15話―The Tears―
今日は土曜日、休日で学校は休みである。
普段ならば午前中はすべて睡眠時間に費やされるのだが、今日は違った。
水原からのメール。学校に来てくれますか? という内容だった。
一斉送信だったため、他に誰に送ったのかは分かった。
ただ、竜児の名前が無かったため、竜児にもこのことをメールで伝えておいた。
なんとも水原らしい。
お別れの挨拶ではないだろう。いや、そうあってほしくない。
でも万が一、ということも考えられる。
もし、もしも水原が行ってしまうなら?
俺にはどうすることも出来ないし、部長だってどうすることも出来ない。
部長は言っていた。俺たちが口出しすることじゃないんだって。
水原には水原の道があるのだって。
時間は午前8時。
「………行こう」
休日なので私服で学校まで行くことにする。
グラウンドでは朝から練習しているであろう野球部が走り回っていた。
何を言っているかよく分からない掛け声で、汗を流して走っている。
校門にはまだ誰も来ていなかった。
少し来るのが早すぎたらしい。
校舎を見上げると、窓ごしに水原の姿が見えた。
少しうつむいて、でも表情は変わらずに。歩いていた。
今は会いに行くべきではないと、そう思ったから俺は校門にもたれかかった。
足取りは重かった。最後にこの学校を見て回ろうと考え付いたのは今日の朝。
グラウンド、教室、体育館、…………。
次はいつもの場所に向かうところだった。
階段を上る足が重い。何故なのかは分からなかった。
今までこんなことはなかったのに。
転校だ、といわれれば難なく言うとおりにしてきたのに。
部室のドアが見えた。その前に立つ。
中からは物音一つしない。それはそうだろう、今日は休みの日なのだから。
いつもならば、須川 竜児が馬鹿やってて。それに鳴川 春希と部長が突っ込んで。
霧谷 愁兎は盛り上げていたっけ。
あの空間は暖かかったのだ。
ガチャリ、とドアを開く。
「よう」
…………窓のさんに腰をかけている部長が話しかけてきた。
「今日は………学校は休みですよ」
この人は、いつも行動がよく分からなかった。
それなのに完璧で、私にたくさんのことを教えてくれた。
「部長は………私に何でも教えてくれますね」
「うん? いきなりどうしたんだ? というか前もそんなこと言ってなかったか?」
私と部長が出会ったのは今年の春。
つい何ヶ月前の話だ。
部活にも入らず、ただ放課後に教室で一人本を読んでいた頃。
居ても居なくても変わらない存在。
誰も関わってこない存在。
そうなりたかった。そうすれば、感情なんてものは必要ないのだから。
そんな時、部長に出会った。
「君か、水原 闇音という生徒は」
ベランダからの声だった。私はびっくりして目を細めたが、部長はそれを
威嚇と受け取ったらしい。
「おっと、そんなに睨むなよ……別にからかいに来たわけじゃないんだって、
まぁ、話を聞け」
そんな感じでいつまでもマイペースな部長に私は少し戸惑っていたかもしれない。
「ってことで! 救部には君が必要なんだ、入部してもらえないか!?」
突然の申し出に私は唖然とした。
私が必要? なんでそんなこと。
「私が必要………ですか?」
「そう! 常に場を冷静に保ってくれるような存在が必要だ! それに君は可愛いから!」
言動が不一致かつまとまりがなかった。
そんな人に私は魅せられていたのだろう。
この人といたら、何かが違うのかもって。
それからは毎日が騒がしかった。須川 竜児という人間がふざけまわるとか、
鳴川 春希というものがいい人だったとか、霧谷 愁兎は双子の弟でよく運動を
するとか…………そして部長は、いつでも笑いかけてくれた。
「本当にたくさんのこと………教えてもらいました」
「え? まぁ、…………どんなもんだい! であってるのか?」
「だから………今回も教えてほしいんです。私はどうしたらいいのか」
部長はそれを訊くのか? といった目つきでこちらを睨む。
それは今までに無い部長の目だった。
「それは………訊いてはいけないんだ。分かるだろう」
酷く静かな声でそういった。
「もう集合時刻だろう。校門まで行くんじゃないのか?」
そういって目も合わさずに横を通り抜けていく。
答えは………得られなかった。
校門前、愁兎と竜児がやってくる。
2人ともいつものような状態ではない。
生徒玄関から2つの影が見える。部長と水原だった。
それと同時に、白の外国車が校門前に止まる。
中からは、一昨日の男が出てきた。
「皆さんおはようございます」
そんな爽快な挨拶さえも耳には入らなかった。
2人が追いついてきて、水原だけが一歩前に出る。
男はそれを見て、
「さ、お乗りください」
と後部座席のドアを開ける。
「ちょっとまってください」
水原が言った。
「最後に、話を」
水原は、俺たちを背にして話し始めた。
「これまで、何ヶ月間かあなた達と過ごしてて楽しかったです。
………毎日が騒がしくて、ドタバタしていたけども……それもよかったんではないでしょうか。
なによりも、私の居場所というものができて……うれしかったんです」
水原は、楽しいとか、うれしいとか、そんな表現ばっかり使っていて。
それが俺たちには苦しくて。
本当はどう思っているかなんてわからなくて。
行ってしまった方がいいのではないかとも思ってしまう。
「でも……別れることになって。……普通の人はここで悲しいって使うんでしょうね。
私は……それがどんな感情なのかは分かりません。最初に迎えに来たとき、
嫌だっていった。それが……今なんで言ったのか分からない」
水原は動かない。
「みんなに今日会って。……やっぱり嫌だって思うんです!離れたくないって!
分からないけど……どこからこんな言葉がわいてくるのか分からないけど!
それでも!根拠とかそんなものなくても!感情とか無いって言っても!」
「私はそれでもみんなと離れたくないっ!」
水原は泣いていた。顔を見なくても分かった。
だって肩が震えているんだから。
感情が無いなんて嘘だ。周りがそういうから思い込んでしまっただけなんだ。
いま、水原は感情で話しているんだ。
「や、闇音嬢………」
男はうろたえていた。こんなこと、今までになかったのだろう。
ウィーーーンと助手席の窓が開いた。
「闇音………そう、大事、だったのね」
聞こえてきたのは、女性の声。多分水原の母だ。
「母さん……」
「大事なもの、見つけたのでしょう? 行くわ」
そういって水原の母は、男に視線を送った。
「闇音嬢」
男は今までと違った声色で水原に声をかけた。
「ずっと……大切にしてください」
それだけを言うと、車に乗り込んでいってしまった。
エンジンの音だけが校門に残っていた。
「みなさん。お騒がせしました」
いつもの無表情に戻って、そういった。
目の周りは赤くはれていたが。
「いや、どーってことないぞ、水原……お帰り」
部長はどんな依頼が来たときよりも、一番うれしそうな顔をしていた。
はい、ということで水原編でした。
今回のキーワードは『心』でした。
なんというかまぁ、書きやすかったけども、だからといって
皆さんに伝わっているかどうかですね。
○○編というようにほかにも出していきますので
よろしくお願いします!