第59話 迷宮攻略と驚く王女さま
街近くのダンジョンを、僕はアリアドネを使って王女一行を案内していた。
地下三階でオークの詰まった部屋に入った。
そこでもプリティアが猛威を振るった。
鎖が動く音が、シャラッと響くとオークがバタバタ倒れていく。
――すごい。
やっぱり、即死スキル装備だと、攻撃速度を上げて手数を増やしたほうが強いんだ。
しかも鎖の操作は器用度が重要で、器用さは敏捷ステータスに影響される。
即死と速度と敏捷の上がるブラックホロウは、まさに彼女のための装備といってよかった。
……これだとお金吹っ掛けてもよさそう。
と、一瞬考えたけど、変に感情をこじらせてしまって、またリノに迷惑が掛かったら嫌だ。
それにすべての力を引き出してくれる持ち主の方が、指輪も喜ぶだろうし。
僕は穏便に済まそうと思った。
そんなことを考えていると、あっという間に20匹のオークを倒し終わった。
騎士もミーニャも、即死を逃れた1匹を倒しただけ。
僕はいつも以上に安全だった。
鎖をドレスの袖口に仕舞いながら、少し息を弾ませて戻ってくる。
「すごいわ! ここまで理想的に動けるとは思わなかった! この指輪のおかげね!」
「それはよかったよ――じゃあ、魔核を取るから、ちょっと待っててね」
「は? いいじゃないそんなもの。大したお金にならないでしょ。――そんなことより次、行くわよ! あたくしは魔物をできるだけ狩りたいのっ!」
「えっ、確かに安いけど……でも、もったいないなって」
オークの魔核は安くて、100~500カルス程度。でも20匹もいたら2000~1万カルスになるはず。
数週間は暮らせる金額。
貧村育ちの僕からしたら、けっこうな大金だ。
でもプリティアは嫌そうに、眉間に小さなしわを寄せた。
「なによ、店は儲かってないの? この指輪買ってあげるって言ったんだから、しばらくはお金に困らないでしょ。いくらでも払うわよ。なんだったら爵位や土地をあげてもいいんだから」
「あ、それなんだけど。今見てて思ったんだ。君にぴったりの指輪だと思ったから、別に高くなくてもいいよ?」
「はあ? 何を言ってるの?」
「うん、だから。安くてもいいし、お金じゃなくてもいい。プリティアがこれならと思う値段でいいよ。――誠意を見せてくれるだけでいいから」
「せ、誠意……」
なぜかプリティアが顔をこわばらせて、一歩後ずさった。黒い指輪を手で隠すように撫でる。
どう見ても僕の発言にドン引きしていた。
「えっ、プリティア? どうかした? 何も変なこと言ってないよね、僕」
僕は不思議に思って首を傾げた。
プリティアはしばらく口をもごもごさせていたが、赤い瞳に決意を漲らせて言う。
「わ、分かったわ……今は払いきれないから、あとで渡すわ……」
震える声で彼女は言った。桃色の髪も力なく揺れている。
――え?
なんでそんな反応になるんだろ? 安くていいのに。
僕は不思議に思って首を傾げるしかなかった。
話している間にミーニャが魔核を取り終えたので、またダンジョンを攻略することになった。
その後も順調に狩りは進んだ。
アイラお姉さんが「私、やることがないわね」と苦笑しながら、時々聖防御盾を張っていた。
体に薄い膜を張って攻撃や魔法のダメージを軽減する魔法。
ただ、誰も被弾しないので意味なかったけど。
なぜかアイラお姉さんとよく目が合うことだけが気になった。合うたびに微笑んでくれるけど。
ずっと見られている感じがしてちょっと恥ずかしかった。
そのまま、さくさくと倒して地下階へと降りていく。
そして結局地下十階まで降りて、通路で大きなミノタウロスを倒したところで今日の狩りは終了となった。
狩りといっても9割はプリティアが倒したのだけれど。
プリティアはとても強かった。
しかも階層が下になって敵が強くなると、左手からも鎖を出した。
銀の鎖2本と黒い鎖2本が、縦横無尽に動き回って敵を即死させていく。
このミノタウロスは鎧を着ていたが、黒い鎖が足や腕に巻き付いて動きを鈍らせた上で、鎧の隙間を2~3回突いただけで倒していた。
彼女が率先して戦いを挑んでいたのはレベルを上げるためだった。
ちょうどミノタウロスを倒したところでレベルが上がったそうだ。
僕とミーニャは通路に倒れたミノタウロスのそばにしゃがんだ。
全身鎧を着ているので、鎧を外してからでないと魔核を取れない。
作業をする僕らを、なぜかプリティアが呆然とした目で見下ろしていた。
細い指にはまった黒い指輪を指で撫でつつ呟く。
「嘘でしょ……Bランクレイドモンスターのミノタウロスナイトを即死で倒せたって言うの? なんなのよ、この指輪……」
僕は鎧止めのピンを外しつつ、顔を上げた。
「普通は倒せないの?」
「即死抵抗が高いのよ。だから100回以上攻撃するつもりだったのに……ありえない」
「運がよかったんだよ、きっと」
ミノタウロスの鎧を外しながら言ったら、ふっ、と鼻で笑われた。
なぜか、つかれたような笑みを浮かべて、首を緩く振っていた。桃色の髪が波打つように揺れている。
――ずっと狩りっぱなしで疲れたのかな?
急いで街に帰ろうと思った僕は、素早く魔核を取り出した。
そして僕の案内の元、帰りは最短ルートで街へと戻っていく。
途中、アリアドネに表示されているダンジョンの下層を見た。
ハイサイクロプス、キングラット、ギガントリザード、ミノタウロスジェネラル、グレートオーガ。
なんか強そう。
パワー系の上位モンスターたちでいっぱいだ。
地下11階以降は敵の強さだけじゃなく、行き止まりや罠の多さなど迷宮の難易度が上がっている気がした。
明日はこの地下に行くそうだけど、大丈夫かな……?
アリアドネがあれば大丈夫だよね……。
――でも、なんだか気になる。アリアドネの表示がどこか違うと言うか、何かが間違っている気がする。
それが何かわからなかった。
僕が心配になっていると、お姉さんが優しい声で尋ねてきた。
「ラースくん、どうかしたの?」
「ううん、なんでもない」
僕は笑ってごまかして、ダンジョンの出口まで案内した。
ブクマと★評価ありがとうございます。
次話は近日更新
→第60話 癒しのリノと王女様の憂鬱(予定)