10話―超熱帯―
「うん、暑いな」
部室のドアをくぐった瞬間に部長に言われた一言だった。
「はぁ、そうですね」
適当に話をあわせておいて、机にカバンを置く。
確かに暑い。夏が近づいてきているのは分かるが、それでもまだ早いと思う。
梅雨は? という突っ込みを待っているかのような天候だ。
部室には俺と部長。なんだか久しぶりのコンビだ。
「部長、みんなは?」
扇風機に向かってあ゛〜〜〜〜とガキみたいな行動をしている部長に聞く。
「あ゛〜〜〜〜? 須川は、アイスを買いに行かせた。んで水原は
この間稼いだ金でエアコンを買いに行くとか言い出して出て行った。
愁兎はまぁ……暑い教室で居残りだ。」
そう、この学校にはエアコンという快適な整備がなっていない。
なぜなら初代校長が、部活に力を入れすぎたせいで資金がなくなったかららしい。
ここに来て俺は初代校長を恨むぞ………。
ちなみに部室は腐るほど余っている。
本校の隣、グラウンドを挟んでまだ部室棟2がある。そこは一階は埋まっているが、
2階から上(三階建て)は空き教室だ。
「くそ、無駄な費用使うくらいだったらエアコンつけろって話だよなぁ、ハル?」
「あーそうですね。」
暑くて対応もまともにできない。本当に暑い。
「ただいま帰りましたぁ!」
バン!とドアが突き破られるかの勢いで開く。
そこには、なんだかもう雨に打たれたかのように濡れた竜児がいた。
「おおっ!須川でかしたぞ!アイスをよこせ!」
そういって竜児からスーパー袋をひったくった。
「というかそれ汗か……竜児?」
「そ、そうだよハル君……これおかしくない? 僕汗かきすぎだよね!?」
べちょべちょな竜児……とりあえず近づいてほしくない。
「ほい、ふはわ、ふほへんひゅうはいひひっへあへははひへほい」
アイスの棒を咥えながら部長が何か言っている。
ちなみに扇風機は部長専用とかでこっちには回ってこない。
「部長、だらしないです。しかも何言ってるか分かりません」
「部長マジ可愛い!やべ!マジアイス買ってきてよかった!」
阿呆なところで竜児が反応しているがとりあえず無視。
「いや、だから。『風呂研究会行って汗流してこい』っていったんだ。
あと、可愛いとか言うなっ!」
あ、照れてる……竜児に褒められて?……言われ慣れて無いのか?可愛いのに。
「っていうかそんな部活すら存在すんの!? ただで貸してくれるとは思えないんだけど……」
「そこら辺は大丈夫だ。風呂に入られることを目的とする部活だからな。
夏とかは野球部が利用している。」
……何でもありかよ。
「んじゃ!いってきまーす!」
元気よく走りだすいいが、汗が廊下に飛び散っている。
なんか気分悪くなってきた。………。
「ほい、ふぁるはあいふふわらいのは?」
「んじゃいただきます。」
そういって部長が抱えているアイスの箱から一本取り出す。
ちなみに部長は、『ハルはアイス食わないのか?』といったんだと思う。
「つうか、部長。扇風機俺にも当たらせてくださいよ。」
「んゃに!?2人で当たるには密着しないと当たれないぞ?………そうか。
ハルは、私と密着したいのか。確かに今は、2人っきりだからな。
でも密着するとより暑くなると思うんだが……」
「何でそんな発想!? 部長がそこを退くって言う考えは無いんですか!?」
「ああ、そうなのか。そういうことか、私に汗をかかせて汗を拭く姿とかを
見て喜ぶ性癖の持ち主だったのか!………一瞬でハルの株は大暴落だぞ。」
「だから何を根拠に!?俺は、どんなキャラ設定なんですか!?」
叫んだらもっと暑くなってきた………。
アイスが物凄い勢いで溶けていく。
「はっはっは!冗談だよハル。ハルはそんな奴じゃないもんな。」
大きく笑う部長。楽しんでるよ、この人………
「暑い!」
ガチャリ、と入ってくるなりそんな声を上げる愁兎。
流石は双子、一発目の言葉は同じだ。
「おう、愁兎。アイス食うか?」
部長がアイスの箱を差し出す。
「おお、さんきゅー姉貴。にしても暑いな、どうなってんだこれ。梅雨は!?」
あ、天候に突っ込んだ。
「今日は、馬鹿みたいに暑くなるらしいぞ。」
「マジかよー。って竜児と水原は?」
部長はさっきと同じ回答をした。
「風呂研究会なんてもんがあんのか。俺も行ってこようかなー?」
「ああ、ちなみに風呂研究会の今回の研究内容は【糞マグマ風呂】だった気がするぞ。」
「それを知ってて竜児行かせたんすか!?………ドンマイとしかいえないよね。」
「大体【糞】の部分の意味がわかんねぇな。姉貴は分かるか?」
そんなことを話していると、水原が帰って来た。
「暑いですね。暑いのは苦手なんです。部長、私にもアイスをください。」
無表情ながら汗をかいてる水原。
部長の抱えているアイスの箱から一本取り出す。
「水原も汗かくんだな。」
ジト目で睨み返される。
「何言ってるんですか。私だって汗ぐらいかきますよ。はっ……まさか
鳴川 春希は汗フェチ………気持ち悪いですね……」
「何でみんなそんな目で俺を!? 俺のキャラ設定って!?というかこれは
竜児の役回りでは!?」
アイスを舐めながら水原は言った。
「冗談ですよ。鳴川 春希がそんな人間じゃないことぐらい知ってます。
それにそんな人間は須川 竜児だけで十分です。」
………みんな俺をからかってる? 竜児の存在のありがたみが分かった気がする。
にしても…………水原はエアコン買いに行ったんじゃなかったのか?
何も持って帰ってきていないが。
「ふぅ。………と、水原?エアコンはどうした?」
部長が気がついた。確かに頼んだ本人だからな。
「私が持っているお金では足りませんでした。だから買えませんでした」
「え?そうなのか?水原ん家って金持ちじゃなかったか?」
愁兎が素っ頓狂な声を上げた。
「いぇ、家のお金は使いたくないのです。」
少し、いつもの表情が崩れた気がする。
スパコーン!と愁兎が部長に叩かれている。
愁兎は頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべている。
何故殴られたのか分かってないらしい。
………家庭の事情には踏み込まないほうがいいと思う。
自分に関係ないから、という理由じゃなくて他人の事情に踏み込むほど偉くは無い。
第一、何様だという話だ。
「ほら、でもこの学校には電気工学部とかいうのがあったはずです。そこに私が
メイド服でなにやら細工すれば作ってもらえると思います。」
「メイド服まだ持ってんのかよ!っていうか自分で自分可愛いって言ったようなもんだぞそれ!」
愁兎は完璧だな。とか言ってるし………
「みっ、水原! そんな格好は私が許さんぞ! ………か、か…可愛くても駄目だ!」
何故そんなに顔を赤くして言うのか、俺には理解できないんですが。
「私が駄目なら………部長が着ますか? 似合いますよ」
「なっ────────! そ、それは無理だっ! は、恥ずかしすぎる!」
「姉貴! それだって! 暑いのはイヤだろ?」
「…………」
これメイドって……どこまで引っ張るんだ?
影響力ありすぎだろ。なんだかんだ言って水原も気に入ってんじゃないのか?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
体中が真っ赤になった竜児が、突如部室に滑り込んできた。
「おお、帰って来たか。」
「【糞マグマ風呂】の影響かこれ?」
「いつもどうり気持ち悪いのです。」
「…………………」
これは重症だ。痙攣している………
「ま、まぐまぶろは………しねる」
そういってうなだれた。
だが、誰も気にすることなくエアコンの件について話し合っていた。
「まぁ、……ドンマイ竜児。」
小さくつぶやいて、ほったらかしにする。
いつも通り………扱いのひどい竜児だった。