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一、霊寿の楽氏
キングダムにも登場し、
諸葛亮も憧れたという
燕・趙の名将、楽毅伝をやります。
1.
樂毅者,其先祖曰樂羊。樂羊為魏文侯將,伐取中山,魏文侯封樂羊以靈壽。樂羊死,葬於靈壽,其後子孫因家焉。中山復國,至趙武靈王時復滅中山,而樂氏後有樂毅。
(訳)
楽毅は、その先祖を楽羊といった。
楽羊は魏の文侯の将であり、
攻伐して中山を奪取し、
魏の文侯は楽羊を霊寿に封じた。
楽羊は死後、霊寿に葬られ、
その後継の子孫はかの地に家を構えた。
中山は国を再興したが、
趙の武霊王の時代に再び滅んでしまった。
楽氏の後裔に、楽毅があった。
(註釈)
楽毅といえば名将の代名詞。
先祖の楽羊は、韓非子に
出てきたような記憶があります。
周文王やハルパゴス将軍同様
息子の羹を食わされるという
残酷エピソードだった記憶が。
それはさておき
楽羊は魏将として活躍、
攻め取った中山を領地にもらい
先祖代々そこへ住んだ。
後年、趙の武霊王が中山を攻め取り
楽毅は趙にうつった。




