19話―交代―
「バッターアウト! 三振!」
審判の太い声がマウンドに響き渡った。
「いよっしゃあ! いい感じだぜ、大智!」
愁兎が大智君に呼びかけ、ボールを投げ返す。
なかなかいい感じで大智君のボールは切れていると思う。
カーブ。それが大智君の必殺球。切り札。
野球部部長という肩書きは伊達ではなかった。
大智君はボールを笑いながら受け止めた。
振りかぶり、上体をひねって投げる。
ズバン、という鋭い音とともにストライクの声が聞こえる。
「大智君、調子よさそうだ」
この試合。いい戦いになりそうだ。
「で、次のバッターは部長か」
「そうだな。いっちょホームランでもとってくるか」
そういって部長は金属バットをつかみ、バッターボックスに立つ。
ヘルメットからは、長い黒髪が零れ落ちている。
ギィン! という快音が聞こえ、軽々とフェンスを越した。
それはホームラン。部長、ほんとにやったよ……。
ニコニコと、満足気な笑みを浮かべて、ベンチに戻ってくる。
「部長。たった3行程度の間にホームランを打つなんて流石です。私は感激しました」
「3行ってどういう意味?」
なかなかかみ合わない会話の中、試合は進んでいく。
そして8回表、こっちのチームの攻撃。0-3でこちらが勝っている。
そんなとき、灯山 翔が叫んだ。
「ピッチャー交代だ。俺が行く」
そう言ってベンチから出てくる。
マウンドに立つと、ものすごく威圧感がある。
こちらのバッターは……俺。
「俺は少し舐めていたのかもしれない。お前たちのチームをな。そして二千 大智お前の
カーブも前よりもキレが増しているな………だがな。その間、俺も成長している
ということを忘れるなよ」
そういうと、灯山 翔は振りかぶった。上体をありえないくらいにひねる投法。
これは──────トルネード投法。
ズバァン! というキャッチャーミットにボールが収まる音。
速すぎた。それも比べ物にならないほどに。
ストレートでこの脅威。この先これを打つことが出来るのかという絶望感に襲われる。
気力を削ぐ。そんな力がこのストレートには込められていた。
「部長、すんません。振ることも出来ませんでした」
「仕方ないな、ハル。アレは私でも反応できるかどうか」
ずん、と重い空気が漂うベンチ内。
「やっぱり、無理なのかもしれない」
大智君がそういった。
エースである大智君が、言ったのだ。
それは何を意味するか、………チームの崩壊。
「大智、何言ってんだよ。こっちには3点も余裕があるんだ。勝てるって」
そんな愁兎の言葉にも、反応を見せなかった。
「どうしたものかな………」
部長がそんなことをつぶやいた。
「次のバッターは………」
結果的に灯山の球に追いつくものはおらず、8回裏、相手チームの攻撃となった。
そして、ここから悪夢が始まった。
バッターは灯山。ピッチャーは大智君。何かの関係があるのか、2人は真剣である。
「こいよ。俺がかっ飛ばしてやるからな」
「…………」
「得意のカーブで、だぜ? 」
「………お前は、俺のカーブを打てたことが無かった」
「そうだな。お前のカーブは肩口から入る、ゆえに打とうとすれば詰まるだろう」
2人は無言になり、大智君は振りかぶる。
投げた。肩口から入るカーブ、さっきよりもかなり速い。
ギチッ! という音を鳴らし、ボールは後方へ。バックフェンスに当たり、ファウルとなる。
「流石……というべきかな」
「…………」
「何か言ったらどうだ。二千 大智」
「お前を……カーブのみで打ち取る」
馬鹿だ。お前は……いつまでたっても馬鹿だ。何に執着している。
あれはもう終わったことだ。振り返ろうが何も残っていない。
なのに、なのにまだ、あいつのような眼をするのか! お前は!
もう一度言う。お前は馬鹿だ。執着していることも、あえて俺と敵対することも。
だから分からせてやろう。それは無駄な努力だったと。
奴が振りかぶる。必ず来る。あいつのカーブが。
「全部。お前の甘すぎる考え全部を! 粉々にしてやる!」
ガキィン!という音が鳴り響き。白球は軽々とフェンスを越え、場外へ。
場外ホームラン。
「お前は………馬鹿だ」
それだけを吐き捨て、ベンチへと足を向けた。
それから大智君は、糸が切れた操り人形のように無力になり、ボールはピッチャー
後方を軽々と突き破る。
何とかみんなで守ったものの、3-5と、逆転されてしまった。
「すまないみんな。ここまで付き合わせて悪かった」
大智君がそう切り出した。
「もう。いい。終わったんだ。あいつには届かなかった。そして、灯山にも。
そもそも依頼は『野球の試合に数合わせで出てもらうこと』だったんだ
だから………もう、いいんだ。負けても」
「お主……本当にそう思っているのか? 」
今まで存在感が無かった士幸君が唐突に話し始めた。
「負けてもいいだと? 馬鹿げているだろう! 戦いの途中で刀を捨てるなど、生きてないのも
同じ! いや………もはや殺されるだけの道具よ!」
いまいち理解が出来ないが、ここはシリアスムードである。(だから突っ込めない)
「ははは……依頼が『野球の試合に数合わせで出てもらうこと』だと? そんなこと
私は知らんな。私は『野球の試合に勝つこと』で受けているのだからな。そんなひ弱な
依頼だとしたら私が受けるわけ無いだろう。私は私のために、依頼をただクリアするためだけに
戦う。この試合の負けは依頼の放棄に値するな。次のバッターは私だ、みんな見てろよ」
そういって部長はニコニコ笑顔を取りやめ、真剣な顔つきでバッターボックスへと向かった。