第45話 傾国姫リノ
冒険者ギルドにあるギルドマスターの執務室で、僕たちはマリウスと対面していた。
テーブルの向かいに座るマリウスが、リノのカードを見ながら言う。
「次はリノ君のカード、というかスキルだが……」
「は、あひっ」
急に名前を呼ばれたリノが、声を上ずらせて返事した。
僕は落ち着けるように手を握りつつ、カードを見ながら言う。
「リノって、変わったスキルいっぱいもってたんだね」
「リノは目が見えなかった。それを他の感覚で補おうとして特殊スキルを大量に身に付けた」
ミーニャが淡々と答える。
マリウスが同意して頷いた。
「そうだろうな。目と足が不自由で、それでも生き抜こうと思ったら、これぐらいないと無理だったろうな。【才色兼備】の恩恵もありそうだが」
「そのおかげか、やっぱり鑑定眼持ってたんだね」
僕の問いかけにリノがうなずく。
「は、はい。自分でも驚きです」
「まあ、あれだけ物の値段をぴったり言い当ててたら、そうだろうなって思う」
「この÷2ってのがわかりませんけど……」
リノの疑問にマリウスが答えた。
「おそらく物品やスキルの知識が伴っていないからだと思う。それを学べば÷2は解除されるだろう」
「なるほど。どんな品があるか勉強すればいいってことですね。調べてみます」
リノはぴょこっとお辞儀した。金髪が跳ねるように揺れる。
そして場の空気が静かになった。
何か言い出しにくい雰囲気。
口を開いたのはマリウスだった。
整った顔をかっこよく歪めつつ、カードの下の方を見る。
「それで、この傾国姫だが……」
「は、はい」
「天職に付随する、二つの先天性スキルがとても危険だ」
――――――――――――――――――――
【先天性スキル】
『才色兼備』容姿端麗かつ、スキル習得が2倍になる。
『絶死断末』寿命以外で死んだ場合に発動。今いる国とその国民をまとめて滅ぼす。
『最終王女』家督を継いだ場合、この者を最後に家系が断絶する。伴侶と子は夭折する。
――――――――――――――――――――
一つ目は問題なかった。
リノが可愛らしくて、才媛な理由でもあった。
でも残り二つが問題だった。
マリウスがボソッと呟く。
「ミノタウロスにリノ君が殺されてたら、この国終わってたな。みんなも私も死んでただろう」
「ですね……回避できて良かったです」
僕はそんな状況を想像して、ぶるっと体を震わせた。
リノが華奢な肩を落として落胆する。
「なんでこんな天職とスキルを……こんなのいらない」
「おそらくリノは、この国に敵対する国の人間なんだろう。もしくはこの国が亡ぶと得をする国だね」
「「え?」」
僕とリノが同時に驚いた。
マリウスが顎を撫でつつ言う。
「自分の国で死なれたら自国が亡ぶ。けれども敵対国に送り付けて死なせたら、それだけで相手国が滅亡する」
「まさか、あたしが目と足が不自由だったのも、わざと……?」
「だろうな。死亡率を上げるためだろう」
「ひどいっ!」
リノが目の端に涙を浮かべて叫んだ。
僕も心の奥から、ふつふつと憤りが湧く。
「ひどいことするよね。こんなに可愛いリノを放り出すなんて」
僕はぎゅっと手を握ると、リノが握り返してくれた。
そんなリノが恐る恐るマリウスに言う。
「このスキル、なくすことはできないのでしょうか? ……このままじゃ、あたし……」
リノがまた泣きそうになる。
僕はテーブルに身を乗り出して強い口調で言った。
「僕からもお願いします。僕はリノと結婚したい。幸せにしたいんです!」
「ないわけじゃ、ない。ただ、難しいんだ……」
「あるんですか!? 教えてください!」
僕が必死に頼み込むと、マリウスは端正な顔をしかめて重い口を開いた。
「スキルを消す……特に生まれ持ったスキルを消すには、神に匹敵する力にお願いをしなければいけない」
「神に……?」
「そうだ。神竜と呼ばれるドラゴンがいる。彼にお願いすれば、消してもらえるらしいが……その道は遠く厳しい」
「どこにいるんですか?」
「ファスラナフト山に住むと聞く。だが隣の闇黒大陸にあり、船ではたどり着けない。空を飛ぶ聖獣の力を借りなければならない。その聖獣を手に入れるためには、世界に散らばる宝を五つ集める必要があると言う」
「なんだか、すごく時間がかかりそうです」
「当然そうなる。しかも聞いた話だから今話したことが正しいかどうか、私自身もわからない。長い旅になるだろう」
僕はリノを見た。悲しげな顔をして見つめ合う。
「それでも僕は、リノと結婚して幸せにしたい」
「ラースさんっ……」
リノが可愛い顔をくしゃっと歪めて泣きそうになる。
僕は華奢な肩を抱き寄せた。
きっと長い旅になるんだろう。
一生かかっても届かないかもしれない。
それでも、僕はやる。
絶対にリノの呪われたマイナススキルを解呪――。
そこまで考えて、とふと思った。
――呪いはヒールで治らないのかな?
僕は少し体を離すと、リノの頭と胸に手を置いた。
突然のことにリノは「ふぇ?」と可愛い声を出して驚いた。
「ちょっと治せるか試してみるね」
「え、えっ!?」
「――ヒィィィルッ!」
僕の両手がぴかーっと光った。
リノの小さな全身も光る。
光が消えると、僕はリノのカードを覗き込んだ。
先天性スキルは【才色兼備】だけになっていた。
天職も【傾国姫】から【恩恵姫】になった。
思わず明るい声が出る。
「やった、消えた! 大丈夫だよ、リノ!」
「えええええ!? なにやってるんですか、ラースさんっ!」
「呪われたマイナススキルなら、ヒールで治せるんじゃないかと思ったんだけど」
「今、なんか壮大な旅が始まる感じでしたよ!? 僕たちの冒険はこれからだ、みたいな感じでしたよ!? ヒールで治るなんて、信じられないっ」
リノが目を見開いて驚いていた。
マリウスは唖然として口を開け、ミーニャも片方の眉だけ器用に、くいっと上げていた。
「……ありえないな。ラース君は……」
「すごい、を超えて。あたまおかしい」
「でも、嬉しいですっ。さすがラースさんですっ!」
笑顔になったリノが、僕に横から抱き着いて褒めてくれた。
もうそれだけでやった甲斐があったと思った。
ただ対面に座るマリウスは深刻な顔をやめない。
「これ、相手のメインスキルまで消せるなら、とんでもないことになるぞ……」
「それはさすがに無理そうです、だって、ヒールは『悪い状態』を『良い状態』に治す魔法だから」
僕は当然だと思って答えたが、横からミーニャがじっと疑う目つきで見てくる。
「本当に? もし殺人鬼が剣術スキルでリノを殺そうとしたら、相手の剣術スキルはラースにとって『悪い状態』になる。そこでヒールしたらどうなる?」
「う……っ。わ、わからないよ……」
「まあ自分のヒールで何ができるか、もっとよく考えることだね。すごいのはもう納得しただろう?」
「わかりました。ちょっとすごいなって自分でも思います」
ちゃんと反省したのに、三人から突っ込まれた。
「ちょっとどころじゃないっ!」「いい加減、自重」「もう諦めましょう、ラースさん? とてもすごい人だって自覚していきましょう?」
「う……わかった。自覚を持ちながら自重する」
僕はたじたじになりながらなんとか答えた。
マリウスが、ふうっと息を吐く。
「まあ、これからも力を隠す方向で生きてくれ。大ごとにならなければ守れるから」
「ありがとうございます。マリウスさんはいい人ですね」
僕がお礼を言うと、マリウスは自嘲気味にフッと鼻で笑った。
「違うさ。私は自分のことしか考えてないよ。ラース君が目立つと私まで確実に巻き込まれるからね。厄介ごとはごめんだ。私は平和に暮らしたいんだよ」
「そうだったんですか。逆に頼りになります。スキルを隠して生きるよう努力します」
「ああ、そうしてくれ。じゃ、役に立たない調書も取り終えたし、傾国姫の危険も去ったことだし、帰ってくれていいよ」
「はい、ありがとうございました」「ご迷惑かけましたマリウスさん」「ん」
僕らはお礼を言って立ち上がる。
するとマリウスが、ふと思い出したかのように尋ねてきた。
「そうそう、ラース君」
「なんでしょう?」
「ラース君は孤児だそうだが、子供のころからよく怒る子供だったのかな? 今も家で怒る?」
「え? いえ? 怒ったことなんて……街がめちゃめちゃになった時に怒りを感じましたが、自分自身に憤っただけです。あと今、リノに対する仕打ちでちょっと怒りました。それぐらいです」
「そうです。ラースさんは一度も怒ったことないです。とっても優しい人なんですっ」
僕を補佐するように、リノが口添えしてくれた。というか少しムキになって言い返していた。尖らせた唇が可愛い。
マリウスは深く頷いた。
「だろうね。好青年だと思うよ……じゃあ、名前は誰が付けたのかい?」
「え、誰だろう? 村長さんかな? 気が付いたらみんなからラースって呼ばれてました」
「そうかい。――ああ、引き留めて悪かったね。気を付けて帰ってくれ」
「はい、さようなら」
なんで名前が? と少し疑問に思いつつ、僕たちは別れを告げて執務室を去った。
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次話は近日更新
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