31話―訪問―
4月2日・・・俺の誕生日だっ!
「ん、ここか」
部長が手元の地図と見合わせながら、歩いて10分程度閑静な住宅街の一角に大槻みろるの家はあった。
ここら一体は、なかなか大きな家が立ち並ぶ住宅街で、住んでいる人は小金もちといったところだろうか。
「私の家もここら辺ですね」
水原がそう告げた。そういえば水原んちって金持ちだったよな。
「へぇ、そうなんだ」
「鳴川 春希は、今度招待しましょう。ああ、でも須川 竜児は近づくと射殺されるようになっているので気をつけてください。」
「んなぁ! 女の子のお家に行けると思ったのになんだそれわぁ!」
「気をつけるも何も近づいたら死ぬんだろ………」
「そうですね。須川 竜児以外の救部メンバーで行きましょうか」
「いやだぁっ! 仲間はずれはいやぁ!」
電信柱にしがみついて涙を流す竜児、先ほどまでのオロオロ感はどこへ行ったのだろう。
ふと、後ろを振り返ると愁兎がつまらなさそうに家を眺めていた。
途端、ガチャリと玄関のドアが開き、少女が飛び出してくる。
俺たちのことなど目にも留めていないように郵便受けを覗く。
そして少女は小さくため息をつく。
「えーっと」
「はぅ!?」
部長が怪しむように目を細めて声を発した。
「えと、あの………愁兎くんの……お姉さん?」
「ああ、というか救部のメンバー全員来ている」
「えぇっ?」
門からちょいっと顔を出し、俺ら一人一人の顔を見ていく。
得意げな顔した部長こと霧谷 小冬、いつも無表情の舌先刃物こと水原 闇音、平凡野郎で唯一まとも人間こと鳴川 春希、アホオタクこと須川 竜児ちなみに今は目が腫れている。そして最後に茶髪で運動神経抜群の霧谷 愁兎。
全員の顔を見終わったと同時に部長が言う。
「上がらせてもらっていいかな?」
スーパースマイルつきで。
竜児あたりなら貯金通帳あたりを差し出しそうだ。
通されたのは大槻さんの部屋ではなく、リビングだった。
竜児はせわしなくキョロキョロとあたりを見回している。怪しい目つきで。
水原はお嬢様のようにイスに腰を降ろしていた。いや、実際お嬢様なんだけど………。
部長と大槻さんは机の対面に座り、俺と愁兎は少し離れたテレビ近くのソファーに座っていた。
なんとなく俺は、愁兎の顔を見ることが出来なかった。
「で、最近学校来てないみたいだけど、どうしたの?」
部長が余所行きの口調で大槻さんに話し掛ける。なんか違和感しか感じられない。
「べ、別にたいしたことは………体調があまりよくないだけで」
部長は全部知っている、でもあえて聞いている。
「なにかあったのか? 私たちでよければ力になるけど………」
「部長さん、誰だか分からなくなりなりますからその言葉づかいはやめてください」
水原が鋭く突っ込み。竜児はキョロキョロ。
「ん、そうか。分かった。さて………大槻みろる、学校で何があった」
一瞬の雰囲気の反転。警察の取り調べ並に空気が張り詰める。
シリアスモードに変わったと感づいた竜児はすぐに小さくなる。
隣にいた愁兎も、ピクリと反応するのがわかった。
「わ、私は………ただ体調が悪くて休んでいるだけで………何も……」
そのとき、ガタンと玄関の方向から音がした。
「………!」
大槻さんは、ハッと顔を上げて玄関に向かっていった。何か急いでいるようにも思えた。
「おい………?」
部長、いや、この場にいる全員が困惑した。
程なくして大槻さんは戻ってきた。少し顔が青くなっていたような気がする。
「どうした?」
部長は大槻さんの右手に握られている紙をチラリと見つつ、そう訪ねた。
俺にはなんなのかはここからでは見えない。
「なんでも、ありませんょ………」
「大槻、親はどうしているんだ?」
これも部長は知っている。確か2人とも海外で働いているからこの家には大槻さん一人だ。
「親は海外で………」
「で、その手にもっているものは?」
「ぁ、………これは、ただの郵便ですよ」
「最近の郵便は殴り書きのようにあて先が書いてあるのか?」
「…………」
郵便ではないだろう。手紙というよりかはただの紙のようなものだ。個人が直接ポストに入れていくような。
何かに気づいたよう大槻さんは顔を上げて言う。
「た、多分妹宛ですよ! なんか妹のこと好きな人いるらしくてですね! 直接、渡しに来たんじゃないでしょうか?」
………そういうことね、といったように部長は目を閉じた。
「長居して悪かった、今日は私たちはこれで帰らせてもらうよ」
そう言って部長は立ち上がった。それに続いてカチコチになった竜児が立ち上がり水原が音も無く立ち上がる。
「ぁ、はぁ………」
いきなりでよく分からないのだろう、力の無い返事をした。
大槻さんの家から出て少し歩いてから、部長が呟いた。
「妹宛、ねぇ………」
「妹はいないはずなのでは?」
無表情に水原は言う。あの場で問い詰めなかったのは………部長が何にかに気づいたからか。
「ああ、これは………まだ、なのか」
「そうみたいですね。家にまで安息の場がないのですか」
そこまでくれば俺だってわかる。まだいじめは続いている──────?
何のために? 誰が?
「何者かの強固な意志………?」
部長が呟いた。愁兎はまだ、空を睨むようで─────。
つまらない授業が半分終わって昼休み、廊下に流 朽の姿があった。
「朽………?」
目があったかと思うと、彼は手を挙げた。
2人で屋上に行き、ベンチに腰掛ける。
最初に口を開いたのは朽のほうだった。
「昨日大槻の家に行ったらしいな、愁兎。どうだった?」
「どうといわれても………」
どうといわれても自分は話はおろか顔すらまともに見ていない。だから分からない。
「愁兎、お前とは何気に長い仲なんだからさ、分かるよ。お前はもう何がどうなってんのか分かっているんだろ?」
「…………」
「知ってるよ、何でも自分でやるんだからな。まったく、小学校の頃のことを思い出すよ」
「…………」
「ふぅ………じゃ、生徒会の仕事もやっておかなきゃならないものがあるから、俺はここらで失礼するよ」
屋上を後にしようとして、朽は立ち止まる。言っておなかければならないことがあった。
「頼ってもいいんだからな」
「………」
あいつはいつも突っ走るんだから………と残して。
愁兎は考えていた。これからのことを、でも自分には解決法が思い浮かばなかった。
こんなときにはいつも姉貴だった。それじゃあ駄目だって分かってるけども………。
ガチャリ、と屋上のドアが開く。朽か? と思って振り向くがそこにはまったく違う人物が。
神坂─────!
「やぁ、霧谷くん。こんなところで昼食かい?」
真っ黒な髪にトゲトゲとした髪型。いじめの本人、何故俺に近づいて来たのか。
姉貴のように上手く対処できない俺はシカトを決め込むことにする。
「………」
「なんだよぉ、そっけないな。昨日、大槻んち行ったんだろ?」
「っ!」
何故こいつが知っている。やはり姉貴が言っていたあの手紙はこいつ………。
「こわいなぁ、そんな目で睨まないでよ。僕は昨日塾の帰りに見ただけだってばぁ」
嘘だ、こいつは塾など行っていない。それにあのあたりには塾が無い。そんなこと俺だって分かる。
「………ふふん、これからも仲良くしてね」
そう言って神坂は屋上を後にする。今日は屋上に人が多く集まるな………。
などとどうでもいいことを考えて、イライラを消し飛ばすのであった。
放課後、愁兎の様子がおかしかった。
部長もそれに気がついたらしい。
「愁兎、お前神坂と接触しただろ」
「………ああ」
「何もしていないだろうな? 挑発には乗るな」
すでに部長は何かに感づいているようだった。水原は鋭い視線を愁兎に送っていた。
「………ああ」
特に何をすることも無く、時間だけが過ぎていった。
あれ?竜児は…………?