八十九〜九十四、司馬耕・樊須
□司馬耕
89.
司馬耕字子牛。
90.
牛多言而躁。問仁於孔子,孔子曰:「仁者其言也訒。」曰:「其言也訒,斯可謂之仁乎?」子曰:「爲之難,言之得無訒乎!」
91.
問君子,子曰:「君子不憂不懼。」曰:「不憂不懼,斯可謂之君子乎?」子曰:「內省不疚,夫何憂何懼!」
(訳)
司馬耕は字を子牛。
牛は多弁で、さわがしかった。
孔子に仁について問うと、
孔子は言った。
「仁者はその言に訒むものだ」
(牛は)言った。
「言いよどめば、これを
仁者と謂うべきなのでしょうか」
孔子は言った。
「これ(仁)を為すのは難しい、
これを言葉にするのに
訒まずにはおれぬよ」
君子について問うと、
孔子は言った。
「君子は憂えず、懼れぬもの」
(牛は)言った。
「憂えず、懼れなければ、これを
君子と謂うべきなのでしょうか?」
孔子は言った。
「内省し、疚しくなければ
そも何を憂え、何を懼れようか」
□樊須
92.
樊須字子遲。少孔子三十六歳。
93.
樊遲請學稼,孔子曰:「吾不如老農。」請學圃,曰:「吾不如老圃。」樊遲出,孔子曰:「小人哉樊須也!上好禮,則民莫敢不敬;上好義,則民莫敢不服;上好信,則民莫敢不用情。夫如是,則四方之民襁負其子而至矣,焉用稼!」
94.
樊遲問仁,子曰:「愛人。」問智,曰:「知人。」
(訳)
樊須は字を子遅。
孔子より三十六歳年少であった。
樊遅が稼(穀物作り=農耕)を学びたいと請うと、
孔子は言った。
「吾は老農にはおよばぬよ」
圃(野菜作り=園芸)を学びたいと請うと、
(孔子は)言った。
「吾は老圃にはおよばぬよ」
樊遅が退出すると、孔子は言った。
「小人かな、樊須は。
上が礼を好めば、則ち
民は敢えて敬わずにはおれぬ。
上が義を好めば、則ち
民は敢えて服さずにはおれぬ。
上が信を好めば、則ち
民は敢えて実情を用いずにはおれぬ。
そもそもかくの如くなら
則ち、四方の民は襁で
その子を背負って至るだろう、
どうして稼を用いるのか」
樊遲は仁について問うた。
孔子は言った。
「人を愛すること」
智について問うた。
(孔子は)言った。
「人を知ること」
(註釈)
ンバは若さについて問うた。
ギャバンは言った。
「顧みぬこと」
ンバは愛について問うた。
ギャバンは言った。
「躊躇せぬこと」
司馬耕の註↓
【司馬耕は字を子牛】
〈【集解】孔安國曰宋人。【索隱】家語云「宋人,字子牛」,孔安國亦云「宋人,弟安子曰司馬犂」也。牛是桓魋之弟,以魋爲宋司馬,故牛遂以司馬爲氏也。[【正義】孔安國曰︰「牛,宋人,弟子司馬犁也。」家語云宋桓魋之弟也。魋爲宋司馬,故牛以司馬爲氏。]〉
孔安国はいう、「宋の人」
索隠によると、家語は
「宋の人、字を子牛」
と云っている。
孔安国もまた、
「宋の人、弟の安の子は
司馬犂という」と云っている。
牛は桓魋の弟で、
桓魋が宋の司馬となったため
牛は遂に〝司馬〟を氏姓としたのである。
と云っている。
正義によると、孔安国は
「宋の人、弟の子は司馬犂」
と云っている。
家語はいう、
「宋の桓魋の弟である。
桓魋が宋の司馬となったため
牛は遂に〝司馬〟を氏姓としたのである」
【仁者はその言に訒むものだ】
〈【集解】孔安國曰:「訒,難也。」〉
孔安国はいう、
「訒は、難である」
仁者とは孔子曰く〝表現し難い〟もので、
伯牛は〝言い淀んでいる〟のを
仁者の十分条件だと思ったって文脈?
【これを為すのは難しい、これを言葉にするのに訒まずにはおれぬよ】
〈【集解】孔安國曰:「行仁難,言仁亦不得不訒也。」〉
孔安国はいう、
「仁を行うのは、難しい。
仁を言葉にするのもまた
訒まずにはおれぬのだ」
【君子は憂えず、懼れぬもの】
〈【集解】孔安國曰:「牛兄桓魋將爲亂,牛自宋來學,常憂懼,故孔子解之也。」〉
孔安国はいう、
「牛の兄の桓魋が乱を為そうとすると
牛は宋から来学してきた。
常に憂懼していたため、
孔子は彼を解きほぐしたのだ」
【内省し、疚しくなければそも何を憂え、何を懼れようか】
〈【集解】包氏曰:「疚,病。自省無罪惡,無可憂懼。」〉
包氏はいう、
「疾は、病である。
自ら省みて、罪悪なくば
憂懼することはない(すべきでない?)」
樊須の註↓
【樊須は字を子遅】
〈【集解】鄭玄曰齊人。【索隱】家語云魯人也。【正義】家語云魯人。〉
鄭玄はいう、「斉の人」
索隠によると、家語は
「魯の人」と云っている。
正義によると、家語は
「魯の人」と云っている。
【樊遅が稼を学びたいと請うと…】
〈【集解】馬融曰:「樹五穀曰稼,樹菜蔬曰圃。」〉
馬融はいう、
「五穀をうえることを稼という。
菜蔬をうえることを圃という」
【上が信を好めば、則ち民は敢えて情を用いずにはおれぬ】
〈【集解】孔安國曰:「情,實也。言民化上各以實應。」〉
孔安国はいう、
「情は、実である。
民衆が主上に教化され(?)
実を以て応じる事を言っている」
【四方の民は襁でその子を背負って至るだろう】
どうして稼を用いるのか」
〈【集解】包氏曰:「禮義與信足以成德,何用學稼以敎民乎!負子之器曰襁。」〉
包氏はいう、
「礼義と信は以て徳を成すに足り、
どうして農耕を学ぶ事を用いて
民を教化できよう。
子を背負う器を、襁という」




