12話―笑失―
昔からよく言われていた。笑わない子だね、と。
見んな心配してた。家の人も、執事たちも。
笑わないというよりも、私は感情表現が下手だった。いや、できなかった。
無表情。それが私をあらわす一番のものだった。
別にわらわなくったって生きていける。
別になかなくったって生きていける。
別におこらなくったって生きていける。
なのになんで周りの人はこんなに表情豊かに私を見るのだろう。
良い成績をとったって、母は
「あなたががんばってくれるのはうれしいけど……ママはあなたが
笑っているほうが一番うれしいわ」
そういうだけなんだ。
感情って何? そんなに大事なものが私には欠落しているの?
私は………普通ではないの?
次第に周りが心配するのが耐えられなくなった。
心配してくれるのはうれしい。でも私はそれをなんとも思ってないのに。
一番に、母がつらそうな顔をしているのがいやだった。
なんで、………そんな顔をするの?ママ。
どうして…………
「ありゃ、起きたか。折角レアなショットをゲットできると思っていたのに」
目を開けると無機質なレンズと目が合った。
それを構えているのは小冬部長。腰まである髪は、艶があってうらやましいくらいだ。
そして顔もいいときた。完璧な人間は存在するものだとこの人にあってから私は知った。
それに………表情が豊かだ。
喜怒哀楽。何をとっても美しい。そんな人に私は引かれていた。
「部長。私の寝顔をとる時は、10万いただきます」
「おっと、そんな金額私には払えないな」
驚いたような顔をして、一歩下がってみせる。
「今、何時ですか?………」
「そーだな。4:30ちょっと前だぞ。水原は30分ぐらい寝てたかな?」
時計を見る。私が部室に来たのは4:00。
確かに30分は寝ていたのかもしれない。
「他の人たちはどうしたんですか?」
「ああ、愁兎はいつも通りの居残りで、ハルは日直だっけな?んで、須川は
とりあえずゲームの発売日なんで買ってからここに戻ってきます!、とか言ってたから
今、学校にはいないだろう」
「そうですか。依頼は来てないんですか?」
「そーだな。依頼箱見てきたけど空だったしー」
部長はポッキーを口に咥えながら遠くを見てそう言った。
それだけで、この人は絵のモデルになれそうだった。
「ん? どーした、水原? ポッキーがほしいのか?」
そういって一袋投げてくる。
すっぽりと手の中に収まる。
いよっしゃ!ナイスコントロール、と部長はうれしそうな顔でガッツポーズをとる。
そんな光景に私はまた見とれていた。
「どうしたんだ?さっきからなーんかおかしいぞ?」
不思議そうな顔で見つめてくる部長。
「いや、何でもありません」
と、いつの間にか隣にまで部長がやってきていた。
「ん、なんだぁ? 私が好きなのか?まぁ、水原だったら百合百合おっけー!」
そういって抱きついてくる。
く、苦しい。なにかやわらかいものに圧迫されて窒息死しそう……
「みぃ~な~はぁ~ら~~~」
そういって自分の頬を私の頬に擦り付けてくる。
「ぶ、部長!……私に触るには……お金が……」
「愛にお金なんて関係ないよぉ~~~」
背景に百合の花がたくさん見える。
不意に部室のドアが開く音がした。
ガチャ
「日直疲れた~、部長ー今日は依頼来てました─────って……」
鳴川 春希だった。
今、私は部長に押し倒されて、下から鳴川 春希の顔を見上げるような形になっている。
もちろん私の上には部長が覆いかぶさっている。
「よう!ハル!」
なんて部長は空気も読めずに能天気な挨拶。
「えーと、と、とりあえず部屋間違えました………と」
ガチャン
再びドアが閉められる。廊下からは、盛大な走り去る足音が聞こえた。
「ま、いいか」
「良くないですよ部長。誤解されたじゃないですか」
部長の下から抜け出し、制服を調える。
「んだよぅー折角楽しかったのになー」
そんなすねたような部長を見てると楽しくなる。
まるで子供のような顔をするときがある。
「っていうか、水原だって楽しそうだったよ」
部長が不意にそんなことを言った。
楽しそうだった………確かに楽しかったかもしれない。
「部長は……私に何でも教えてくれますね」
「そーか?………うーん?」
悩んでいるようだったけどそれはそれでいい。
分からなくてもいい。
ただ………これがうれしいという感情なのかもしれない。
「なんだ……?まぁ、分からんことがあったら私に聞けばいい」
部長は信頼できる人間だった。
こんなにも近くにそんな存在がいた。
「………なんだよぅ……そんなに見つめて……やっぱ!私のこと好きだろぉ~~」
また抱きついてくる。
「ふぐぐぐ……部長……そのふくらみがキツイ……」
「こんなに押し付けたのは水原が始めてだぞぅ~~」
「な、なにいって……」
ガチャ
「いやぁ……ゲーム買うのに時間かかっちゃって……え?」
私たちが抱き合っているところに須川 竜児が入ってきた。
「なっ!これは………完璧な百合が完成しただとぉぉぉぉ!最強の部長と
ツンデレの水原がこんなことに!やばばばば!」
テンションメーターぶっち切って暴走中の須川。
「ツンデレじゃありません」
ワサビガン(摩り下ろしたものが放出される)を放つ。
須川の両目にヒット!効果は抜群だ!
「いぎゃー!摩り下ろしはマジ無理!」
「おお、水原は次々に武器を開発していくなぁ」
いつものどたばたがもどった部室内であった。