第46話 光の貴公子マリウス
街の朝。
ギルマス直々による事情聴取を終えて冒険者ギルドを出ると、温かな日差しが街並みに降り注いでいた。
日の光を浴びると気持ちいい。
僕は青空を見上げながら吐息を漏らす。
「ふぅ。終わったぁ……もっと怒られるかと思ってたよ」
「そんなことありえないですっ。ラースさんは街を救った英雄なんですからっ」
「ありがとう、リノ。そう言ってくれるだけで、ほっとするよ」
「はいっ、だから心配しないでくださいね?」
リノが青い瞳で見上げて、健気な声で訴えかける。
僕は思わず彼女の頭を撫でた。金髪が柔らかく指に絡む。
リノも目を細めて気持ちよさそうだった。
――と。
ふと僕は、さっきまで話していたギルドマスターのマリウスを思い返した。
「でも、マリウスさんて強そうだったよね。二つ名とか持ってそう」
「ある。閃光のマリウス、神速のマリウス、光の貴公子とも呼ばれてる」
何気なく答えるミーニャの言葉に、僕の方が驚いてしまう。
「二つ名が三つもあるんだ、どれも強そう!」
「光子化というスキルを持ってる、らしい」
「ふぉとん?」
「自身を光の粒子に変えるスキル。物理攻撃は無効な上に、光の速度で移動して、光の速度で敵を斬る。大陸随一の剣士」
「なにそれ。つよい、絶対につよい」
「私でも勝てない。だから、てっきりミノタウロスはマリウスに一騎打ち挑んでると思ってた」
長い尻尾がはたりはたりと揺れる。判断ミスをしたことが、ちょっと悔しそうだった。
「それは仕方ないよ……イフリースが強くなってたそうだから」
「ラースさんがヒールしまくると、精霊としてのランクが上がるって言ってました」
リノの言葉に、ミーニャは呆れたように華奢な肩をすくめた。
会話が途切れる。
すると街中に静かな風が流れていった。
ミーニャの黒髪やリノの金髪がさらさらと流れる。
僕は先ほどの話し合いを思い返して言った。
「でも、いろいろ疑問が出た話し合いでもあったね」
「そうですね」
「リノが比喩じゃなくほんとのお姫様の可能性も、って少し思ったよ」
僕がそう言うと、リノが軽やかに抱き着いてきた。金髪が広がって花のような香りが漂う。
彼女は僕の胸に顔をうずめつつ、幸せそうな声で話した。
「なに言ってるんですかぁ。そうですよ? あたしはラースさんのお姫様ですっ」
明るい声の中に恥ずかしさを紛らせて言うリノが、とてつもなくかわいかった。
思わず彼女を抱える腕に力を込めてしまう。
「リノ……」
「ラースさん……」
僕を見上げる青い瞳が潤んでいて、きらきらと輝く。
すると横からミーニャが言った。
「交尾の匂いを感じる」
「ミーニャ!」「お姉ちゃんってば!」
僕は街中どころか、ギルドの前だったのを思い出して慌てて体を離した。
チラっと見れば、行き交う人々や冒険者がニヤニヤ笑っている。
けれどミーニャは尻尾をゆらゆら動かしつつ、うんうんと頷いた。
「野外プレイはさすが。野生がたぎる」
「さすが、じゃないよ! しないから!」
「そうですよっ! 何言ってるんですか!」
リノが顔を真っ赤にして否定した。僕の顔も熱いのできっと赤い。
でもミーニャは、ふんすっと鼻息荒く答える。
「安心して。野外の交尾ならいつでも指導できるから。ちょっとしたコツがいる」
「「そんなことしない!」」
僕とリノは声を揃えて叫んだ。
ミーニャは相変わらずの無表情で、でも頭の上の猫耳だけは楽しそうにピコピコと動いていた。
そんなこともありつつ、僕らは結婚指輪を買いに、お店へと向かったのだった。
◇ ◇ ◇
一方、そのころ。
冒険者ギルド二階の執務室では。
マリウスが机に座って腕組みをしていた。細身ではあるが引き締まった体をしている。
背が高いためか、イスに背中を預けるとキイッと軋んだ。
そこへ受付嬢が入ってきた。眼鏡を光らせ、ポニーテールを揺らしてマリウスへと近づく。
「お話は終わったようですね、マリウス様?」
「ああ、謎が増えたけどね」
「あれ以上にですか?」
「マイナススキルをヒールで消してたよ」
呆れた口調で言うマリウスに、受付嬢が絶句する。
「そんなこと……もう神の御業では?」
「もしくは悪魔の所業か。いやはや、まいったね。私はこの街でのんびり過ごしたいというのに」
マリウスは苦笑して金髪をかき上げた。並びの良い白い歯が光る。
受付嬢は手に持っていた書類をひらひらと扇ぐように動かした。
「じゃあ、この話もされたんですか? 神の御業でしょう、これ」
「いや、さすがに言えなかった。ラース君が負担に感じそうだったからね。今回は勘違いさせといた方がいいと思ったよ」
「そうですか……では、どうしますか? 報告書に仕上げますか?」
受付嬢は書類をマリウスが見えるように、机の上に置いた。
書類には『死者5名。その後全員回復』と書かれていた。
マリウスは凛々しい赤い瞳で書類をチラ見して、鼻で笑う。
「ハッ、3名と聞いていたが5名にまで増えたか」
「大規模なスタンピードでは異例ともいうべき被害の少なさですが。その5名もほとんどは魔物ではなく瓦礫の下敷きによってです」
「それがさらにゼロ。物損被害も、なぜかゼロ」
「断片的な情報から状況を組みなおしますと。我々が死亡確認後、ラース君が死体安置所だと気付かずに進入。全員を蘇生させたそうです。『ここにも怪我して寝てる人が』なんて言ってたのを、職員が耳にしてました」
「なにしてんだよ、あいつは……しかも、触媒を使わずに死者蘇生って――まさに化け物だな。最弱のはずのヒールというのが、輪をかけてありえん」
高位聖職者なら死者蘇生を使うことができた。
ただし、世界樹の葉やフェニックスの羽などを触媒として使用する。
とても高価な逸品で、庶民には手が出ない。
貴族や有力者しか利用できない魔法だった。
マリウスは苦笑しながら頭を振った。金髪が乱れるように揺れる。
「このことが知られたら、教会に目を付けられるな」
「一応、死んだように見えたが虫の息だった、と全員に言い含めてありますが」
「戦時のどさくさの中では、生死の判別は難しいからな。今回は誤魔化せるだろう……しかし、面倒なことになったよ、ほんとに」
「今後も似たようなことが起きると、隠しきれなくなるかもしれませんね――むしろ情報を教会に売っても?」
「やめとくよ」
「あら。面倒ごとを追っ払えるはずですが?」
受付嬢が眼鏡を指で、くいっと押し上げた。レンズが光をきらりと反射する。
けれどマリウスは答えずに、執務机から立ち上がった。
窓の傍へ行き、景色を眺める。
窓からは街の大通りが見えた。多くの人が元気に行きかっている。
通りの遠くには、まだ若い少年と少女と猫獣人が歩き去る姿が小さく見えた。
「この街は初心者の街で活気があって、王都から離れてて政権争いには遠く、でも王都が接する川の上流だから王家直轄で領主もいないし、とてもゆっくりすごせる町なんだがなぁ」
「重要な防衛拠点でもありますから、正規の強い騎士団が常駐していて安全です。――良い街ですよね、本当に」
「余生は何事もなく、穏やかに過ごしたいんだが……」
「なにを年寄りみたいなこと言ってるんです。閃光のマリウスともあろうお方が。まだまだあなたの活躍を世界は待っていますよ?」
「やめてくれ。守るべきものを守れなかった奴に活躍なんて無理だよ。――私の英雄譚はもう閉じたんだ」
「そうですか、残念です……では、報告書は当り障りなく作っておきますね」
「頼んだ」
受付嬢はポニーテールを揺らして一礼すると、部屋を出て行く。
マリウスは執務机に戻ると、イスに深く腰を掛ける。
そして首に下げたペンダントを取りだして、ペンダントトップを開いた。
中には天使のように可愛らしい少女が微笑んでいる絵が入っていた。どことなくマリウスの面影に似ている。
「ラース君。守るべきものを守り切った君は本当にすごいよ。君がうらやましい……」
マリウスは苦しそうに形の良い眉尻を下げて、しばらく絵を眺めていた。
整った顔立ちに暗い陰が差す。
が、一度大きく頭を振るとペンダントをしまって執務机にある書類の束に向かった。
ブクマと★評価ありがとうございます!
月間ジャンル別5位、月間総合11位まで上がってたんですね。
楽しんでもらえてるようで嬉しいです!
次話は近日更新
→指輪を買いに(予定)