第42話 一つに重なる愛
街の夜。
店の二階の寝室で、寝巻を着た僕とリノはベッドの端に並んで座っていた。
ベッドの上には僕の装備が並べられている。
僕は鑑定スキルの付いた虫眼鏡で一つ一つ見ていく。
「えっ!? 僕が昔から使ってたナイフは【旋回積斬】がついてたんだ!」
「そうですよぉ! なんで使わなかったのか不思議でしたっ。まさか、自分の装備を調べてなかっただなんて……っ!」
心配かけた以上、僕は頭を掻きつつ謝るしかない。
「ごめん、リノ。……あの時は、教えてくれて本当にありがとう」
「当然ですっ。あたしはラースさんのためにいるんですからっ」
ニコッと微笑むリノが可愛い。
僕はさらに調べていく。
その結果、僕の武器防具はすごかったと知った。
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【武 器】
『鉄のナイフ☆5』攻+10(切れ味永続・攻撃上昇:大(100%)・攻撃速度上昇:中(50%)・旋回積斬)
『黒影の手裏剣☆4』攻+88(攻撃上昇:中(50%)・絶対命中・行動遅延・無限弾)
【防 具】
『布の服☆5』守+1(清浄永続・防御力:超特大(800%)・魅力上昇:小・発汗防水)
『聖銀の水面☆5(チェインメイル)』守備+200(攻速上昇:中(50%)・防御上昇:特大(200%)・防御上昇:中(50%)・重量軽減:大(50%)・全魔法抵抗:大(50%)・魔法反射・動作静音:中)
『夜明けの口笛吹き☆5(黒外套)』守+20(回避上昇:大(50%)・移動速度上昇:極大(400%)・浮遊・飛翔)
【装身具】
『魔法財布☆3(マジックウォレット)』(貨幣のみ・馬車1台分)
『魔法袋☆5(マジックバッグ)』(全アイテム・時間停止・馬車2台分)
『毛皮の毛布☆3』冬籠りする動物の冬毛で作った毛布。とても暖かい(体温保護・氷雪抵抗:中・回復効果上昇:小)
――――――――――――――――――――
僕は目を丸くしながら唸った。
「こんなに高額品ばかりだったとは……」
「ラースさん、見せてくださいなっ」
僕はリノに虫眼鏡を渡した。
彼女は小さな手で虫眼鏡を握ると、じっくりと見ていく。
「まあ! 速度上昇や攻撃上昇もついてたなんて! ――てか、黒い外套すごいですね」
「うん、僕も驚いた。すごい名前だね、トワイライトウォーカーだなんて」
「名前からして、かっこいいです。ちょっと気取ってる感じですけど」
「そのおかげでリノのピンチに間に合ったから、とてもよかった」
「はいっ」
リノが顔を上げて微笑む。信頼を寄せた満面の笑みだった。
アイテム鑑定が終わると、僕はマジックバッグにしまった。
ベッドにゴロンと横になる。
「これだけの装備をしてたから勝てたのかもしれないなぁ……ほんと、リノを守れてよかった」
「もう怖くて怖くて、泣きそうでしたっ」
「泣いてたけどね」
「い、言わないでくださいっ。ラースさんが心配だったんですっ」
リノは赤らめた頬を、ぷくっと膨らませた。
その様子がとても可愛らしかった。
そしてリノがベッドに入って来る。
僕の横まで来ると、ぴったりと体を寄せてきた。薄絹越しに伝わる体温にドキドキする。
「ラースさん……」
「ん? なに?」
リノは僕の胸に顔をうずめつつ甘い吐息とともにささやく。
「助けてくれてありがとうでした。あたし、とても嬉しかったです」
「僕もリノが無事で嬉しいよ」
ふいにリノが顔を上げた。青い瞳が潤んでいる。
「好きです、ラースさん。世界で一番、好きです――っ」
「リノ……」
切実な訴えかけに、僕の心は愛おしさでいっぱいになった。
もうこれ以上、我慢は出来ない。
僕の気持ちを真剣に伝えたいと思った。
「リノ、お願いがあるんだけど」
「はい……なんですか?」
僕は青い瞳を見つめると、誠心誠意を込めて言った。
「僕の彼女になって欲しい。ずっと大切にするって約束するから――リノを世界で一番可愛い彼女にしてみせるからっ!」
僕の気持ちを全力でぶつけたつもりだった。
――それに、これだけリノと仲良くなっていたら、拒否されないんじゃないかと心のどこかで思っていた。
まずは彼女から。一歩ずつ距離を縮めて……。
しかし――。
リノは金髪を揺らして首を振った。
泣きそうなほどに眉尻を下げて、震える小声で訴える。
「イヤです……」
「えっ」
――拒否された!?
僕は、驚きと戸惑いで、呆然と彼女を見つめた。
リノは泣きそうな顔で僕を見上げると、切々と想いを伝えてきた。
「彼女じゃ、イヤです……あたしを、あたしをラースさんのっ――可愛い彼女じゃなくて……一番可愛い奥さんにしてくださぃ……っ」
金髪を乱しつつ青い瞳に涙を溜めて、上目遣いで哀願してくる仕草が、もうたまらないほどに可愛かった。
僕は体の中心を貫かれたような衝撃を受けて、思わず両腕で華奢なリノを抱え込むように抱きしめた。
お互いの凹凸がぴったりと重なり合って、柔らかな体温を全身で伝え合う。
何もかも小さなリノの肢体の感触が、ありありとわかった。
小さな爪も、細い首筋も、小さな胸も。触るたびに愛おしさが募る。
そして金髪に隠れた小さな耳に、そっと顔を寄せて僕はさらなる思いを口にした。
「うん、わかった。――もう一生離さないからね、リノ……愛してる」
「ラースさぁぁん……っ!」
涙を散らして抱き着いてくる。
僕も思いっきり華奢な体を抱き締め――。
――そして、柔らかな唇を重ねた。果実のように湿り気を帯びて、甘く。
はじめは軽く。確かめるように舌で触れて。しだいに深く、湿った吐息が絡み合う。
唇を離しても、リノは泣きながら何度も重ねてくる。息ができないぐらいに。
でも、まだ足りなかった。
心に秘めた気持ちを伝えるには、距離が邪魔で。服が邪魔で。
お互いに直接体温を伝え合って、ずっと傍にいたいという感情を重ねあった。
――朝まで、何度も。
そして、夜が明けた。
◇ ◇ ◇
心地よい青空の下、小鳥が爽やかに鳴く朝。
僕は天蓋付きのベッドで目を覚ました。
眼をこすりつつ横を見ると、リノがすやすやと寝ている。
柔らかく乱れた金髪に、白い素肌。
朝日を浴びた長い睫毛や赤い唇、華奢な鎖骨が天使のように輝いている。
「おはよう、リノ」
僕はリノにキスをした。昨晩何度も重ねあった柔らかさに安らぎを覚える。
リノは「んぅっ」と細いのどを鳴らしてゆっくり目を開けた。
青い瞳が僕を視認していくにつれて、なだらかな頬が赤く染まっていく。
そして恥ずかしそうにシーツで顔を半分隠しつつ、甘えるようにささやいた。
「お、おはようございます、ラースさん……っ」
「うん、おはよう。今日も可愛いよ、リノ」
もう一度キスをすると、リノは「ひゃんっ」と可愛い悲鳴を上げて頭までシーツを被ってしまう。
その後、おずおずと青い瞳だけを出して、すねたように上目遣いで見つめてくる。
「もぅ……ラースさんてば……朝ですよっ。起きなきゃですよっ!」
「そうだね。今日は冒険者ギルドへ行かなきゃね」
「え? どうして――あっ」
リノが頬をますます赤く染めていく。
そんな彼女に優しく微笑みかける。
「まずは本当の年齢を知らないとね。今すぐにでも結婚したいんだけど」
「嬉しいです……本当にあたしを選んでくれるんですね……夢のようです」
しみじみと言うリノは、青い瞳を潤ませて微笑んでいた。
僕は華奢で小柄な彼女を抱き寄せる。花のような香りがした。
「リノを選ぶのは当然じゃないか」
「あたしよりきれいな人や可愛い人、いっぱいいますよ?」
「この世にリノ以上に可愛い人なんていないよ、リノが僕の理想なんだ。リノが僕の理想の奥さん……」
そこまで言って、僕は水を浴びたように、はっとした。
固まった僕の腕の中でリノが可愛く小首をかしげる。
「どうされました? ラースさん?」
「ごめん、リノ」
「え? どうして謝るんですか?」
「ひょっとしたらリノの顔を変えてしまったかもしれない……」
「え、え? 意味がわかりませんが……」
戸惑うリノの金髪が揺れる。
僕は考えつつ、重い口を開いた。
「ミーニャに言われたんだ。僕のヒールはただ治すんじゃなくて、理想の状態に治してるって。リノが僕にとって理想的に可愛く思えるのは、僕のヒールのせいなのかもしれない……」
「え、そんな……っ! ……でも別に、あたしはラースさんの理想になれたのなら、それはそれだけで……って、待ってください、ラースさん!?」
「ん!? どうかした!?」
リノは僕の目をまっすぐ見上げて言った。
「もしヒールで理想の状態にしているって言うのなら、眼鏡やルーペは全部鑑定眼になっていないとおかしいですよ?」
「あ、それもそっか」
「はい。だからこの顔があたしの顔です。元のままです。触った感じも同じですし」
リノは自分の頬をぐにぐにと撫でた。崩れた顔まで可愛いのは反則だった。
「じゃあリノは元から僕の理想的な女性だったんだ……嬉しいよ」
僕がぎゅっと抱きしめると、リノが腕の中でわたわたと慌てた。耳まで真っ赤になっている。
「だからぁ、これ以上褒めないでくださいってばぁ……お店に立てなくなっちゃいますっ」
褒められて恥ずかしがるリノがとてつもなく可愛くて。
朝だというのに僕はまたキスをして抱きしめる。
「リノ、好きだ」
「はぅぅ……あたしもです、ラースさんっ」
感情を高ぶらせた可愛い声で、リノも抱き着いてくる。
白い素肌のぬくもりと、すべすべした曲線がぴったりと重なった。
――冒険者ギルドに行かなくちゃいけないのに。
リノの本当の年齢を知って、結婚しなきゃいけないのに。
伝えあう体温が愛おしくて、抱き合ったままなかなか離れられない。
僕の腕の中でリノがささやく。
「あたしを、もっと可愛くしてくださいね」
「うん、世界で一番大切にするよ」
朝の明るい光の中で、僕らは静かに抱き合った。
ふわっと広がるリノの金髪が、朝日を受けてきらきらと輝いていた。
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