第58話 迷宮案内
次の日の朝。
僕とミーニャはダンジョン前で待っていた。
何組かの冒険者パーティーが通り過ぎた頃、3人組が徒歩でやってきた。
黒いドレスを揺らして先頭を歩くプリティアが眠そうな顔で挨拶してきた。
「ごきげんよう、ラース」
「おはよう、プリティア……お姉さんも騎士さんもおはようございます」
「いい天気ねラースくん。おはよう」
「……」
お姉さんは爽やかに笑って挨拶してくれた。けれど騎士は寡黙に頷くだけだった。
いや、かすかに唇が動いていたから応えてはくれたのかもしれない。寡黙すぎる。
僕はプリティアを上から下まで見て言った。
「そのドレスだけで探検するんだ?」
黒いドレスの上に防具は付けていない。
するとプリティアはその場でターンした。黒い裾と桃色の髪が、ふわっと広がる。
「ドレスは女の武器よ。これだけで十分強いに決まってるじゃないっ」
「そ、そうなんだ。……じゃあ、行くよ」
まあ、きっと何かのスキルが付いた高級ドレスなんだろう。
僕は先に立って洞窟に入った。入り口の横では番兵が敬礼していた。
一階はごつごつした岩肌の洞窟。
さっそくアリアドネを発動する。
僕の目の前に半透明の立方体が現れる。
「えっと、一階はマッスルネズミが2~5匹ぐらいの群れがいくつかあるぐらいだね。宝箱は地下2階が一番近いかな?」
「宝箱なんてどうでもいいわ。あたくしは魔物を狩りまくりたいの!」
「じゃあ、ネズミはあっち――」
「ネズミってマッスルネズミ? そんなのよりもっと強くて経験値多い魔物がいるでしょ! 早く案内しなさい!」
「ええっ!? 危なくない? 地下3階以降は結構固い敵や大きい敵出るよ!?」
「望むところよ! だからわざわざ王都から来たんじゃない!」
プリティアは強気な口調で言い切った。
――この王女様、見た目が華奢で強そうには見えないけど大丈夫かな?
あ、でも。二つ名も持ってたっけ。そこそこ強いのかな?
じゃあ、プリティアがどれぐらいやれるのか試すため、ちょっとだけ強めのところに連れて行こう。
ただし、ミーニャが余裕で対処できるぐらいの相手にしとこう。
僕はアリアドネの立方体を見ながら言った。
「わかったよ……じゃあ、地下3階にある部屋にしよう。なんかオークがいっぱいいる。20匹ぐらい?」
「いいじゃない。そこに案内しなさいっ」
プリティアはビシッと指さして偉そうに言った。
僕は気後れしつつ、頷くしかない。
「うん、わかったよ――最短経路はこっちだね」
僕は先に立って案内する。
すぐ隣にはミーニャがいた。
アリアドネを発動しながら洞窟を歩いていると、後ろからプリティアが声をかけてくる。
「そうそう。この指輪はいくら? 言い値で買うわ」
「えっと、人によって必要とするスキルが違うから、戦いを見てから決めてもいいかな?」
「え――っ!? ええ、いいわよ」
なぜか驚いた声を上げる彼女。不思議に思って肩越しに振り返ると、黒い指輪を指で撫でつつ、不安そうに眉を下げていた。
――やっぱりリノの言う通り、事情があるのかもしれないな。
そう思ってプリティアを見ると、子供が強がりを言ってるようにも感じる。
あんまり無理は言わないでおこうと思った。
だいたい、元はゴミなんだし安くてもいいや。
――あ、でも。壊れた指輪は拾いたいな。
アリアドネを秘かに操作して、ゴミの中に指輪がないか探した。
でも、ほとんど見当たらなかった。
剣や防具は落ちてるのに、なんでだろ?
気になったので隣を歩くミーニャにこっそり尋ねる。
「ねえ、ミーニャ。ダンジョンって指輪のゴミが少ないけど、どうしてだろう?」
「一つ、持って帰れる大きさだから。二つ、ネズミが食べてる。だから少ない」
さも当然のような態度で、黒い尻尾をゆらりと動かした。
「ああ、そうだった……じゃあ、僕らだけになったらネズミを多く狩ろうね」
「りょーかい」
ミーニャが淡々と返事した。その時、尖った猫耳がピピっと動く。
洞窟の正面にマッスルネズミが3体現れた。
後ろにいたプリティアが、楽しげな声を上げつつ前に出た。
「弱そうだけど、朝の準備運動にはいいじゃない! 手出ししないで!」
「気を付けてプリティアさま」
プリティアが細い足で駆けていく。飛ぶような速さだ。
そして彼女の周囲にきらりと銀色の光が弧を描く。
細い鎖が蛇のように揺れてネズミへ襲い掛かった。
「死になさい!」
しゃららっと銀の鎖がネズミを狙って空を切り裂く。
鎖の先についた小さな刃が立て続けにネズミをかすめた。
「ちゅっちゅ!?」「ぎゃっ」「ちゅう!」
一匹目は驚いただけだが、二匹目と三匹目が断末魔の悲鳴を上げて地面に倒れた。
――即死だ。即死効果が発動したんだ。
そうか、即死特化にするなら、攻撃力は必要ないんだ! 素早さと攻撃速度を上げて攻撃回数を増やすことが重要になるのか。
仲間をやられたと知ったネズミが、プリティアを睨む。
鋭い前歯を光らせて突進する。
銀の鎖は伸び切っていた。先端が弧を描いて戻って来ようとするものの、その間にネズミが距離を詰める。
「危ない、プリティア!」
――が。
「ちゅうっ!」
突然悲鳴を上げると、ネズミが地面に倒れこんだ。そのままびくびくと痙攣して、そして死んだ。
「え……即死? なんで?」
一度目の即死スキルは耐えたはず。
すると隣にいるミーニャがボソッと呟く。
「鎖がもう一本ある。黒い鎖」
「えっ!? ――ほんとだ!」
僕は眼を凝らすと、黒く細長い影が地面を這うように動いているのがみえた。
プリティアが、強気な笑みで振り返る。銀の鎖と黒い鎖はするすると黒いドレスの袖口に戻っていった。
「どう? あたくしの操鎖術は? なかなかのもんでしょ」
「めちゃくちゃ強いんだね。しかも非力な王女様に最も合った戦闘スタイルかもしれない」
「ふふん、あたくしの鎖の前には誰もが無力なのよっ――さあ、早く案内しなさいっ」
「わ、わかったよ」
僕はアリアドネを表示してルートを教えつつ歩きだす。
指輪を食べてるかもしれないネズミを解体したかったけど。
と思ったら、ミーニャがやってくれた。よかった。
ブクマや★評価ありがとうございます!
こちらは更新がまばらになってすみません。
次話は近日更新
→最強王女様の憂鬱(予定)