第54話 再会お姉さん
マリウスの頼み方と報酬を修正しました。
店が忙しくなってから三日が過ぎた。
この三日間、早朝からダンジョンへもぐってゴミ拾いをした。
昼には街に戻ってギルドで魔物の素材を売った後、店の接客を手伝った。
さすがに三日も過ぎると、訪れる客の数は減って余裕ができてきた。
この調子なら一週間もすればリノとイフリースだけで店を回せそうだ。
ところが。
昼前にゴミ拾いを終えて冒険者ギルドへやって来た僕とミーニャは、素材カウンターで拾った魔石などを売っていた。
すると、ギルマスのマリウスがやってきた。
金髪灼眼の優男は、白い歯をきらりと光らせて爽やかにほほ笑む。
「やあ、ラース君。ちょっといいかい?」
「こんにちは、マリウスさん。なんでしょうか?」
マリウスは目を細めて笑みを強めると猫なで声で言った。
「実はね、ラース君に頼みたいことがあるんだ」
「僕に? ……僕は弱いからあんまり冒険とかは……」
「何を言っているんだい? 君には迷宮読解があるじゃないかっ」
「はぁ……ダンジョンでなにか?」
僕はいまだに内容を把握できず、気の抜けた返事をした。
マリウスは赤い瞳でウインクした。今日の彼はなぜか、うさんくさい。
「ちょっとね、ダンジョンを攻略しに王都からお客さんが来るんだよ。その人たちの案内をしてあげて欲しいんだ」
「ええ、僕がですか!? いや、でも、ちょっと……店もありますし、僕自身は死なないだろうけど強くないですし」
「大丈夫。その人たちはとっても強いから、戦わなくても大丈夫さ! ただ案内をしてあげればいいんだ」
「うーん、でも……」
「これはあんまり言いたくないが……ギルド員には、ギルドからの指名依頼は必ず引き受けるって言う義務があるんだ」
「あ、はい。わかりました。じゃあ、引き受けます」
ギルドのルールを出されたら、引き受けるしかなかった。
逆に言えば、マリウスはそこまで困っていると言える。
――いろいろお世話になったし、一度ぐらいお礼返しするのもいいかな。
マリウスは、安堵の息をもらすと笑みを浮かべた。
「そうか、やってくれるかい。恩に着るよ。報酬は弾もう!」
「いえ、既定の金額でいいですよ。マリウスさんにはお世話になってますし」
「それだと私の気が……ああ、そうか。店が繁盛しているものな。お金より、別のものがいいか。ラース君はなにか欲しいものがあるかい?」
マリウスは気軽に尋ねてきたけど、急に言われると思いつかない。
「欲しいもの、ですか? う~ん、今欲しいものってなんだろ?」
「自分だけじゃなくて周りの、たとえばリノ君にあげるものでも」
「あ~、リノに豪華な結婚式を挙げて欲しいかなぁ……」
店が忙しくてまだ案は固まっていないけれど、寝物語として二人で話し合っていた。
だけど、マリウスは眉間にしわを寄せて首をひねった。
「うん? 君たちは孤児だから役所に結婚の登録は出来ても、式場を借りて盛大に披露宴をすることはできないんじゃないか?」
「えっ!? マジですか!?」
「保証人がいないと。普通は父親とか職場の上司とか、村長や貴族。そう言った人たちの後ろ盾があって、初めて盛大な結婚式は上げても良いとされるから。保証人がいないと、急に病気になったり死んだりしたとき、残された家族は大変だろう? 披露宴は後ろ盾が誰かを知らせる場でもあるんだから」
「そ、そんな……でもそうか……不測の事態にまでしっかり備えてこそ、結婚なのかぁ……」
僕は激しいショックを受けた。
リノを喜ばせようとして期待させてしまっていた。
マリウスがニヤッと笑う。
「わかった。今回の依頼を引き受けてくれるなら、私がラース君とリノ君の保証人になろう」
「いいんですか!? なんか僕たちがやらかしたらマリウスさんにまで迷惑が行ってしまうような制度では?」
「だからいいんじゃないか。任務、しっかりやり遂げてくれよ?」
返事しようとして、僕はふと条件をまだ聞いていないことに気付いた。
「はい、そのつもりです。ちなみに、期間はどれぐらいです?」
「んー、お客さんが飽きるまでだけど、早くて3日、遅くても1週間で飽きるだろうさ。ボスはもう倒してあるし」
「そうですか……だったら大丈夫、かな?」
「よかった。じゃあ明日から――」
「まっりうっす~ぅぅぅん!」
突然ギルド一階に甘ったるい声が響いた。
振り向くと入り口に三人の男女がいた。パーティーらしい。
そのうちの一人、一番背の低い少女が黒いドレスの裾を揺らしながら駆け寄って来る。
僕の傍にいたマリウスが端正な顔を焦りでゆがめる。
「げっ――姫様っ!?」
「きゃはーっ! マリウス、久しぶりぃっ!」
少女はドレスの長い裾に足を取られず、器用に走り寄るとマリウスの胸に飛びついた。
僕は唖然としてその様子を見るしかなかった。
マリウスは慌てふためいて少女を引きはがそうとする。
「ちょ、ちょっと離れてください、姫!」
「も~、あたくしが王都からわざわざフォートンまで来てあげたのに、恥ずかしがっちゃって~。て・れ・や・さ・ん。きゃはっ!」
「マリウスさん、大丈夫ですか? この人誰でしょう?」
僕が尋ねると、少女の動きがピタっと止まった。
幼いながらも整った顔立ちながら、眉間に可愛いしわを寄せて睨みつけてくる。
「なにこの無礼な男。あたくしのことを知らないですって? 一度見たら忘れられない美少女たるあたくしを!?」
「ごめんなさい。村から出てきたばかりで……」
「どこの田舎者よ」
マリウスにしがみつきながら少女は不愉快そうに見下した。
マリウスは少女を引きはがして立たせつつ、諭すように言う。
「彼がこの街――フォートンの英雄、ラースくんだよ」
「この子が!? 不死神のラースって……ふぅん。なんだか弱そう」
黒いドレスを揺らしながら僕を上から下までじろじろ見てきた。
その強気な視線に、たじたじとなる僕。
「う……うん。僕は弱いよ。勝てたのもたまたまだから」
「やっぱりあたくしにはマリウスがお似合いよねっ」
少女が飛び掛かろうとする。
それを押しとどめるマリウス。
「やめてくださいって、姫」
「ちなみにマリウスさん。この人は?」
「ああ、この国の王女さまだ。名前をプリティアと言う」
「お姫様なの!? すごいや!」
僕の言葉に、プリティアは偉そうに胸を反らした。
「そうよ。あたくしがウェリタス王国第二王女プリティア・ククルシア・デ・アストラーゼ・ラ・ウェリタス。別名、黒百合姫、または黒死姫とも呼ばれているわ。一度で覚えなさいっ」
「え、ごめんなさい、無理です――えっと、プリティア王女さま」
プリティアが連れていた二人が傍へ来る。
すると青い髪の女性が突然叫んだ。
「下がって――ターンアンデッド!」
お姉さんが僕に向けて手を突き出した。
とたんに手のひらから金色の光がほとばしる。
僕に当たって、しみ込むように消えていく……。
懐かしい温かさを感じる。
「えっ、なに!?」
僕が戸惑っていると、お姉さんは背中まで流れる青い髪を手で後ろに払った。
「あらあら。アンデッドじゃないのね」
「いきなりひどいや――って! お姉さん!?」
「え? ……まあ、ラースくん!? 不死神のラースってラースくんだったの!?」
お姉さんが青い髪を揺らして驚く。
僕は嬉しさのあまり傍へ駆け寄った。
「そうだよ、お姉さん! 久しぶりです! 会えて嬉しいよ!」
「まあ、大きくなって……死なずに成長できたのね」
「お姉さんのおかげだよ。ヒールも使えるようになったし! ……ヒールだけだったけど。でもありがとう、おねえさん!」
「ううん、よかったわ、ほんとに」
「あ、そうだ! お姉さんはまだこの街にいる? 街の外れ、騎士団詰め所の近くでお店やってるんだ。よかったら来てよ!」
「そうねぇ……行きたいけど、今は仕事中だから……」
お姉さんが困ったように眉を寄せる。
プリティアが眉間にしわを寄せて睨んできた。
「ちょっと、なに二人で盛り上がってんの? アイラ、あんたはあたくしのパーティーメンバーでしょ。あたくしの許可なく勝手なことしないで」
「はい、プリティアさま」
お姉さんは微笑みを浮かべて頭を下げた。青い髪が流れるように垂れた。
――あれ? お姉さんの名前、アイラだっけ?
合ってるような、違ったような……だって昔は……あれ、でも。よく覚えてないや……なんでだろ。
プリティアがマリウスに向き直る。
「さあ、マリウス! わざわざ来てあげたんだから、ダンジョンに案内しなさいよねっ」
「今日は旅の疲れがあるでしょう。宿の手配をしてからでも。あと、私は仕事がありますので、ダンジョンの案内は彼に任せようかと思います」
マリウスが微笑みを崩さずに僕を手で示して言った。
プリティアの眉間にちっちゃなしわが寄る。
「はぁ!? 弱そうじゃない!」
「いえいえダンジョン探索なら彼の方が適任ですよ――なんせ……」
プリティアの耳に口を寄せてボソッと呟く。
彼女の頬が赤くなる。
ただ一瞬置いてささやかれた言葉を理解すると、弾けるように顔を上げて叫んだ。
「なんですって!? 迷宮読解持ち!? Sランクスキルじゃない! 本当に存在したのね!」
せっかくマリウスが小声で言ってくれたのに、周りに聞こえてしまった。
アイラお姉さんは青い瞳を丸くしている。隣にいる寡黙そうな騎士の男すら、片方の眉だけくいっと上げて驚いていた。
こちらをうかがう冒険者たちの視線が痛い。
僕は頭を下げて急いで言った。
「ごめんなさい、昼からは店の手伝いがあって! 明日の朝、ダンジョン入り口前で会いましょう、それでは!」
相手の返答も聞かずに僕は入り口に向けて走った。
ミーニャが音もなく後を駆けてくる。赤い着物の裾がひるがえった。
そしてアイラお姉さんの横を通り過ぎる時、そっとつぶやいた。
「お姉さん、さようなら」
「ええ、さようなら」
お姉さんは優しく微笑んで挨拶を返してくれた。
――ああ、やっぱり素敵な人だなぁ。僕の命の恩人だもの。
ギルドを出て、石畳の大通りを走る。
そうだ! あの時のお礼がまだできてないや。なにかプレゼントしよう!
何かないかな……それとも今日拾ってきたゴミで、お姉さんに喜んでもらえるアイテムが作れるかも?
僕はある程度自分の望みが反映してるみたいだし?
頑張ってみよう。
そう思ったら、ますます走る足が速くなった。
ブクマと★評価、ありがとうございます。
次話は明日更新
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