第55話 開店準備のヒール
昼過ぎの街。
僕は町はずれの店にいた。
軽く昼食を取ってから、一階奥の厨房に面したテーブルに拾ったゴミを広げた。
ヒールを唱えて剣や盾を治していく。
「ひーるひーるヒールッひーる……ヒィィィッル!」
食器を洗っていたメイド妖精のディナシーが、びくっと震えた。
桃色の髪を揺らして僕を振り返る。
「なんか、気合入ったです」
「いやぁ、驚かせてごめん。ちょっとね」
するとリノが金髪を揺らして傍へ来た。
「どうされました? ラースさん」
「うん、恩人のお姉さんに会ったんだ」
「まあ! ラースさんをヒールで助けた僧侶さんですか?」
「そう。アイラさんって言うんだけど。お礼をしてなかったから、いい物ができたらプレゼントしようかなって」
「いいですね、ラースさんの命の恩人さん。その人がいなかったら、あたしも救われることはなかったですし。何かあげたいですっ」
「じゃあ選んでくれる? 僕はヒールしていくから」
「はいっ」
僕はリノに鑑定眼の虫眼鏡を渡すと、まだまだ広げてあるゴミにヒールをしていった。
ところがリノは難しそうな顔をして首をかしげる。
「確かにこのバングルは僧侶向けの装備ですけど……【洗脳抵抗:特大(100%)】や【記憶回復】とか、あまり戦闘には役に立たないような……」
「ひーる……あらま。気合入れたのに。じゃあ、他のもので僧侶向きの装備か何かあったら教えて? ひーる」
「はい、わかりました……うーん、【魔力増加:大】【火攻撃】……普通に防御効率と神聖攻撃増加が付いてるフードでもいいですよね……ん、なんでしょこれ【狂戦蟲撃】? 蟲野郎に追加ダメージ……虫への特攻でしょうか。あー【魔法吸収】や【魔力回復上昇】でも僧侶さんならありがたいですよねー。うーん、悩みます」
「ひーる、店に出てるのでいいのはないかな? ヒールッ!」
「あー、どうでしょ~? ちょっと見てきます」
リノはぱたぱたと小さな足音を立てて店の方に走っていった。
その間に僕はゴミにヒールを唱えていった。
女性向けっぽい防具やアクセサリーがあると、お姉さんのことを想いつつ。
だが鑑定眼で見ると、やっぱり微妙なスキルばかりだった。
「う~ん、やっぱりランダムなのかなぁ……あのお姫様へのプレゼントだったらどうだろ……この釣り針っぽいのなんだろ。ピアスかな? ――ヒールッ!」
曲がった釣り針を握り締めてヒールを唱える。
そして手を開くと、そこには禍々しい物体が出来上がっていた。
真っ黒な指輪で頭蓋骨の飾りがついている。目の部分には赤い宝石。
「なにこれ、呪いのアイテム!? 鑑定眼でっ」
テーブルの上に置いていた鑑定眼を素早くとって見た。
――――――――――
【黒死百合の指輪☆5】???
守+5(即死強攻撃・攻撃速度上昇:大(100%)・敏捷上昇:極大(+255)・暗視)
――――――――――
見た目は怖いけど、呪いのアイテムではなかった。
どくろなのに百合なんだ……。
そう言えば、黒百合姫とか黒死姫って呼ばれてるんだっけ。
指輪にも速度ってつくんだ。しかも即死攻撃付き。高確率で即死させるらしい。
これって凄い指輪なのでは? 値段が表示されてないけど。
値段も見れないかと思って、指輪を裏や表にひっくり返して見ていた。
そうしているとリノが帰ってきた。
「この手袋なんかは――って、うわ! なんでしょうか、それ! 呪いのアイテム!? ――いえ、めっちゃ高そうですッ!」
「値段がわからないんだ。いくらかわかる?」
「……200万から4000万、いえ9000万……いやいや、これは億行くかも……? ちょっと鑑定眼を借りてもいいですか?」
「あ、うん。はい」
虫眼鏡を渡すと、むむむっと唸りながら、小さな指先でつまんだ指輪を眺めていく。
レンズ越しに青い瞳が大きくなって見えた。
「呪いのアイテムじゃないんだ、よかった……え? なんで……? 確かこのスキル、指輪にはつかないはずでは……」
リノは最近、鑑定師としての勉強を始めているのだった。
「どうかな?」
「かなり特殊な指輪ですね。強いですが、実は用途が限られてます。それぞれ一つのスキルだけ欲しい人は多いのですが、それだと安くなってしまい。有用な3つのスキルとも欲しい人がいれば億行くかと。1億3000万、でしょうか」
「プリティアさまを思い浮かべながらヒールしたんだ」
「なるほど~。さっき食事中に教えてくれた方ですね。即死スキル付きの武器を装備してて、黒百合姫とか黒死姫と呼ばれてる人だとか」
「うーん、でも。高級品になりすぎちゃったかな。店で売っちゃうか」
するとリノがぱあっと顔を笑みで輝かせた。
「指輪、どうですか!?」
「え?」
「店のウリ、ですよ! ラース良品店なら必ず高性能の指輪が買えるってことにするんです!」
「なるほど! 指輪は両手に8個まで装備できるし、武器で使ってるスキルを指輪で補えたらより強い武器に持ち替えることができるね! しかもスキルが揃わなくても大丈夫だ!」
「ですです! じゃあ壊れた指輪、いっぱい仕入れなきゃ!」
「うう、いっぱい仕入れてまたゴーグルみたいになったらどうしよう……」
1000個あったゴーグルは、格安で売ったけどまだ900個ぐらい残っていた。
ちなみに【夜目】は眼の装備にだけつく、高性能なスキルで。
【暗視】はその他の装備にもつくけど、少し性能が落ちるスキルだった。
ちょっと心配になっていると、リノが笑顔で励ましてくれた。
「大丈夫ですよっ。なんだか最近、ラースさん絶好調ですし!」
「そうかな?」
「そうですよ? うすうす気づいてたんですけど、ラースさんって、そのスキルの最大値を付けますもん。スキル一つだけでもバンバン売れますよ、指輪なら!」
「そっか。そうだったんだ。教えてくれてありがと、リノ」
「ラースさんのためならっ、頑張っちゃいますっ」
リノが可愛い顔で微笑む。
可愛い奥さんを見ているだけで僕も元気が出る。
「じゃあ、指輪を作るためにも、いろいろ試さないとね」
「どうされるんです?」
「新品にヒールしたらどうなるかなって思ったんだ」
僕はマジックバッグからきれいなロングソードを取り出した。
なんの変哲もない普通のロングソード。
さやから出すと、まっさらな刀身がきらりと光った。
リノが目を細めて眺める。
「何のスキルもついていない、普通のロングソードですね。材質は鋼かな? 8000~1万カルスぐらいですね」
「うん。僕のヒールでスキルが付くなら、新品でもよさそうだなって。じゃあ行くよ、ヒールっ!」
ロングソードが光った。
リノの眉間に険しいしわが寄る。
「むむっ? 2万いかないような……?」
「えっ、なんで!?」
僕は鑑定眼でロングソードを見た。
すると【硬化】と【攻撃力上昇:弱(7%)】だけついていた。価格は1万6000カルス。
――微妙。
しかも『弱』の最大値にすらなってない様子。
【硬化】も壊れにくくなるだけで【無錆硬化】や【切れ味永続】には劣る。
リノに虫眼鏡を渡して見てもらう。
「……前よりきれいになってますけど、新品だとダメなんですね」
「なんでだろ……? 安かったから?」
「もしくは回復した部分が少ないから、ラースさんの魔力が留まらなかったのかもしれませんね」
「なるほど。残念。……やっぱり壊れたゴミを集めなきゃダメってことだね」
「あとは新品を壊してからヒールしてみるとか。でもまあ、これだけでもすごいんですけどね、本当は」
「新品を壊すって、なかなか大変そう……」
僕らは新品のロングソードを眺めて、うーんと唸り合った。
リノがぽつりと言う。
「思ったんですけど、体は飛んできてくっつくのに、武器や防具は飛んでこないんですね。あとパンも」
「生きてるものは飛んできて、アイテムとかの物質は飛んでこないんじゃない?」
「岩は飛んでいったのでは?」
「あ、そうか……じゃあ、違うかぁ」
「ほんと、ラースさんのヒールって考えれば考えるほど不思議ですよね」
リノが頬に手を当てて首をかしげる。
すると猫獣人のミーニャが階段を降りてきた。猫耳をピッピッと動かして。
「不思議と言うか、つじつまが合わない」
「そうだね……変過ぎる――あ! アイラお姉さんなら、何か知ってるかも!」
「そうですね、僧侶さんですし、王女様のパーティーメンバーだったんでしょう? きっと知識も豊富そうです」
リノが金髪を揺らして頷いた。波打つように豊かに揺れる。
ミーニャの黒い瞳でじっと僕を見てきた。
「アイラ? 王女パーティー? プリティアの?」
「うん、そうだよ。ミーニャもいたでしょ。何か知ってるの?」
「聖女アイラでは? 究極の神聖魔法【蘇生】や【神託告知】が使える、教会随一の聖術師」
「聖女さまだったんだ! ……うひゃー。昔の冒険者のままのイメージだった……そっか、あれからだいぶ時間過ぎたもんね、お姉さんも出世するよね。そっかー、僧侶のお姉さんが聖女さまかー」
「さすが聖女さまになるだけあったから、ラースさんを死の淵から救えたんですね~」
「うん。だったら、お礼頑張らなきゃ……」
僕が気合を入れようとすると、ミーニャの尻尾がはたりと音を立てて揺れた。
「というか、お店の前にお客さん集まってきてる」
「マジで!? 急がなきゃ――ひーる、ひーるひぃぃぃる!」
僕は残りのゴミにヒールしていく。
「あたしは店を開けてきますねっ」
リノが手を小さく振って店の方へと小走りに駆けて行った。
今日もまた、大変な接客の時間が始まろうとしていた。
ブクマと★評価ありがとうございます。
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