そう信じる。
「おい、三鍵。いつまでここにいるんだよ」
部長は1時間耐えて、それから三鍵に話し掛けていた。
「現れるまでだ。別にいいだろ、明日は休みなのだから」
「確かにそうだが………お前は本当に精霊なんていると思うのか?」
「いる。………いや、いてもらわなければ困る」
「………お前は何を焦っている?」
部長は何かを感じ取ったようで、レンズ奥の三鍵の目を見る。
「焦ってなどいないさ。ただ、………なんでもない」
三鍵は何かを言いかけて、止めた。
その目には今何が映っているのだろう。
「部長、水原が帰りましたけど」
「仕方ないな、冷えてきたんだ。このままでは風邪を引いてしまう」
「そんなに寒いですか? というか、超能力研究会の部員達も帰りましたけど………」
「本当だな。……ということはこれは三鍵のための?」
部長はぶつぶつ言いながらも考え事を始めてしまう。
その間、俺はその大きな木に視線を移した。
本当に大きな木。しかしだからと言って何か他と異質なものは感じられない。ただ大きいだけだ。
三鍵は、何を待っているのだろうか。
「おい、三鍵。お前は精霊は現れるといったな? お前はその精霊を見たことがあるのか?」
少し俯いてから、三鍵は応えた。
「ある。………俺が子供だった頃だ」
「そうか、ならばそれは……本当なんだろうな」
部長は詰まりながらもそう言った。
「どういうことですか部長」
「ん、ああ。 精霊の正体、分かったかもしれない」
「本当ですか!? じゃあ三鍵に……」
「それは駄目だ。精霊、はあいつが自分で探さなければならない」
「探す……? それって……」
日が傾き、夜が迫ってきていた。
午後9時。秋の風は肌寒く、一吹きするごとに体が震え上がる。
精霊は姿をみせない。俺たちもまた、その場所から動かなかった。
寒さに震え、視界がかすむ。足も震えてきて、上手く体を動かせない。
「おい、三鍵。大丈夫か?」
「ええ、平気ですよ」
倒れるわけにはいかなかった。コレが無駄なことだとしても、信じていたかった。
ぼやぁ、と人影が木の根元に見えた気がした。
「精霊……?」
いつの間にか俺は歩き出していた。
体がまるで自分の意思とは無関係に動いているように。
意識が、朦朧とする中で俺は精霊を見た。
『大丈夫かっ? ………がある……。……………』
何を言っているのか分からない。話を、またいつかのように話を……。
そしていつかの思いを………ここで──────。
「ずっと、思ってた。君を────」
三鍵が木の前で倒れた。それをギリギリで部長が受け止める。
顔は赤く息も荒くて、熱があるようだった。
目を閉じる瞬間、三鍵は何かを言った。
それがなんだったのかは分からない。
「部長、とりあえず連絡を!」
「落ち着けハル。こいつの携帯電話で家にかけろ」
「わかりました」
ケータイを開き、アドレス帳を開くと確かに三鍵家の電話番号があった。
何回かコールした後、出る。
「あ、あのっ、三鍵さんのお宅ですか? 実は─────」
後日談、三鍵が幼い頃に出会ったという精霊の正体は部長、霧谷 小冬だった。
何でもあのあたりに昔は病院があったらしく、愁兎が入院した際にお見舞い帰りにあの公園に寄っていたらしいのだ。
そこで何日間か遊んだのが三鍵だった、ということだ。
この話は三鍵本人にはしていない。部長曰く、自分で見つけ出せとのことだ。
それにしても部長が絡んでいるなんて………何という偶然。
「で、さぁ。なんで竜児はまた泣いてんの?」
机に突っ伏してうめき声を上げている竜児。誰も触れなかったのであえて突っ込んでみた。
「知らん。どうせ愁兎をつけていたら色々見せ付けられて心が折れたんだろ」
「そういえば尾行しに行ったって言ってたな………」
「阿呆ですね。自らダメージを受けに行くなんて愚かですね」
いつも通りに水原は毒を吐いていく。
今回もなんだかおかしな依頼だった。
「ああ、最近ロクな依頼がこないなぁ………」
部長はげんなりしながらそう言うのであった。