第50話 可愛い従業員
夜。
かなり遅くまでかかってお客さんを捌き終えた。
「ありがとうございましたー」
僕は最後の客を送り出して店の扉に鍵をかける。
振り返ると、はぁーと特大のため息が出た。
「つかれた~」
「お疲れさまでしたぁ~」
リノも小さな体を投げ出すようにカウンターに倒れ込んでいる。
僕は近づいてリノの頭を撫でた。金髪が少し汗をかいて光っていた。
「こんなにお客さんが来るなんてね」
「はぃ~、大盛況でした」
「しばらく続くのかな」
「どうでしょう? 冷やかしの人も多いから、三日から一週間ぐらいで落ち着きそうですけど」
「その間、僕も手伝った方がいいかな」
「それだと売り物が無くなっちゃいます」
「あ、そっか」
「こうなると臨時で店員を雇った方がいいかもしれないですね……いるかどうかわかりませんけど」
リノがカウンターに寝そべりながら溜息を吐く。
僕は彼女の頭を優しく撫でつつ首を傾げる。
「難しいの? 少し高く払ってもいいんじゃない? 3階空いてるから住み込みでもいいし」
「全部スキル付きですから、接客が大変です」
「なるほど」
リノがゆるゆると身を起こして床に立つ。
疲れたような金髪が頬にかかる。
「はぅ~。夕ご飯の支度もしなきゃ、です……」
「もう今日は簡単に、パンとチーズとソーセージでいいかな。僕が用意するよ」
「ありがとうございます、ラースさん」
リノはのろのろと動いて白い布を取り出した。カウンターや商品棚にかぶせていく。
それを手伝ってから、僕とリノは店の奥へ入った。
すると厨房の床にイフリースが倒れていた。
ミーニャはテーブルに座って水を飲んでいる。
「どうしたの、イフリース? 疲れた?」
「当たり前でしょ~。客が途切れないんだから……ヒールちょうだい」
「あ、うん。ひーるひーるひーる……」
イフリースの傍にしゃがんで手を握って十回ほど唱えた。
すると彼女は満足そうな吐息を漏らしてから、赤い髪を揺らして起き上がった。
首を振ると髪が広がるように揺れる。
「はぁ~、ありがと。でも2人じゃ無理ね。4人でも厳しい。手が足りないわ」
「猫の手も借りたいぐらいだね」
「にゃ?」
ミーニャが黒い瞳で、チラッと僕を見る。
それから手をまじまじと眺めていた。
「ミーニャには店を手伝えそうな知り合いはいない?」
「いない。猫は基本群れない」
「なるほど……イフリースは?」
「幻獣じゃ無理ね。妖精で手伝いや接客はできる子はいるだろうけど、スキルの解説がねぇ」
イフリースはテーブルの椅子を引いて座った。だらしなくもたれかかる。
リノもちょこんとテーブルの向かいに座る。
「でもラースさんも、イフリースさんも、いろいろ秘密があるから、信頼できる人じゃないとダメだと思うんです」
「確かに」
「せめて家の炊事や掃除をしてくれる人がいれば、いいんですけど……」
「それなら妖精が使えるんじゃない?」
イフリースが気怠げに言った。
「妖精? そっか。精霊の女王様なら妖精も従えてるんだ」
「まあ正確には幻想界の住人ってことね。幻想界は精霊、妖精、幻獣などが住んでるのよ。その中に家のことをしてくれるメイド妖精ってのもいるわけ」
「へぇ。メイドさんかぁ……いいかも?」
僕はメイド妖精とやらを想像しながら答えた。
きっとすらりと背の高い美人で、フリルの付いたメイド服を着ているに違いない。
けれどリノが水を飲みながら眉を寄せる。
「妖精さん、ですか……お給金は人間のお金じゃダメなのでは?」
「そりゃそうだけど。ヒールと甘いお菓子を与えておけばいいんじゃない?」
あれ? 何かイメージと違う。
僕は不思議に思いつつも同意した。
「それぐらいだったらいいんじゃない?」
「そうですね……しばらく家事には手が回りそうにないですし」
「僕もゴミ拾いは早朝にして、昼からお店手伝うから」
「わかりました! じゃあ、イフリースさん、メイド妖精さんをお願いしますっ」
リノが金髪を揺らして頷いた。
イフリースが髪をわさわさと掻きつつ、立ち上がる。
「はーい、よっと。――世界を支える四大精霊の一柱にして、炎の化身で女王である我が命イフリースの呼びかけに応じ、ディナシー、ケトシー、クーシーよ! 今この世に具現せよ! ――妖精召喚!」
イフリースが指さした床に魔法陣が光った。
そして、ぼふっという音とともに煙が広がった。
煙が晴れると、そこには三匹の幼女がいた。
みんな紺色の服に白いエプロンドレスを着たメイド姿。
しかし、大きさは50センチほど。3~4頭身でずんぐりしていた。
三人とも辺りをきょろきょろと見渡す。
一人はカチューシャを付けた幼女。
もう一人は頭の上に猫耳があり、スカートから猫の尻尾が覗いていた。
最後の一人は垂れた犬耳と、ふさふさの尻尾がある。
「はわわ……」「どこにゃ?」「召喚されたわん?」
「あんたたち、この家のこと、よろしく」
「「「ふぇ?」」」
メイド妖精たちはイフリースを見た。
最初は首をかしげて彼女を見つめていたが、誰かわかったとたん三人は抱き合ってがたがたと震え始めた。
「イフリ――お転婆姫様ですっ」「平穏な日々が……終わったにゃん!」「燃やされるわん!」
僕はイフリースをじとっとした目で見る。
「いじめてたの?」
「してないわよ! アタシはこんなに優しいじゃないっ!」
「火の的にされたです」「さかな、爆発したにゃ」「追いかけたボール燃えたわん」
ガタガタと震えあがって抱き合う三人。
僕はイフリースと妖精たちの間に割って入ると、妖精たちを見下ろして慰めた。
「ひどいね――君たち、もうそんなことさせないから」
「「「ええっ!?」」」
メイド妖精たちは驚きつつも、首を振る。
「人間さん、危ないです」「燃やされるにゃん」「手に負えぬわん」
「大丈夫。燃やされても耐えられるから。――それにイフリース。この子たちにひどい事したら、もうヒールあげないからね」
僕はイフリースを、じっと見つめながら言った。
彼女は不満そうに鼻の頭にしわを寄せて顔をしかめる。けれど同意はしてくれた。
「わかったわよ。……ったく、ラースも言うようになったじゃない」
「すごいです!」「お転婆姫さまが人間さんの言うこと聞いたにゃ!」「あり得ないわん!」
「そんかわり、ちゃっちゃと働きなさいよ」
「家のことお願いね、妖精さんたち」
「はいです!」「頑張るにゃ!」「お仕事わん!」
幼女メイドのディナシーと、猫メイドのケトシーと、犬メイドのクーシーが元気に飛び起きた。
それから簡単に僕らの紹介や家の説明を済ませると、彼女たちは家の中を縦横無尽に走り回って仕事を開始した。
文字通り縦横無尽。
頭身低いし体も小さいから、役に立つのだろうかと疑問に思っていたら、彼女たちは壁や天井も床のように歩くことができた。
なぜかモップやバケツ、着ているスカートも重力によって下がらない。
隅々まで掃除していく。
壁や天井に手を突いて走りながら雑巾がけする姿は、見ているこっちの上下感覚がおかしくなる。
さすが妖精だと思わされた。
夕ご飯は僕が用意したけれど、ディナシーが野菜スープを作ってくれた。
猫のケトシーはその間に二階の掃除とベッドメイキング。
犬のクーシーは店の掃除――特に血のりの洗浄をしてくれた。
僕とリノ、ミーニャとイフリースがテーブルに座って夕飯を食べる。
リノが壁を床のように走る妖精を見る。
「妖精さんってすごいですね。家に憑く妖精ですね、ディナシーやケトシーって」
「そうね。彼女たちは普通の妖精と違って、人間の家で働けば妖精としての格が上がるそうよ」
「へぇ、そうなんだ」
イフリースの言葉に、僕とリノは感心して頷きつつスープを飲んだ。
すると店の方を掃除していたクーシーがたれ耳を揺らして厨房へ入ってきた。
「ご主人さま」
「え? 僕のこと? 召喚したイフリースじゃなくて?」
「ラースさまがこの家の主人ですわん。お姫さまも下っ端ですゆえ」
「そうなんだ。それで?」
「殺人現場の保存、終わりましたですわん」
「え?」
意味がわからなかったので、僕は見てみることにした。
テーブルから立ち上がって店へ出る。
すると店内の床に、僕がさっき倒れた場所を白いテープで人型に囲んであった。
いや……見てもますます意味がわからないんだけど。
「えっと、クーシー。これはしなくていいから。跡形もなく拭いちゃって」
「そですかー。わかりましたわん」
クーシーはふさふさの尻尾を揺らしつつ、洗浄作業に取り掛かった。
僕はその場を離れつつ思う。
――なんだろう。妖精ってちょっと変わってる?
妖精に頼ったのは間違いだったのかもしれないと不安に感じつつ店の奥へと戻った。
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