29話―みろる&愁兎―
無理難題を押し付けられた俺たち救部のメンバーは、いったん部室へ戻り、作戦会議をすることにした。
「部長、マジどうするんですか。というか不登校を引っ張り出すなんて先生でも無理でしょ」
「いや、そんなことはないと思うぞ? 悩みを解決すればそれでオッケーだろ?」
そんな簡単に言ってくれますけどね………。
心の傷ってのは俺らみたいに今を幸せに生きている人間がどういったって治せないものなんだよ。
そう、昔の俺にみたいに。
「あー、姉貴? もういいんじゃねぇの? 折角だけど流石に人の精神までは………なぁ」
「その前に女子か?男子か!? それによって僕の対応も変わってくるんだけどぉ!」
下心バリバリだな。こいつ。
「ちなみに聞くが、女子だった場合はどうするんだよ」
「どうする、だって!? 決まってる! 病んでる病弱系なんて最高だよ!」
「まず答えになってないし、死ねばいいと思うし」
「だな、部長命令でこの部やめろ」
「最低ですね。どうやったら人間そこまで落ちるんでしょうか、ああ、人間じゃありませんでしたね」
「俺はもとから竜野郎のことなんて腐ってたとしっているからな」
全員から浴びせられる罵詈雑言に、竜児はもはや色がなくなっていた。
なんというか、灰色?
「すみませんでしたぼくがわるかったですもうしませんいいませんふざけませんだからそんなこといわないでくださいさみしいかなしいこわいぼくをひとりにしないでくださいそんなめでみないでくださいぶかつやめろなんていわないでくださいしねとかいわないでくださいぼくはまだにんげんでありたいですくさってなんかいませんごめんなさいごめんなさい」
ぶつぶつ呪文のように呟く竜児。これはこれで怖いな………。
「おお、壊れた」
「精神異常者ですね。スタンガンでも使えば直るでしょうか?」
誰の答えも待つことなく、首筋に押し当てる。
バチィ! と気味のいい音をたてて、竜児は動かなくなった。
「記憶の抹消は完了です。目が覚めたときには元に戻っているでしょう」
「荒々しいな………死んではないだろうな」
「大丈夫ですよ、鳴川 春希この人はドMですから」
いや、そこは電力を最小限に抑えているとか言ってくれよ……。
「ほらほら、ふざけてないで作戦会議だ。一応、家の住所は教えてもらったんだが………」
部長は、たくさんの資料を机の上に置いた。
住所、中学時代の履歴書、高校生活の履歴書、学力テストの点数、順位、などなどetc.
「つか、部長。こんな個人情報流出させていいんですか………。生徒会どうなってんの……」
「いや、これは私が個人で集めた。いい情報屋がいるんでな」
この人の人間関係が読めない。
「名前は大槻 みろる。私たちと同じ2年生で性別女、血液型A、誕生日は2月16日、スリーサイズは─────」
「部長、だから個人情報……」
「おっと、すまんな。ハルがいつ突っ込んでくれるのか待っていたんだ」
「俺で遊ばないでくださいよ……」
「姉貴、脱線してる、脱線」
こころなしかいつもよりおとなしい愁兎が先へと促した。
「愁兎?」
「うわっ、なんだよ……ハル」
「別になんでもないけど……」
愁兎の様子がおかしかったから、とは言わない。
何か引っかかった。部長は気づいているだろう。
「それより、だ。問題は何かを考えるべきだろう。さて、愁兎話してもらおうか」
「んなっ!」
愁兎はイスから転げ落ちた。
「私の情報網をなめるなよ? 知らないとでも思ったか。大槻はお前のクラスだろ」
「クラスぐらいは資料に書いてあったでしょ」
「ハル、余計なところは突っ込まなくてもいいっ! さ、愁兎、お前のクラスで何があった?」
「………やっぱ姉貴にはかなわねぇな。俺が一枚噛んでいるってのも分かっているんだろ?」
「さぁ、何の話かな」
「………まぁいいか。そうだな。それは俺たちが野球の試合をしていた梅雨の時期の話になるかな」
いつも通りに練習が終わった俺は、姉貴と下校するために、風呂研究会の前で待っていた。
「あー、覗きてぇ。家じゃあなんかガード固すぎるからなぁ」
そんな冗談を呟きつつ、教室に英語辞典を忘れたことを思い出す。
そういえば姉貴から借りっぱなしだったか? 早く返せとは言われていたけど………。
つーか、姉貴に辞書なんて必要あんのか?
チラリと風呂のを方を伺う。屈強なマッチョたちが行く手を阻んでいる。 風呂研究会の奴だ。
「まだかかりそうか?」
「…………」
黙って睨みつけるマッチョ。 つーかそんなに筋肉ついてんならレスリング部とかいけよ。
「別に隙伺って入ろうとはしね-よ」
「…………」
無言。
まぁ、いいか。ちょっくら辞典でも取りに行ってくるか。
「姉貴に伝えておいてくれよー。辞典とってくるから待ってろってなー」
そういいながら生徒玄関へと向かった。
夕方になり、校内のすべてのものが茜色に染まり、神秘的な雰囲気を出していた。
「っと……あったな」
片手サイズの英語辞典は自分のロッカーの中にあった。
「さ、姉貴待ってるだろうし早めに────」
「きゃっ」
どん、と何かにぶつかり、その何かが床にしりもちをついた。
「ああ、悪い。大丈夫か?」
何かというか普通に女子生徒だったんだが。
「あっ……いえ。って! き、きき霧谷くん!?」
「はぁ? 俺は霧谷 愁兎だけど」
「ご、ごめんなさいっ」
「?ああ、まぁ、俺帰るからな? じゃあな」
「うんっ」
あたふたと真っ赤になりながらもじもじしている女子生徒を背に、階段を下りた。
「愁兎、遅かったな」
「え? ああ、なんか女の子とぶつかったもんでね」
玄関の方に姉貴はいた。
「はぁ、それが出会いとなって早くシスコンを解消できればいいんだが………」
「出会い? そんなもの生まれた瞬間に姉貴に奪われたぜ!」
「なんという奴だっ! 気持ち悪すぎる!」
あれ? 今のは決まったと思ったんだが………。
「お前は彼女とか作らんのか?」
「え? いや、俺には………いいよ」
一瞬脳裏に記憶がよみがえるが、すぐにかき消す。
「それに俺は姉貴がいるしな」
「………」
姉貴はそれに気づいたのか、特に何も言ってこなかった。
「あれ? 姉貴ー。ここは突っ込むところじゃあ?」
「あ、ああ。まぁいいだろう……帰るぞ」
「うぃーっす」
俺は姉貴と帰路に着いた。
次の日、登校してきた俺に走り寄ってきたのは昨日のぶつかった彼女だった。
「あれ? 昨日の……」
「あ、あのっ。昨日はどうもすいませんでした」
「わざわざそんなこと別にいいんだけどな。そういえば同じクラスだったか?」
「え? うんっ。い、一緒に登校してもいいかな……?」
「あん? 別にいいけどさ」
今日は姉貴は日直だとかで早めに登校しているから、暇してたところだった。
彼女は身長やや低めのカチューシャをつけた女の子だった。
名札には大槻、と書かれている。
「大槻、ね」
「な、なにかな?」
「別に呼んでみただけだけど?」
そういうと彼女は顔を少し赤らめた。
「どーしたー? 熱でもあんのか?」
「い、いや……その」
彼女はそれからもじもじしてしまって話さなくなってしまった。
よくわかんねぇやつ。
大槻と話すようになってから2週間たった。
朝の授業の始まる前や昼休みに良く話していた気がする。放課後などは居残りだった俺の勉強を手伝ってくれた。
周りから見れば仲良さ気だったのだろう。
そんなある日。
「霧谷くん……ちょっといいかな?」
消え入りそうな声で、それでも搾り出したように話し掛けてきた。
「ん? どーした大槻」
「放課後……少し、話があって……その、屋上とかに……きてくれないかな?」
うーむ、放課後は部室で姉貴とのいちゃいちゃタイムだったんだがな……。
「今じゃ駄目なのかな?」
「えっと、放課後じゃないと……」
「そうか、じゃあ分かった」
すぐに済むだろう、別にたいした用件でもなさそうだし。
そう思っていた。
「す、好きなんです……ずっと、好きでしたっ」
彼女の声が鼓膜を揺らす。
意味を何度も理解しようとする。はて? 好きってどういう意味だっけかな。
誰も居ない屋上で。こ、く、は、く、か……。
混乱する反面。昔の記憶がまたもよみがえる。
やめろ、これはもう……忘れたから。
もう、消えたんだからっ……。
「き、霧谷くん……?」
「だ、大丈夫……でも、その思いは、俺は、受け取れない」
止まる。風も、言葉も、空気も、雰囲気も、何もかも。
ややあって、彼女は小さく声を発した。
「そう……だよね。私はなんか、だよね。仕方ないよね……でも、これからも仲良くしてくれる……?」
「ああ、それは……大丈夫」
そう、大丈夫。これまで通りに戻るのなら─────。
その考えは、まるで昔の記憶を引っ張り出したかのように崩れ去った。