第49話 ドン引きの宣伝効果
昼過ぎの街。
早めにダンジョン探索を終えたので、午後からはリノとゆっくりできる。
そう思うと家路につく足取りが軽かった。
しかし、店の前まで来て足が止まった。
「え、なにこれ」
店の中も外も人が集まっていた。
冒険者や騎士風の男たち。
「まだかよ~」「早くしてよね」「何分待たせるんだっ」
集まる人たちが口々に文句を言っている。
僕はミーニャを振り返る。
「よくわからないけど、お客さんが詰めかけてるみたいだ! 手伝って、ミーニャ!」
「にゃ」
僕とミーニャは裏に回った。
北の外壁と店の間に少しだけスペースがある。
裏口を開けて中へ入った。
店を真ん中で仕切る壁の、のれんになった部分を開けて店内へ出る。
大勢が品物を眺めたり、カウンターに品物を置いたりしている。
「ただいま、リノ!」
「お帰りなさい、ラースさん! ちょっと店が!」
「うん、手伝う! ――いらっしゃいませ、何かお探しです?」
僕は装備もそのままにカウンターの内側に立って接客をした。
ミーニャも素早く動いて別の客の前に立つ。
それからしばらくの間、僕とリノとミーニャとイフリースで接客をした。
次から次へと客が来るので説明するだけでも大変。
というか、うちは高額品が多いので買わない人が多かった。
僕は今、皮鎧を着た盗賊風のお姉さんに対応していた。
短剣のスキルを説明し終えると、体のラインを強調するように科を作りつつ言う。
「ねえ、もうちょっと安くならない?」
「ごめんなさい。これでも一割引きになってまして」
「そう。残念ねぇ……他に人がいなければ、エッチなことして安くしてもらうのに」
「えっ! そういうのはよくないです! 僕にはリノがいますから!」
僕は必死に否定した。
するとお姉さんは、ふっくらした赤い唇を舌で舐めつつ笑う。
「冗談よ……不死神のラースを味わいたいだけだから」
「ええっ! そんなのいいですっ」
「何言ってるのさ。ここに来てる客、みんな不死神目当てでしょ?」
「僕を?」
「武器屋らしいけど、扱ってるものがすごいらしいって噂になってたわよ。強い男のやってる店なんて、気になっちゃうじゃない」
「なるほど」
どうやら僕ことラースが二つ名を得るぐらい活躍したので、店の場所と名前が一気に広まったようだ。
そして人が集まり始めるとさらに人の注目を集めてしまい、店が取り囲まれるぐらいの人が押し寄せたのだった。
――店の宣伝になったのは嬉しいけど、大変。
とにかく今は愛想笑いを浮かべつつ、客の応対に明け暮れた。
しかし僕の店の商品はスキルが多くて説明に時間がかかる。
ついに2メートルはある筋骨隆々の大男が太い声で怒鳴った。
「おい! いつまで待たせやがるんだ!」
「は、はい、お待たせしましたっ」
会計を済ませたリノが、金髪を揺らして大男に近づく。
大男はカウンターの上に乱暴に斧槍を置く。
「遅ぇんだよ! 俺様をこんなに待たせたんだから、少しは安くしろ!」
「いえ、でも、今日は一割引き――」
「ああん!! 待たされた迷惑料払えっつってんだよ、おらぁ!」
怒鳴られるたびにリノがびくびくと小さな体を縮こまらせた。
――なに、こいつ。なんだか許せないんだけど?
僕は対応していたお客さんに「ちょっと待ってて」と低い声で言うと、返事も待たずに男へと向かった。
しかしリノが何かを言うと、男はますますいきり立って手を振り上げる。
「なんだとてめぇ! こんなに待たせて迷惑料を払わねぇって言うのか!」
「だから、これはすでに一割引きで――」
「うるせぇ! このガキが!」
男が腕を振り下ろした。
「きゃっ」
「リノ!」
僕はリノを守るように横から覆いかぶさった。
男の手が僕をかすめる。
それだけで二人まとめて吹っ飛んで後ろの棚にぶつかった。
「痛っ!」
「リノ、大丈夫!? ――ヒール」
棚に頭をぶつけたリノが、手で押さえつつ顔をしかめる。
僕はすぐにヒールを唱えて彼女を治す。
彼女の怪我はすぐに治る。
けれども小動物のように震えるリノを見ながら、ふつふつと怒りが込み上げてきた。
――僕にとって、僕より大切なリノに傷付けるなんて許せない!
立ち上がると、カウンターの向こうにいる大男を睨みつけて叫ぶ。
「よくもやってくれたな! 出て行け、ごろつき! お前に売るものなど何一つない!」
「はぁ!? なんだとてめぇ! 俺様に指図しようってのか! 痛い目見ないとわからねぇようだな!」
「お前のやれることなんてたかが知れてるし怖くもない! これ以上騒ぐと、人生を棒に振るのはそっちの方になるぞ!」
僕はカウンターから出て大男の正面に立った。
店内にいた客たちが壁際に逃げたり、店の外へと逃げていく。
大男は顔を怒りで紅潮させて怒鳴って来る。
「俺様は客だぞ! 客に向かってそんな口きいてタダで済むと思ってるのか!」
「客かどうかは店主である僕が決める! ――お前は客じゃない、ただのゴミだ! 出て行け!」
「何だとてめぇ、このガキが! 調子乗ってんじゃねぇぞ!」
男がカウンターに置いていた斧槍を斜めに振り上げた。
両手持ちの武器を片手で軽々と振るとは、さすが言うだけはあった。
風を切って振り下ろされる。
「俺様の言いなりになってりゃいいんだよ、ガキがぁ!」
ただ大男は、怒鳴りはするが怖くはなかった。特に斧槍の切っ先が怖くない。
よくわからないけど、殺す気がないように感じる。
達人が良く言う、攻撃に殺気がこもってないと言う奴かもしれない。
きっと大声で怒鳴って店側を委縮させ、値下げさせようという魂胆なんだろう。
だから僕はわざと半歩、左にずれた。
その瞬間、寸止めにされるはずだった攻撃が僕を貫いた。
ズドッ!
鈍い音とともに、斧槍の切っ先が僕の首に埋まる。
振り下ろした大男の目が丸く見開かれた。
「は?」
「えっ?」「うそっ」「なにしてんのあいつ!?」
周りにいた冒険者たちが騒ぎ出した。
次の瞬間、激しい痛みと共に、首から鮮血がほとばしった。天井まで濡らす勢いで。
僕は首を抑えつつ、大げさに叫びながら床を転がる。
「ぎゃぁっひぃぃ~――ぃるぎゃあああ!」
噴き出た血の池にまみれつつ僕は転がった。
男が焦って斧槍を落とすと、後ずさる。
「ち、違う、俺じゃねえ! 寸止めするつもりだったんだ!」
「違うも何も、あんたでしょ!」「誰か、回復魔法使える人を!」「こいつ、捕まえろ!」
大男が逃げようとしたが、騎士たちが数人で取り囲んだ。
そう。この店の隣は騎士団詰め所。
今日は騎士のお客さんも多くいたのだった。
「くそ、どきやがれ――うごっ!」
騎士たちが大男を手際よく締め上げた。
「傷害と殺人未遂の現行犯だ。言い分は詰め所で聞かせてもらおう」
「ち、ちが! あいつが動いたせいだ! 俺は悪くねぇ!」
男が筋力で騎士たちを振り払おうとする。
だがその時、僕は大男の足首を掴んだ。
顔や服を血まみれになりながら、彼の足から腰、胸へと血まみれの手を伸ばしていく。
「絶対に……許さないぞぉ!」
「うわぁ! やめろ、くるなぁっ!」
大男に払われた僕は床に倒れた。
その隙に騎士団が大男を縛り上げた。
騎士の一人が言う。
「人を殺して悪くないなら騎士団はいらんな。――さあ、こい!」
「ちくしょう、痛ぇ!」
大男は腕を捻り上げられつつ、縛られて連行されていった。
少し静かになる店内。
死んだように動かなかった僕は、突然むくりと起き上がった。
なぜかビクッと体を震わせて客たちが驚く。
僕は怖がらせないよう愛想笑いを浮かべつつ、彼らに言った。
「皆さん、お騒がせしました。どうぞお買い物は続けてください……あと皆さん。僕への暴言や暴力は許しますが、妻のリノにひどい事したら、その時は地獄に連れていくのでお間違えの無いようお願いします」
ペコっと勢いよく頭を下げた。
すると頭に残っていた血がぴぴっと床や壁にはねた。
なぜかお客さんたちが、ますますドン引きしている。
さっきの盗賊お姉さんが、声を震わせながら尋ねてくる。
「だ、だいじょうぶなのかい?」
「え、怪我ですか? エンシェントミノタウロスに比べたら全然平気です」
「ははっ、そうかい」
客たちが笑ったり、肩をすくめたりしていた。
なんだか呆れられたような気がする。
たしかに大げさすぎたかもしれないなと少し反省。
リノがモップと雑巾を持ってくる。
「ちょっと掃除しますね」
「うん、僕も手伝うよ」
「はいっ」
二人で急いで血の跡を片付ける。
それからまた接客に戻った。
その後は暴れる客もなく、特に値下げを要求する客は一切いなくなった。
僕の言葉を理解してもらえたようで、ほっとした。
大人しくて聞き分けのいい客を相手に、僕らは接客を続けたのだった。
ブクマと★評価ありがとうございます!
月間ジャンル別2位まで来ました!
皆さんのおかげですありがとうございます! 一位は倍以上差があるのでさすがに無理そう。
少しでも面白い、続き読みたい、と思われたら下にある★★★★★評価をください。お願いします!
次話は明日更新
→第50話 可愛い従業員