十九、韓君に説く①
19.
於是說韓宣王曰:「韓北有鞏、成皋之固,西有宜陽、商阪之塞,東有宛、穰、洧水,南有陘山,地方九百餘里,帶甲數十萬,天下之彊弓勁弩皆從韓出。谿子、少府時力、距來者,皆射六百步之外。韓卒超足而射,百發不暇止,遠者括蔽洞胸,近者鏑弇心。韓卒之劍戟皆出於冥山、棠谿、墨陽、合賻、鄧師、宛馮、龍淵、太阿,皆陸斷牛馬,水截鵠鴈,當敵則斬堅甲鐵幕,革抉㕹芮,無不畢具。以韓卒之勇,被堅甲,蹠勁弩,帶利劍,一人當百,不足言也。夫以韓之勁與大王之賢,乃西面事秦,交臂而服,羞社稷而爲天下笑,無大於此者矣。是故願大王孰計之。
(訳)
ここにおいて
韓の宣王に説くには、
「韓の北には鞏・成皋の堅固が、
西には宜陽・商阪の険塞が、
東には宛・穰・洧水が、
南には陘山がございまして、
地方は九百余里、帯甲は数十万、
天下の強弓・勁弩は皆
韓から出ております。
谿子、少府の時力、距来は
皆、六百歩の外(離れた位置)を射ます。
韓の兵卒が足をあげて
(弩を)射れば、
百の発射がたわみ止まることがなく、
遠くのものは筈が蔽われ
(敵の)胸部に風穴をあけ、
近くのものは鏑が心臓を弇う程です。
韓の兵卒の剣戟はみな冥山出ており
棠谿・墨陽・合賻・鄧師・
宛馮・太阿はすべて
陸上では牛馬を断ち、
水上では鵠鴈を截ち、
敵に当たっては則ち
堅い甲、鉄幕を斬り
革抉、㕹芮を
完備しておらぬ者がおりませぬ。
韓の兵卒の勇を以て、堅き甲を被り、
勁弩を踏み、鋭利な剣を帯びれば
一人が百人に当たれることは
申し上げるに及びませぬ。
こうした韓の勁さと大王のご賢明さで
西面して秦に事え、
臂を交わして服従してしまっては、
社稷をはずかしめ、
天下の物笑いとして
これより大きなものはないほどです。
こうしたわけで、どうか大王には
この事を熟慮いただきとう存じます」
(註釈)
こ、この男
この調子で六国すべての
君主に説くつもりか……。
地名や剣の名前がいっぱい出てきたから
三家注がフルスロットルです↓
【韓の宣王】
〈【索隱】按:世本韓宣王,昭侯之子也。〉
索隠によると、調べるに
世本では、韓の宣王は
昭侯の子である。
【鞏、成皋】
〈【索隱】二邑本屬東周,後爲韓邑。地理志二縣並屬河南。〉
索隠によると、二邑は
本来東周に属していたが、
後に韓の邑となった。
地理志によると、
二県はどちらも河南に属している。
【宜陽、商阪】
〈【集解】徐廣曰:「商,一作『常』。」【索隱】劉氏云「蓋在商洛之閒,適秦楚之險塞」是也。【正義】宜陽在洛州福昌縣東十四里。商阪卽商山也,在商洛縣南一里,亦曰楚山,武關在焉。〉
徐広はいう、
「商は常と作すこともある」
索隠によると、劉氏のいう
「蓋し商・洛の間にあり
秦・楚の険塞に適している」
とは、これの事であろう。
【宛・穰】
〈【集解】宛,於袁反。【索隱】地理志宛、穰二縣名,並屬南陽。〉
宛は、於袁の反切。
索隠によると、地理志では
宛・穰の二つは県名であり
いずれも南陽に属している。
【洧水】
〈【集解】洧,于鬼反。【索隱】音于軌反,水名,出南方。【正義】在新鄭東南,流入潁。〉
洧は于鬼の反切。
索隠によると、音は于軌の反切で
水流の名称。南方から出ている。
正義によると、新鄭の東南にあり
穎へと流入する。
【陘山】
〈【集解】徐廣曰:「召陵有陘亭。密縣有陘山。」【正義】在新鄭西南三十里。〉
徐広はいう、
「召陵に陘亭があり
密県に陘山がある」
正義によると、
新鄭の西南三十里にある。
【谿子】
〈【集解】許慎云:「南方谿子蠻夷柘弩,皆善材。」【索隱】按:許慎注淮南子,以爲南方谿子蠻出柘弩及竹弩。[【正義】谿子,蠻也,出柘弩及竹弩,皆善材。]〉
許慎はいう、
「南方の谿子蛮夷の柘弩は
すべて善い材質である」
索隠によると、調べたところ
許慎の「淮南子注」では
南方の谿子蛮が柘弩
及び竹弩を産出する、としている。
正義によると、谿子は蛮(国)である。
柘弩及び竹弩を産出し、
いずれも善い材質。
五谿蛮の前身かな?
【少府の時力、拒来】
〈【集解】韓有谿子弩,又有少府所造二種之弩。案:時力者,謂作之得時,力倍於常,故名時力也。距來者,謂弩埶勁利,足以距來敵也。【索隱】韓又有少府所造時力、距來二種之弩。按:時力者,謂作之得時則力倍於常,故有時力也。距來者,謂以弩埶勁利,足以距於來敵也。其名並見淮南子。〉
韓は谿子の弩を有する一方、
少府で二種類の弩を造っていた。
勘案するに、時力というのは
これを作るのに時を要する事を謂い
威力は通常の倍であった。
故に「時力」という名なのだ。
距来というのは、弩の勢いが
勁く、鋭利であり
やって来る敵を拒ぐのに
十分であった(から距来という)。
索隠によると……
〈内容が重複しているので割愛〉
時力と距来の名はともに淮南子に見える。
【皆、六百歩の外を射ます】
〈[【正義】少府時力、距來者,具於淮南子。少府,韓府名也。言谿子之蠻山柘、竹弩材,令少府造時力、距來二弩,皆射六百歲外。]〉
正義によると、少府の時力と距来は
淮南子に具わっている。
(具わるではなく倶に?)
少府は、韓の府の名称である。
谿子蛮の山間の
柘、竹といった弓の材料で(?)
少府に時力、距來という
二種類の弩を造らせていた。
いずれも、六百歩の距離でも
射る事ができた。
韓はいい弓揃えてるのね。
三國志3だと強弩があると
めっちゃ戦闘楽だったなぁ。
【韓卒超足】
〈【索隱】按:超足謂超騰用埶,蓋起足蹋之而射也,故下云「蹠勁弩」是也。【正義】超足,齊足也。夫欲放弩,皆坐,舉足踏弩,兩手引揍機,然始發之。〉
索隠によると、調べたところ
超足とは超騰して
埶を用いること(?)を言う。
蓋し、足をあげてこれを蹋み
射るのである。故に下で、
勁弩を蹠に…と云っているのだ。
正義によると、超足とは※斉足である。
(※足並み揃える、車を並走させる、
同じスピードで走る? 的な意味)
そもそも弩を放とうとする際は、
みな座し、足を挙げて弩を踏み、
両手で揍機を引く。
そうしてはじめてこれを発射する。
イメージしてる弓矢と違うな。
弩は足でおさえて両手で引くのか。
【冥山】
〈【集解】徐廣曰:「莊子云南行至郢,北面而不見冥山。」駰案:司馬彪曰「冥山在朔州北」。【索隱】莊子云「南行至郢,北面而不見冥山」。司馬彪云「冥山在朔州北」。郭象云「冥山在乎太極」。李軌云「在韓國」。〉
徐広はいう、
「荘子のいうところでは
『南へ向かい郢へ至ると
北面した時冥山が見えなくなる(?)』」
裴駰が勘案するに、司馬彪は
「冥山は朔州の北にある」といっている。
索隠によると……
(内容重複のため割愛)
郭象はいう、「冥山は太極にある」
李軌はいう、「韓国にある」
司馬彪は続漢書の撰者。
晋書82巻を参照。
【棠谿】
〈【集解】徐廣曰:「汝南吳房有棠谿亭。」【索隱】地理志棠谿亭在汝南吳房縣。【正義】故城在豫州偃城縣西八十里。鹽鐵論云「有棠谿之劍」是。〉
徐広はいう、
「汝南の呉房に棠谿亭がある」
索隠によると、地理志では
棠谿亭は汝南の呉房県にある。
正義によると、古城は豫州偃城県の
西方八十里にある。
塩鉄論のいう、「棠谿の剣を有す」
とは、これの事である。
【墨陽】
〈【集解】淮南子曰:「墨陽之莫邪也。」【索隱】淮南子云「服劍者貴於剡利,而不期於墨陽莫邪」,則墨陽匠名也。[【正義】墨陽,地名也。淮南子云︰「服劔者貴於剡利,而不期於墨陽莫邪。」]〉
淮南子はいう、
「墨陽の莫耶である」
索隠によると、淮南子はいう、
「剣を服する者は剡利に於ける貴さで
墨陽の莫耶を期せぬことはない」
則ち、墨陽は匠の名である。
「捜神記」だと莫耶は、
剣をこさえるのが遅かったから
楚王に処刑されたとある。
それを予期していて、
完成した二本のうち一本を
生まれてくる息子に託したんだとか。
干将の奥さんとする説もあったり
地名の時もあったりで、
莫耶が何ものなのかよくわからない。
【合賻】
〈【集解】音附。徐廣曰:「一作『伯』。」【索隱】按:戰國策作「合伯」,春秋後語作「合相」。〉
(賻の)音は附。
徐広はいう、「伯と作すこともある」
索隠によると、調べたところ
戦国策では「合伯」と作している。
春秋後語では「合相」と作している。
【鄧師】
〈【索隱】鄧國有工鑄劍,而師名焉。[【正義】鄧出鉅鐵,有善鐵劍之師,因名。]〉
索隠によると、鄧国には
剣を鋳造する工がおり(?)
師を名とした(?)
正義によると、鄧は鉅鉄を産出し、
よい鉄剣の師がいた。
それに因んで(鄧師という)名になった。
【宛馮】
〈【集解】徐廣曰:「滎陽有馮池。」【索隱】徐廣云「滎陽有馮池」,謂宛人於馮池鑄劍,故號宛馮。〉
徐広はいう、「滎陽は馮池を有する」
索隠によると、(内容重複)
宛の人は馮池で
剣を鋳造していたと言われて
いたため「宛馮」と号したのだ。
【太阿】
〈【集解】吳越春秋曰:「楚王召風胡子而告之曰:『寡人聞吳有干將,越有歐冶,寡人欲因子請此二人作劍,可乎?』風胡子曰:『可。』乃往見二人,作劍,一曰龍淵,二曰太阿。」【索隱】按:吳越春秋楚王令風胡子請請吳干將、越歐冶作劍二,其一曰龍泉,二曰太阿。又太康地記曰「汝南西平有龍泉水,可以淬刀劍,特堅利,故有龍泉之劍,楚之寶劍也。以特堅利,故有堅白之論云:『黃,所以爲堅也;白,所以爲利也。』齊辨之曰:『白,所以爲不堅;黃,所以爲不利也。』故天下之寶劍韓爲衆,一曰棠谿,二曰墨陽,三曰合伯,四曰鄧師,五曰宛馮,六曰龍泉,七曰太阿,八曰莫邪,九曰干將也」。然干將、莫邪匠名也,其劍皆出西平縣,今有鐵官令一,別領戶,是古鑄劍之地也。〉
呉越春秋にいう、
楚王が風胡子を召し、
彼に告げて言うには、
「寡人は、呉に干将がおり
越には欧冶がおると聞いておる。
寡人は、子に因りてこの二人に
剣を作らせたいのだが、可能かね?」
風胡子は「できます」と言い、
そこで往きて二人に見え、剣を作らせた。
一に曰く龍淵。二に曰く太阿。
索隠によると、調べたところ
呉越春秋では、楚王が風胡子に命じて
呉の干将、越の欧冶に
剣を二本作らせている。
その一に曰く龍泉、二に曰く太阿。
また、太康地記にいう、
「汝南西平に龍泉水があり
刀剣をすすぐと、ことさらに
堅く、鋭利にすることができた。
故に、有していた龍泉の剣は
楚の宝剣であった。
その特別な堅さ、鋭さから
堅白の論にはこうある、
「黄は、以て堅きをなすところ、
白は、以て鋭きをなすところである」
故に、天下の宝剣を韓は多くあつめた、
一にいわく、棠谿。
二にいわく、墨陽。
三にいわく、合伯。
四にいわく、鄧師。
五にいわく、宛馮。
六にいわく、龍泉。
七にいわく、太阿。
八にいわく、莫耶。
九にいわく、干将である」
しかるに、干将・莫耶は匠の名である。
その剣はいずれも西平県から出ており、
今では鉄官令一があり(????)
別領戸(????)
これは、古代に剣を鋳造していた地である。
現在は鉄官が管理する
別の地域にもその名が残っている、かな??
【堅い甲や鉄の幕を斬り…】
〈【集解】徐廣曰:「陽城出鐵。」【索隱】按:戰國策云「當敵則斬甲盾鞮鍪鐵幕」也。鄒誕幕一作「陌」。劉云:「謂以鐵爲臂脛之衣。言其劍利,能斬之也。」[【正義】幕者,爲鐵臂衣之屬。言能斬之。]
徐広はいう、「陽城は鉄を産出する」
索隠によると、調べたところ戦国策は
「敵に当たるに則ち、甲、盾、
鞮鍪、鉄幕を斬る」
といっている。
鄒誕は幕を「陌」と作すことがある。
劉氏はいう、
「(鉄幕は)鉄を以て
臂や脛の衣とする。
その剣の鋭利さが
能くこれを斬ることを言うのである」
正義によると、幕とは
鉄でできた臂の衣のたぐいである。
これを能く斬ることを言う。
【革抉】
〈【集解】徐廣曰:「一作『決』。」【索隱】音決。謂以革爲射決。決,射韝也。〉
徐広はいう、
「決と作すこともある」
索隠によると、音は決。
革でできた射決をいう。
決は、射韝である。
(射手が装着する皮のグローブ)
たぶん皮製の弓懸のことね。
【㕹芮】
〈【集解】㕹音伐。【索隱】㕹與「瞂」同,音伐,謂楯也。芮音如字,謂繫楯之綬也。[【正義】㕹,音伐;下音仁銳反。]方言云:「盾,自關東謂之瞂,關西謂之盾。」〉
㕹の音は伐。
索隠によると、㕹と瞂は同義で、音は伐。
楯のことを謂う。
正義によると、㕹の音は伐で
下の音は仁鋭の反切。
方言にいう、
「盾は、関東では瞂といい、
関西では盾という」
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