第52話 指輪とメイド妖精
夜の家。
夕食を終えた僕らはテーブル席でおしゃべりをしていた。
ヒールについていろいろ話し合ったが謎は深まるばかりだった。
ヒールの使い方は自分でも掘り下げるとして、今は指輪に手を伸ばした。
「うん、これからも僕のヒールの可能性について考えることにするよ。――で、リノ」
「は、はいっ。なんでしょう、ラースさんっ」
「指輪、どうしよう? もう、はめる? それとも結婚式で?」
「え、どうしよう……全然考えてませんでした。でも、効果凄いし……式まで付けつつ、式当日にまた外してお互いにって感じでどうでしょう?」
「そうしよっか……じゃあ、左手出して」
「はぅ……はぃ」
リノが頬を染めつつ、そっと小さな手を僕へ伸ばした。
その手を優しくつかんで、花をあしらったピンクゴールドの指輪を左手薬指にはめた。
サイズはぴったりだった。
リノが耳まで真っ赤にしつつ、指にはまった指輪を眺める。
「えへへ……ラースさんからもらった、あたしの幸せのかたち……」
僕は微笑みつつ、左手をリノに差し出した。
「じゃあ、お願い」
「あっ、はい! ――はい」
リノの小さな手が僕の手を握って、指輪をはめてくれた。
僕らは指輪のはまった手を見つめる。
「なんとなく、デザイン似てるね」
「本当ですね……これもやっぱり、ラースさんの想いが反映されて? それとも一緒にヒールしたから?」
「謎だらけだね。でもさ、これからもリノのためにヒールを頑張るから」
「はいっ、ラースさん、嬉しいですっ」
リノが左手同士を重ね合わせると、もたれかかって来る。
華奢な体温が服越しに伝わる。
僕もリノの頭に頭を乗せて寄り添いつつ、言葉にはできない思いを伝え合った。
リノがそっとつぶやく。
「忙しくて結婚のあれこれ考える暇がありませんでした。店が落ち着いてからでいいですか?」
「うん、待ってる。式はリノの好きにするといいよ。きっとお金も稼げてるだろうし」
「今日だけで400万カルス以上ありますし。まあ270万の剣が売れたからですけど」
「リノの接客がすごいからだよ」
「ありがとうございます、ラースさんっ」
僕とリノはお互いを褒め合い、ますます抱き合うように寄り添った。
向かいに座るイフリースが、ケッと悪態をつく。
「はぁ、もう。この部屋突然爆発しないかしら。摂氏一万度で」
「バラバラになっても、きっとラースなら治す」
「でしょうね。なんかもう、バイト料上げてもらわなきゃ、やってらんないわ」
そこへメイド妖精たちが帰ってきた。
小さな足でちょこちょこと、メイド服のフリルを揺らして歩いてくる姿が可愛らしい。
ほんと小さな人形みたいだ。
真ん中に立つ、人間幼女のディナシーから口を開く。
「お掃除終わったです?」「ベッドも整ったにゃ」「洗濯も終わったわん」
「ありがと……えっと、働いてもらったらヒールすればいいのかな?」
「怪我してないです?」「魔力欲しーにゃ」「わんだーすわん」
メイド妖精たちは猫耳や犬耳を揺らして首を傾げた。
するとテーブルに座るイフリースが、ぶっきらぼうな口調で言った。
「ラースはヒールしかできないから。ヒール経由で受け取りなさい。――あ、ラース、弱めのヒールにしてね。あたしに与えるぐらいのヒールやると危険だから」
「わ、わかった――じゃあ、いくよ?」
「はいですっ」
ディナシーがちっちゃな手のひらを僕に向けて伸ばした。
その手のひらを突っつくように指先を当てて唱える。
「ひーる」
その瞬間、ディナシーの桃色の髪が、ぶわっと逆立った。
「きゃぁぁぁ――っ!」
可愛らしい悲鳴を上げると、弾かれたように吹っ飛んでディナシーは床をゴロゴロと転げまわる。
メイド服の裾がめくれてカボチャパンツが丸見えになっていた。
ケトシーの猫耳がピンっと立ち、クーシーの犬尻尾がぶわっと広がった。
僕は焦りつつ、彼女たちとイフリースを交互に見る。
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫よ。破裂してないんだから。今の感じでお願いね」
「う、うん……いいかな、ケトシー?」
「にゃ、にゃんっ!」
ケトシーは怯えるように猫耳をペタッと伏せつつ、僕に手を伸ばした。
小さな手のひらを指先で突いて唱える。
「ひーる」
「ふにゃぁぁあああぉぉぉ――っ!」
ケトシーは猫耳と猫尻尾をブワッと逆立てると、床をごろごろ転がった。
またカボチャパンツが見える。
でも破裂はしなかったみたいで、大丈夫らしい。
最後のクーシーも恐る恐る手を伸ばしてきた。
僕は指先で突いて唱える。
「ひーる」
「わぉぉぉぉおおおん――っ!」
クーシーは垂れた犬耳が翻るぐらい叫ぶと、床をごろごろ転がった。
当然カボチャパンツが見える。
――てか、ドロワーズって言うんだっけ。メイド服の下に着る下着。
メイド妖精三人は、ばったりとうつぶせになって床に倒れ込んだ。
耳や尻尾をぴくぴく痙攣させるばかりで動かない。気絶したらしい。
僕は困ってしまい頭を掻く。
「どうしよう、これ」
「ん。わたしが三階に連れて行く」
ミーニャがテーブルから立ち上がり、メイド妖精を三匹とも抱え込んで厨房を出て行った。
三階へ行くには店の外から階段を上がる必要があった。
静かになる厨房。
僕はイフリースに尋ねる。
「今ので良かったの?」
「ええ、もちろん。彼女たちも魔力貰って少しはレベルアップしたでしょ」
「そう考えると、十回も百回もヒール貰って爆発しないイフリースはすごいんだね……」
イフリースは白い歯を輝かせて笑うと、赤い髪を手で後ろに払った。
「当ったり前でしょ!? アタシは精霊姫、今や精霊女王なんだからっ。――まあ、最弱のヒールでなぜか妖精を気絶させるアンタの方が、すごいんだけどねっ」
「うん、なんだかヒールがまたわからなくなってきたよ……じゃあ、リノ、そろそろ寝よっか」
「はいです、ラースさんっ」
僕らはなんだか疲れつつ、足取り重く階段を上って二階の寝室へ向かった。
指輪安かったようで修正しました、10倍と約5倍に。
みなさんの意見、とても参考になりました。ありがとうございました!
というか思ったけど、指輪って剣や鎧と違って両手に8つまで装備できるから、同じレアスキルでも指輪についた方が高そうですね……。
ブクマと★評価もありがとうございます!
次話は明日更新
→第53話 妖精会議(予定)