33話―ゲリラ?―
翌日、部室には全員そろっていていつもの雰囲気が戻ってきていた。
しかし、部長はなにやら殺気立っているようで時折みせる眩しい笑顔も素直に直視できなかった。
眩しすぎて、という意味ではない。何かが含まれているようで怖い、という意味でだ。
「そ、そういえば部長。監視カメラの件はどうなったんですか?」
「ああ、その件なら余裕だ。水原がバックアップを取っておいていてくれたらしい」
「そうです。みすみす取られるような真似はさせません」
水原は、カバンからDVDを取り出した。
「私たち霧谷姉弟を敵に回した挙句に好感度をぶち壊しにしおって…………あいつは極刑だ」
ゴゴゴゴ………と部長の背後に紫と黒の入り混じった邪悪なオーラが立ち込める。
だ、駄目だ。これは誰かが死ぬ予感………。
「で、でもDVDならどうやってみんなに公開するんです? 音声ソフトじゃないんですから校内放送では………」
「音声だけを抽出することは出来るんです。ただ、声が入っていないという点が問題なんです」
「だから、そこは考えてあるんだよ、というかここからは私たち救部の独壇場だ」
部長はイスから立ち上がって、ニヤリと口元を吊り上げて笑う。
「誰にも邪魔させない。邪魔する奴は『死』を覚悟しろってね」
いろんな意味で超楽しそうな部長。ここまでくると何でもやりそうだ。
というか、なんつー台詞ですか。SFものじゃないんだから………。
「というわけで作戦会議だ、とは言っても段取りはもう決まっているから役割分担と道具をそろえるだけだ………っと水原、何か武器はあるか?」
キュピーン、と目を輝かせて部室の隅からがちゃがちゃと音を立てて先ほどとは違うカバンを引きずってくる。
「スタンガン、ワサビームにハンドガン、バタフライナイフに鎖にミニ火炎放射器、液体窒素に閃光玉、釘バットや鉄アレイや超粘着質ガムテープやクロロホルムに煙球、ああ、ガスマスクは人数分ありますよ」
「いやいやいやいや、水原!? おかしいからね、間違いなくおかしいから! 女子高生のカバンに入ってるべきものじゃないよね!」
「よし、十分だ」
「部長も何かおかしいって気がついてくださいよ!」
「ん? なんか言ったか、ハル?」
「釘バット持ちながら話しかけるのやめてください! 超怖いですから!」
「部ちょっ…………釘バットあっああ………当たってますからぁ!」
後ろにいた竜児に被害。目に入らなくて良かったな………。
「姉貴、それなかなか似合ってるぜ、さて俺も………」
「俺もーじゃない! 愁兎は危ないからさらに持っちゃ駄目!」
「どーしたハル。今日はやけにテンションが高いな」
「いや、もうなんか………疲れたんでいいや」
捌ききれなくなったボケに疲れはてたので、生暖かい目で見守ることにした。
ああ、………物騒なもの持ち出してこの人たちは一体何をするつもりなのだろう。
「さて、気を取り直して武器を選別しよう。まぁ、いるものなんてワサビームとスタンガン………あとガムテープだけでいいだろ。で、役割分担はこれでいいな?」
部長はバッっと紙を長机の上に広げる。
「おお、これはなんか面白そうだぞ姉貴!」
「そうですね、部長さんはなかなかセンスがあると見ました」
「ふふふ、こういうアクションものを僕はやってみたいと思っていたんだよ」
「何ですかこれ………ゲリラ的な要素バリバリじゃないですか。まぁ、出来なくはないでしょうけど」
「じゃあ、全員理解したってことでいいな?」
部長は面白すぎてこらえきれない、といった表情で救部のメンバーを見渡した。
神坂は成功者だと言っていい。なぜなら彼はこの学校でもっとも有名な霧谷姉弟を退き、中学校時代のような神坂の知名度が上がってきたからである。
無論、ここまでに至るために尽くしてきたことは悪行の数々。しかしそれも知られない。
すべては霧谷姉弟が悪だと信じ込ませ、自分こそが善だと信じ込ませる。それが出来たからだ。
下駄箱でのあの騒動、自分は手出ししなかった。監視カメラは際どい所で生徒会が処分した、ここは賭けだった。
しかしその賭けにも勝ってしまい。面白いように自分の思惑通りに転がっていったときは笑いが止まらなかった。
そう、神坂は取り戻した。あの過去の栄光を、中学時代の時のような状態を。
これからは神坂の時代になるであろうと予測していた。
言ってみれば高校に入ってからというもの、中学時代では敵無しだったのに霧谷姉弟という化け物が現れた。
勉強は姉に勝てず、スポーツは弟に勝てず。見る見るうちに俺は色を失っていた。
ただの二番止まりとなるのだった。しかしそれから、救部というものを作り上げ、友好関係上も上手くいき始めた。信頼も厚くなっていっていた。二番どまりなら良かったものの、成績は落ち、生徒会にまでも負けるようになってしまった。その間に救部部長の霧谷小冬は生徒会会長の速吹智衣と友好関係を持ち、俺の付け入る隙間さえなくなった。そう、完全に一般人、敗北者に成り下がったのだ。
だがそれももう終わり、これからは立場が逆転し、俺の時代が始まるのである。
これほど心が躍ったことはない。
全校生徒が集会のために体育館に立ち並ぶ中、神坂は笑いをこらえていた。
どうやら生徒会が催したものらしい。この間の下駄箱の件もあって全生徒に呼びかけるつもりらしい。
そんなことはもう俺にとってはどうでもいい。というかすでに成功者となったものとしては日々は楽しくてしょうがない。だから早くこの集会を終わらせて休み時間に──────。
そう考えているときだった。体育館の後ろのほうから破裂音が聞こえた。
パン、パパパパン、パパパパン!
全生徒がざわつき始める。それを抑えようと生徒会がマイクで呼びかけるがこの大きな人数はそうは動かせない。
悪戯…………? それにしては微妙だ。
後ろを振り向いたとき、ふっ、と体育館のライトが消え、窓の暗幕が閉じられた。ドアも閉じられる。
「な、なんだ………何が起こって」
混乱する俺を置いて物事は進む。先ほどから教師の声が聞こえない。いくら生徒主体と言ってもこれはおかしい。
教師の座る席のほうを伺ってみたが、誰一人としていない。5人はいたはずなのに。
「ば、馬鹿な………誰がこんな大掛かりなことを」
暗闇の中、スポットライトが壇上に当てられる。その光に照らされるは救部部長、霧谷 小冬だった。
「はは………何かと思えば、無駄なことを」
誰にも聞こえないよう小声で呟く。
馬鹿だ、今更言葉で反論しようったって無駄だ。弟は俺を殴り、姉は監視カメラ。そんな奴にどう弁解できる!?
《注目ー!》
マイクに向かって叫ぶ。何が始まるのかは知らんが見ていてやろう。
《って、あれ? もう見てるか。まぁ、いい。教師もいなくなったことだし、やりたい放題だ!》
マイペースに進む救部部長にむかって罵声が飛ぶ。
「またお前かー!」
「いいかげん引っ込め盗撮やろう!」
ふん、すでにこのようなレッテルを貼られているというのにどうするつもりだろうか?
《あー、まぁ否定派できんな。でもこいつをみやがれぇ!》
ウィーンと何かの機動音。しばらくして暗闇に光が当てられて映像が流れる。シアターだと?
内容は、俺が霧谷小冬の下駄箱に悪戯をしている模様だった。
「回収処分されたはずじゃあ………」
うめく、声が出てしまっていた。
アレは見間違いよう無く俺。くっきりと、鮮明に何をしているかまで映っている。
全生徒がざわつく、先ほどまでとは違う雰囲気で。
映像は切り替わり、一人の男子生徒と一人の女子生徒の映像。見覚えがあった。
『お前、まだ学校来てたのか。まったくあそこまでされて懲りないとはなぁ? 馬鹿なのか?』
『…………』
『何とか言ったらどうだよぉ!』
『………っぅ』
響く俺の声。あいつら………こんな映像をどこで!?
《さて、皆さんに今見てもらったのは現代におけるいじめの現状。………感想でも聞いてみようかな。そうだな………そこの君、確か神坂くんだっけ? 感想を言ってもらえるかな?》
「糞が、糞が、ふざけんなぁぁぁぁぁっ!」
体育館の出入り口一つに目がけて走る。
「どけっ、どけぇぇぇっ!」
周りの人間を押して、かき分けて、なぎ倒して進む。
《おやおやー、なんか暴れてるようですけどー?》
そんなスピーカーからの声を無視し、出入り口近くにたどり着く。
「えっ!? こっちくんの? ちょ、ちょ、タイム! 助けてハルくーん!」
叫ぶ男子生徒を吹き飛ばしてドアから脱走した。