第56話 高慢なお客さん
午後から開店した店では、ずっと接客をしていた。
だいぶお客さんは減ったものの、それでも常に人がいる状態だった。
とりあえず四人で接客が回ることだけは、ほっと安堵していた。
――が。
突然、三人組のパーティーが現れた。
先頭にいる美少女が、頬に手を当てつつ高笑いする。桃色の長髪が豊かに揺れた。
「おーっほっほっほっ! 不死神ラース、来てあげたわよ!」
「うわっ、プリティア王女さまっ! 急にどうして!?」
「調査よ調査。あたくしのパーティーに入るんだから、それなりにしっかりした人物じゃないと許されないわ」
「な、なるほど」
「なんだかすごい魔剣や魔道具が多いらしいじゃない? まあ、あたくしのお眼鏡にかなえばいいんだけど?」
プリティアはそう言って、黒いドレスのポケットを探って片方だけの眼鏡――モノクルを取り出した。
かぱっと音を立てて右目にはめると、じろじろと商品を見ていく。
たぶん鑑定眼なんだろうなと思った。
個人で持ってるなんて、さすがに王女さまだ。
店内を見回るプリティアの後ろを、寡黙そうな騎士と微笑むアイラお姉さんが付き従っている。
お姉さんは目が合うと、すてきな笑みを浮かべてうなずいた。
――前会ったときからぜんぜん歳取ってないなぁ。
やっぱり聖女さまだから、素敵さがあがったのかな?
そんなことを考えている間も、プリティアは少し前屈みになって目を凝らして見ていく。桃色の髪が白い頬に被さる。
時には左目を押さえてモノクルのはまった右目だけで見た。
「……ふぅん。まあまあ、そこそこ。それなりに。――えっ! ふ、ふ~ん。まあ、こんな店にしてはマシなのもあるんじゃない?」
どこまでも偉そうな感想だった。
イフリースが赤い髪を掻き上げつつ言う。
「ったく。素直じゃないわね~。これだけ良品ばかり揃えてる店なんて、他にないでしょ」
「あたくしにはたいした品じゃないわっ」
「偉そうに。何様?」
「偉いのよ、王女だもの!」
「アタシは女王よ。アタシの方が偉い」
カウンターの中でイフリースが胸を揺らして反り返った。
リノが慌てて手を振った。
「イフリースさん、王女さまに失礼ですっ」
「そうよ、もっと敬いなさ――ちょっと、その指輪!」
「ふぇ?」
プリティアが桃色の髪をなびかせて、カウンターの中にいるリノに駆け寄った。
リノの左手を掴むと、指にはまる指輪を見て叫ぶ。
「【老化抑制】――これ、すごくいいじゃない! この指輪、売りなさいよ!」
「だ、ダメです! これは大切な結婚指輪ですから――っ」
「はぁ? 庶民があたくしに逆らって許されるとでも思ってんの!?」
プリティアがリノの手から無理矢理指輪を抜こうとする。
僕は慌てて飛びかかった。
「僕の大切な人に何をするんだ! やっていいことと悪いことがあるよ!」
「ら、ラースさんっ」
手をはずしてリノを抱き寄せた。華奢な体温が胸に寄り添う。
僕の腕の中で彼女は頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「大丈夫。僕はリノを絶対守るから」
「ラースさぁん……あたし、幸せです……っ」
僕らはぴったりと抱き合った。
人の目なんて、もうどうでもよくなっていた。
するとプリティアが顔を真っ赤にして叫んだ。
「な、な、なにやってんのよ、あんたたち! ハレンチ! 恥知らず! 今は昼間なのよ! ちょっとは人の目を気にしなさいよっ!」
「それぐらいリノのことが好きってことだよ、王女さま。だから、指輪はあげられません」
「はぁ? なによ! ろくな品物がないからその指輪で我慢してあげるんじゃない!」
プリティアが目を吊り上げつつ叫んだ。
黒いドレスにかかる桃色の髪が偉そうに揺れる。
ほんと面倒くさい性格をしてると思った。
マリウスが逃げるわけだ。
――あ、待てよ?
「王女さま用には、もっといいのあるから待っててよ」
「……本当でしょうね?」
プリティアは眉間に深いしわを寄せて訝しそうに睨んでくる。
僕は店の奥に入ると、さっき作った【黒死百合の指輪】を取って戻った。
「はい、これ! これ上げるから、リノの指輪は取らないで!」
プリティアの前に黒光りする骸骨の指輪を出した。
ふんっと鼻で笑いつつ、プリティアはモノクルで指輪を見た。
一瞬、バカにした笑みを浮かべて顔を上げたが、すぐに指輪を二度見する。
そのまま、穴が開きそうなほどの真剣さで指輪を見つめた。
無言で見つめ続けるので、逆に心配になってくる。
「えっと……王女さま?」
「なんで……なんで知ってたの……」
「えっ!? なにが?」
問い返すものの、プリティアは答えない。
彼女の大きな赤い瞳に、じわっと涙が浮かび始める。
――えっ、えっ!?
泣くほど嬉しかった!? それとも何か別の理由が!?
うつむいて泣くプリティアの表情は見えない。
ただ、ぼそぼそと呟く声が聞こえた。
「ううん、そうね。あたくしの勘違い。それに今あたくしに必要なのは、確かにあの指輪じゃなくて、この指輪だわ……」
「……」
なんて声を掛けたらいいのかわからない。
リノも僕の腕の中でプリティアを凝視していた。
しばらくしてプリティアが目をゴシゴシと擦った。
強気な笑みを浮かべると、僕を挑発的な視線で見上げてくる。
「なかなかいい指輪じゃない。これで我慢してあげてもいいわっ。――さあ、よこしなさいっ」
「う、うん……どうぞ」
僕が指輪を差し出すと、プリティアは小さな手を伸ばしてしっかりと握った。
その時、黒いドレスの袖から、銀色の細い鎖が流れ出した。
さらさらと音もなく動く。まるで生き物のように。
最初は蛇かと思ってぎょっとした。
そして鎖がカウンターの上に銀色の文章を描く。
『あたくしは教会を信用していない。聖女も信用していない』
僕は息をのんだ。一瞬、何がなんだかわからなかった。
――え? アイラお姉さんを信用してないってこと!? 同じパーティーなのに? なんで……。
でも鎖の文字は巧妙に体と腕で隠していて、後ろにいるアイラお姉さんには見えていないのがわかる。
今は口にしてはダメなんだと思って、別のことを尋ねた。
「どうですか、王女さま。指にはめてみては?」
「そうね――ああ、いい感じだわ」
プリティアが幼い顔に優しい笑みを浮かべて指輪を眺める。
細い指に、武骨な骸骨の指輪がはまっていた。
でもなんとなく似合っているようにも思える。
「よかったですね、王女さま」
「プリティアでいいわ。仲間として認めてあげるから」
「え?」
「だ、だから、パーティーメンバーとして認めるから呼び捨てにしていいって言ったのよ! ちゃんと聞きなさいよねっ」
「ご、ごめんなさい……プリティア」
「わかればいいのよ、わかれば――じゃ、明日ね」
プリティアは桃色の髪を広げるように踵を返すと、店の入口へと歩いていった。
僕は慌てて彼女の背中に声をかける。
「う、うん。また、明日」
そして王女一行は出て行った。
店の中がしーんと静かになる。
「これはラースが大変ねぇ」
イフリースがぽりぽりと頭を掻いた。
リノも腕の中から僕を見上げた。形の良い眉が真剣に寄っている。
「ラースさん、頑張ってくださいっ!」
「うん、頑張るよ、ありがと」
ちょっと疲れたので、リノの小さな体をぎゅっと抱きしめた。
びっくりした彼女が「ひゃんっ」と鳴いたけど、そんな可愛い声に僕はとても癒されたのだった。
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