第51話 不思議なヒール談義
街の夜。
店の一階の奥にある厨房で食事を終えた僕らはまだテーブルに座ってうだうだしていた。
慣れない接客の疲れが出ていた。
甘いものが欲しくなったので、お茶を飲みつつドライフルーツを摘まむ。
食事を終えて一息ついたリノが、はっと顔を上げた。
隣にいる僕を見る。
「あっ! そうです、ラースさん! 指輪!」
「そうだったね。治さないと」
僕はマジックバッグから円盤状の指輪と棒状の指輪を取り出した。
ついでに鑑定眼で見ると『壊れた指輪』とだけ表示されている。
リノが祈るように両手を握って合わせる。
「いいスキルが付きますようにっ」
「う、うん! 行くよ――ヒールヒール!」
僕はいつも以上に心と魔力を込めて叫んだ。
二つの金属は光を放ちつつ丸い指輪へと形を変えていく。
そして大きめの太い指輪と、小さめの可愛らしい指輪ができた。
僕に寄り添うリノの顔が花開くように輝く。
「これっ、ピンクゴールドだったんですね! しかも花をあしらった装飾……可愛いですっ」
「太い方は何だろう……いぶし銀の色? でも白い光を放ってる」
「変わった素材ですね? 黒銀っぽいですけど、魔銀でしたらとっても高価ですっ」
リノが金髪を楽し気に揺らす。
すると正面にいたミーニャがボソッと呟く。
「で、付与されたスキル効果は?」
「えっ? ――見てみる」
僕は鑑定眼の虫眼鏡を通して指輪を見る。
――――――――――
【桃花の金指輪☆5】1600万
守+5(防御効率:小(25%)・毒抵抗:中(50%)・老化抑制・虫の知らせ)
【白光の陰指輪☆5】780万
守+5(回避率:中(25%)・全状態異常抵抗:中(25%)・一死無効・輪郭幻影)
――――――――――
「わぁ……すごい指輪だ」
【老化抑制】は文字通り見た目の老化が遅く(歳の半分に)なり、【虫の知らせ】は緊急事態を知らせる。
【一死無効】は一撃死するダメージを一日一回だけ無効にする、【輪郭幻影】は輪郭をおぼろげにして致命傷を避ける。
リノが小さな手を伸ばしてくる。
「ラースさん、あたしにも見せてください……えっ!? 指輪に4つもスキル乗るんだっ」
「凄いね……ぼろぼろにつぶれてた指輪だったとは思えない」
するとリノが鑑定眼を返しつつ僕を見上げた。
「そうですよっ。これで分かったと思いますが、ラースさんは治すときにスキル効果を付与してるんですっ――じゃないと治した道具が全部スキル付きになるのはおかしいですよっ」
「そうだったんだ……信じられないけど、そう考えた方が正しいっぽいね。――でも、効果はどうやってついてるんだろ? ランダム、かな?」
「う~ん。なんとなく、ラースさんの意思が反映されているような気も、します」
「……老化抑制なんて、リノに年取って欲しくない僕の願望、なのかな」
「一撃死を防ぐって、さっきの大男の攻撃が無意識にあったからでしょうか?」
僕たちが悩んでいると、向かいに座るイフリースがドライフルーツを頬張りながら言った。
「それ思ったんだけどさ。魔力を大量に与えて治してるから、余った魔力がスキルに変化してるんじゃないの? だからある程度ラースの意思が反映されている、みたいな」
「うーん、じゃあ、練習したら、狙ったスキルばかり付けられるようになるのかな?」
「そこがおかしいんですよね~。眼鏡のほとんどが鑑定眼にならなかったんですもん」
リノが難しそうに眉間にしわを寄せた。
ミーニャがお茶を飲みつつ、ボソッと呟く。
「何を治しているのか、では?」
「何を? ……僕は壊れたもの――もっと言うなら、大きく考えて怪我を治しているつもりなんだけど……」
「怪我、ですか……怪我を治すことしか考えてないから、その先はランダムになってしまってる、ということでしょうか? どうでしょう、イフリースさん。一番詳しそうですけど」
「アタシに聞かれても困るわよ。回復力がなにもかも異常だから。近いと言えば付与魔法や付与鍛冶師だけど、作り方が全然違うしねぇ」
イフリースが呆れたように肩をすくめた。赤い髪が揺れる。
僕は大きくうなずいた。
「確かに、みんなのヒールはあんまり回復しないよね。でも何を治すのかってのも、また難しい考えだよね」
「どういうことです、ラースさん?」
リノが僕を見て首をかしげる。金髪がふわっと揺れた。
僕は頷いて話を続ける。
「少し話とはずれるけど。昔、村で練習してた時のことを思い出したんだ。あ、僕の村は山間にある小さな村でね」
「はい」
「よく森の中に入っては薪を拾いつつ、ヒールの練習したんだけど。ある時、割れた石が落ちてたからヒールしたんだ。そしたら治った」
「はい。ラースさんなら、そうでしょうね」
「でもよく見たら近くの岩から剥がれ落ちた一つだって気付いて、岩にもヒールしたんだ」
「……はい」
「そしたら岩の周囲にあった石が飛んできてきれいな岩に戻ったんだ。僕の治した石も一緒にね」
「……はい。だんだんおかしくなってまいりました」
「ええっ! まだ続きがあるのにっ」
「でしょうね、まずは聞きましょう」
リノがジトっとした目で僕を見つつも、頷いて先を促してくれた。
「でさ、ふと山を見上げたら、崖の一部が崩れてて。そこから岩が落ちてきたみたいなんだ。じゃあ、山にヒールしたらどうなるんだろう? って思ったんだ」
僕はまだ全部話してないのに、イフリースが鼻で笑った。
「でたわよ。化け物エピソード」
「ひどいや、イフリースっ」
「最後まで聞きましょう、イフリースさん。――それで、山にヒールしたんですか?」
「うん。それで山肌まで行ってヒールをしたら、岩が飛んで行って崩れた崖が元に戻ったんだ」
「ははっ。ちょっと何言ってるのかよくわからないです」
リノが呆れた声で笑った。
その変わった反応に戸惑いつつも、僕は疑問を口にした。
「最終的に『山』が治ったわけだけど、じゃあ最初に治した『石』や『岩』はなんだったんだろう、って」
「ラースさんの認識が、ヒールの効果範囲に影響を与えている……? この家だって地下は治せていなかったですし……」
リノが眉間のしわをさらに深くして、むむむっと唸った。
イフリースは赤い髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。
「認識範囲か、その存在の概念か。哲学じみた領域に入ってきたわね。ただ言えるのは、今の話ですら相当おかしいものを治してるってこと」
「おかしいもの? なんだろ?」
「自分で言ってて気が付かなかった? あんた、物を治すだけじゃなくて、位置まで治してるのよ」
「位置……飛んでったってこと?」
「そう、それ。そこにあるべきものがない、と言う状態をヒールで治してしまってる。千切れた腕を放置して本体にヒールしても、腕が飛んできてくっつくんでしょ? 牛の戦いのとき、そうだったらしいじゃない。ラースはヒールで位置情報まで修正しているのよ」
僕はエンシェントミノタウロスとの戦いを思い返した。
上半身がバラバラになっても、ヒールを唱えるだけで瞬時に破片が元通りに集まった。
「うん……確かに……これもヒールとしてはおかしいのか……」
――ヒールとはいったいなんだろう?
もしかしたらヒールは、まだまだいろんな使い方ができるのかもしれない。
可能性を考えていると、ミーニャがお茶を飲みながらボソッと言う。
「ラースの頭が一番おかしい。略して、らたおか」
「う。言わないで。やっちゃったって感じだし……まあヒールについて僕もさらに使い方を考えておくよ」
これ以上の話し合いは、堂々巡りになりそうだった。
――今は答えは出なさそうだ。
そう思った僕は、気になっていた二人の結婚指輪に手を伸ばした。
指輪の値段が安すぎたようなので修正しました。
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次話は明日更新
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