32話―下駄箱―
次の日の朝、登校していると前に部長と愁兎の姿があった。
「部長、愁兎。おはよう」
「ああ、ハルか。おはよう」
「………」
愁兎は顔が心なしかいつもより白く、表情が読めなかった。
これは………色々と大丈夫なのか?、と部長に視線を送るが、部長は肩をすくめて首を振るだけだった。
たぶん。駄目なんだろうなぁ。
しばらく会話も無く無言で歩く。玄関に着いて、下駄箱はクラス別なので履き替えてから部長と愁兎を待つ。
待てども部長は来ない。待ったと言ってもほんの一分程度なのだが。
「愁兎、部長は? 」
「………確かに遅いな。様子を見に行くか」
部長が下駄箱を開けたまま固まっていた。
「……部長、ラブレターでも入ってたんですか。何で固まってるんですか」
部長に近づいていって下駄箱の中身を見る。
そこには愛の欠片なんてものは無くてそれ以上に最悪が広がっていた。
ゴミに、落書きに、そして部長の内履き。
「……これって」
そういうしかなかった。まさか部長が対象になるなんて、ありえない。
「あーあ、まったく。内履きを買うのは結構なお金がかかるんだぞ? 届くのだって一週間はかかるんだぞ?」
「部長! そういうことじゃないでしょう!」
「ピリピリするな、ハル。抱きしめてやるから」
「意味がわかりませんよっ!」
正直、混乱だった。完璧超人の部長ですら狙われるといった事態が。
「あれぇ? 救部の皆さんじゃないの? おはよう」
へらへらとしながら階段を下りてきたのは神坂だった。
愁兎の目つきが一気に変わる。獣のそれへと。
部長は神坂と愁兎の間に立ち、愁兎を抑えるようにして神坂と顔をあわせる。
「何か用か?」
「いや、別に。何か下駄箱で騒いでいるのが見えたからね」
「お前には関係ない、だから早く教室に戻って勉強でもしてろ」
「冷たいなぁ、何か力になれることがあったら──────」
ドン、と音がした。気づけば神坂は吹き飛んでいて、俺の隣には愁兎はいなかった。
愁兎は部長の前に立っており、拳を握り締めていた。
殴ったのか。愁兎が。
「………てめぇが、やっといて。何言ってやがんだよ!」
一瞬遅れて悲鳴が上がる。玄関がざわつく、すぐに人が集まる。
「な、………殴りやがったよ、こいつ!」
神坂も立ち上がり怒れる。愁兎を睨みつける。
「こいよ、何も出来ねぇぐらいにボッコボコにしてやる………」
これは、愁兎。本気でキレてる。
止めないと確実に病院行きの人が出る。かといって止められるほどの筋力なんで俺には無いし………。
「ざけんな! 霧谷ごときに俺がやられてたまるかよ!」
一触即発のこの空気、破ったのはやはり部長だった。
「愁兎ぉ!」
部長が下駄箱に拳を叩きつけて叫ぶ。轟音が鳴り響く。
下駄箱は部長の所から波紋のように広がり罅割れた。というより大破した。
「遅刻するぞ」
そう言って愁兎の手を引いて階段へと向かった。
その時、先生が階段を下りてきた。
「どうした、何があったんだ。あの音はなんだったんだ!」
「何でもありませんよ先生」
部長はスマイルを振りまいて言った。
「い、いや、しかしだね。霧谷君、これは………」
「なんでも、ありません」
遠くにいた俺でこそ、悪寒が走るような鋭い目つきだった。
人間で、あんな目ができるのかというほどの。そのとき野次馬はいっせいに静まった。
先生も何もいえないでいた。
放課後、救部の部室に行くと愁兎だけがいなかった。
「あれ、部長。愁兎は?」
「ああ、なんかあの騒ぎが元になって停学くらってたぞ」
「そう………ですか」
部室内に重い空気が漂う。ここ最近はずっとそんな感じだった。
これから先、どうなってしまうのだろうか。
「あっ、神坂の方はどうなったんですか?」
「あいつはやられただけだったからな。なんもなしだ」
「でも、………やっぱり部長の下駄箱に悪戯をしたのは……」
「神坂だろうな。水原特性の監視カメラを仕掛けていて良かったよ。しっかりくっきり映っていたぞ」
何でも用意しやがるな水原は………。振り向くと無表情に「ふははー」と笑っていた。
「じゃあそれを使えば、愁兎の停学だって!」
「駄目だ」
部長がバッサリと切り捨てた。
「何で、ですか?」
「朝、あいつに言っておいたことがあるんだがな。『決して手を出すな』と、それに監視カメラ。生徒会にばれた」
それって─────、そう聞こうとしたとき、部室のドアが開かれた。
「あなたたちっ!」
珍しく感情的になった速吹生徒会長が部室に入ってきた。
「何もあそこまでやる必要は無かったと思いませんか。それに監視カメラの設置下駄箱の破壊全生徒は混乱していますよあなたが霧谷姉弟がこんなことをするなんてという風に。神坂という奴が中心となって」
「いつもどおりややこしいな、ブッキーは。まぁこれもあいつの計画通りとかいったところじゃないのか?」
「何をあなたはのんきにあとブッキーと呼ぶのはやめなさい」
好感度堕落計画………? あいつは、神坂は何を狙っているんだ。
それから一週間が過ぎ、救部には依頼も来なく、部長はボーっと窓から空を見上げるだけ。
愁兎は停学明けにはなったのだが、いつも屋上にいるらしい。
活気の無くなった部活。それは堕落を指す。
もちろんのこと大槻みろるも登校してきていない。
竜児も萎れ、水原は黙々とハードカバーの本を読み進めるだけ。
いつからこうなったのか………。
みんな精神的に弱っているのは分かった。
俺はいつの間にか屋上へ向かおうとしていた。
屋上に向かうと、愁兎がベンチに腰掛けたまま空を見上げていた。さすが姉弟、やることは同じか。
しかし自分にも笑えるほどの力は持っていなく、ただ愁兎の隣に腰掛けた。
おもむろに愁兎は喋りだす。
「俺はさー、最初大槻を振ったとき昔のようなことが起こらないようにするために振ったんだ。とはいってもそれもいいわけみたいなものでさ、本当は怖かったんだ。自分のせいで大切な人が傷つくのが」
「昔の、話?」
「ああ、昔はさ、俺と姉貴ともう一人女の子がいてな、俺はそいつのことが好きでそいつも俺のことが好きだったんだ」
愁兎は語る。昔の話を
「俺馬鹿だからさ、上手くは説明できないけどさ。なんつーか、俺と対等になろうとしたんだよねそいつは。好きになるってのは相手と対等になってそれでもって好きになるってそいつは思ってたらしいんだ。昔から俺は少しは運動できていてさ、やんちゃだった。とある日に立ち入り禁止って書いてある廃ビルにいったんだけどな。そこであいつは怪我をした。崩れかけの階段を3人で上って、飛んで、走って。どこかでつまずいたのか分からないけど、落ちたんだ。そこから。全身打撲の骨折あり、最悪だった。俺基準で遊んでたんだ、いつもそうだった。それでそいつの親父に『二度と近づくな』って言われて、そのまま離れ離れってわけ」
そこでいったん愁兎は話を切った。
一呼吸置いてまた話し始める。
「俺基準でも待ったく傷つかず、しかも俺よりさらに上を行くのが姉貴だった。姉貴なら一緒にいても傷つかない。だから姉貴とは一緒にいたかった」
シスコンの真相。そんなにも深い理由があったのか。
「俺は正しい選択をしたと思ってた。でも何がこうなったのか、大槻も姉貴も傷ついてしまった。なら、俺は。どうしてこんなにも普通でいられる?」
愁兎は周りのことばっかりで、自分が傷ついているのがわかっていない。
「俺は、もう死んだほうがいいんじゃないのか?」
「なっ! いきなりなんでそんなこと!」
「迷惑ばかりかけて、俺が神坂を殴らなければ今のようにはならなかったかもしれないし、俺がいつも余計なことをするからっ………姉貴が……関係内ないのに………」
愁兎は途中から泣いていた。
そこで嫌な予感が走った。屋上、自殺。
「愁兎っ!」
「ハル、お前に言ったことみんなに伝えておいてくれ。それに、気に病む必要はない。俺が勝手に死ぬんだから」
俺は走って愁兎の腕を掴む。せめてもの抵抗で。
「悪いな、ハル」
ふっと体が宙に浮き、背中から叩きつけられる。肺の中の空気が搾り出される。
「くっは………」
「俺は、友達すら平気で傷つけられるんだ。だから、こんな俺は死んだほうがいい」
ケータイで部長を呼び出すにも、遅い。遅すぎる。
ここには自分しかいない。止められるのは自分しかいない。そうじゃないともう元に戻らなくなってしまう。
あの楽しかった日々は、永遠に手の届かないものになってしまう。そんなのは、嫌だから!
「愁兎っ! 死んだら、許さない! 絶対許さないっ! 死ぬのなら俺も死ぬ!」
「………っ、ハルっ! 何言ってやがるんだ! 俺はどうでもいい奴なんだよ、人を平気で傷つけられる奴なんだよ!」
「それでも、それでも愁兎は優しいでしょ! 愁兎がいなくなるなんてありえない! 救部は誰が欠けても駄目なんだ!」
「わかんねぇ………奴だな! ハルは。俺は死んだ方が──────」
言葉の続きは屋上のドアが開かれる音でかき消された。
ドアは吹き飛び、フェンスに激突する。
「愁兎………」
「姉、貴」
ゆっくりと愁兎に歩み寄る部長。
「ハルが、言ってんだろうが。死ぬなって、………お前は迷惑かけまくって死ぬのか?」
部長の表情はみえない。
「責任を全部死にして償おうってか………馬鹿馬鹿しいにもほどがあるだろ……」
「でも……」
「でもじゃない!」
それは叫びのようなものであった。
「私だけは、傷つかないんだろう? だから私についてくるんだろう? 知ってるよそんなこと。昔のこと引きずってるんだろう? いいから、そんなものはいいからっ! …………私は傷つかないから」
風が、屋上を過ぎ去って、部長の髪をなびかせた。
「死ぬなんていうなぁっ! 」
部長は、泣いていた。その泣き顔を見てしまった。
「私はっ、………お前が必要でっ………お前だって、私が必要なんだろ!だから………だからぁ……」
「もう、分かったよ。姉貴」
そう言って愁兎は部長を抱き寄せた。
何故だか、俺の頬にも涙が伝っていた。
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ちなみに取り扱っているのはアニメ系列ですwww
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