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淡々史記  作者: ンバ
第七、項羽本紀
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十一後、宋義、きさまは社稷の臣ではない!

11-2.

乃遣其子宋襄相齊,身送之至無鹽,飲酒高會。天寒大雨,士卒凍饑。項羽曰:「將戮力而攻秦,久留不行。今歲饑民貧,士卒食芋菽,軍無見糧,乃飲酒高會,不引兵渡河因趙食,與趙并力攻秦,乃曰『承其敝』。夫以秦之彊,攻新造之趙,其勢必舉趙。趙舉而秦彊,何敝之承!且國兵新破,王坐不安席,埽境內而專屬於將軍,國家安危,在此一舉。今不恤士卒而徇其私,非社稷之臣。」項羽晨朝上將軍宋義,即其帳中斬宋義頭,出令軍中曰:「宋義與齊謀反楚,楚王陰令羽誅之。」當是時,諸將皆慴服,莫敢枝梧。皆曰:「首立楚者,將軍家也。今將軍誅亂。」乃相與共立羽為假上將軍。使人追宋義子,及之齊,殺之。使桓楚報命於懷王。懷王因使項羽為上將軍,當陽君、蒲將軍皆屬項羽。


(訳)

かくて、その子の宋襄《そうじょう》を斉に遣わして

自らこれを送って無塩《ぶえん》へと至ると、

酒を飲み、大いに宴会を催した。


天候は寒空であり、大雨が降ってきて

士卒は凍え、饑《う》えていった。


項羽は言った。


「戮力(力を合わせて)して

秦を攻めようとしておるのに、

(宋義は)久しく留まり、行こうとしない。


今年は饑饉で民衆は貧困となり、

士卒は芋菽(いもと豆)を食べ、

軍には確認できるだけの

食糧が残っていないというのに、

(宋義)は飲酒して大宴会を催し、

兵を引き連れて渡河する事で

趙の食糧にあやかり、

趙と力を併せて秦を攻めようとせず

『その衰敝を承知すれば』

……などと言っている。


そもそも秦の強さを以て

新たに造られたばかりの

趙を攻撃したならば、

その勢いからいって

趙を撃破する事は必定であろうに。

趙が破られれば秦は強くなり、

どうして衰敝に乗じられよう!!


かつ、楚国の兵は撃破されたばかりで

王は席に安心して坐す事も出来ず、

境内(領有の中の兵)を動員して

将軍(宋義)に専属させている。


国家の安寧と危機とは

この一挙にかかっているというのに、

今、士卒を恤《あわ》れむことなく

その私情に徇《したが》っている。

(宋義は)社稷の臣ではない!!」


項羽は明け方に

上将軍・宋義の帳の中へ行き、

宋義の首を斬って出てくると、

軍中に命令して言った。


「宋義は、斉とともに

楚への反逆を謀っており、

楚王の密命により、

(こうして)やつを誅殺した!!」


この時、諸将は皆慴(おそ)れて服し、

敢えて※枝梧しようとする者は莫かった。

(※さからうこと)


皆、


「首《はじ》めに楚を立てたのは

将軍の家(項氏)にございます。

今、将軍は擾乱(宋義)を誅したのです」


と言った。


そこで、人々はともに

項羽を擁立して仮の上将軍とした。


人を遣わして宋義の子を追わせ、

斉に及んだところで、彼は殺害された。


桓楚を遣わして懐王に命を報せると

懐王はこれに因みて項羽を上将軍に任命し、

当陽君(英布)や蒲将軍は、みな

項羽に属する事となった。



(註釈)


飢饉に苦しむ民衆、

粗末な食糧で飢えを凌ぐ士卒を尻目に

宴会を催している宋義。


秦が趙を併呑する様を、このまま

指を咥えて見ているのが

正しいとでもいうのか!?


宋義、貴様は間違っている!

社稷の臣ではない!!


かくて宋義をぶった斬った項羽、

アツい男ですねぇ。


使者として斉に派遣されていた

宋義の息子は、

気の毒というほかありませんが……。


大黒柱の項梁を失い

オタオタしていた印象の諸侯でしたが

この一件から、彼らの項羽を見る目が

一変した雰囲気があります。

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