第39話 リノは僕が守る!
家のすぐ近くにミノタウロスが出た。
圧倒的な強さでイフリースを叩きのめした。
僕は早さを抑えるために手裏剣を用意した。
そこへ、騎士と冒険者たちが武器を持って駆け付けた。
「こっちにもいたぞ!」「ミノタウロスだと!」「やっちまえ!」
近くの錬兵場にいた人たちが駆け付けたらしい。
十人ほどの集団がそれぞれの持つ武器を光らせて、巨大なミノタウロスに襲い掛かる。
しかし、ミノタウロスは、はぁっと特大の溜息を吐くと太い首を振った。
「ゴミしかいないとは、つまらん街だな」
「えっ」「なに!?」「言わせておけばっ!」
騎士と冒険者たちがスキルを発動して斬りかかった。
僕は慌てて、手にした手裏剣を振りかぶりつつ叫ぶ。
「待って! まだ早いっ!」
そして投げた。
すでに彼らはミノタウロスへ殺到していた。
岩をえぐるような彼らの強烈な攻撃も、皮膚が硬いせいか、かすり傷にしかならない。
ミノタウロスはバカにした笑みを浮かべてハンマーを水平に構える。
僕は危険を感じて叫んだ。
「逃げて――!」
そのとき、僕の手裏剣がミノタウロスの肩に当たって小さな傷を作った。
岩を背負ったかのように腕を振る動きが遅くなる。
――間に合った!?
――が。
一瞬、ほっとしたのもつかの間。
行動遅延などものともせず、ミノタウロスが小屋ほどもあるハンマーを振るった。
速度が遅くなっただけで威力は変わらない。
ハンマーが彼らに接した瞬間、激しい衝撃波が人々どころか街を襲った。
グゴォォ――ンッ!
「ぐわぁ!」「いやぁ!」「ぎゃぁぁ!」
吹き飛ばされた人々は空に舞って、建物や地面に激突した。
それどころか、ハンマーから生み出された暴風は、石造りの家並みを吹き飛ばした。
街が半壊する。
僕の店も四階辺りの壁にヒビが入った。
僕は手に戻ってきた手裏剣を握り締めつつ、呆然と眺めつつ震える声を出す。
「店まで……う、うそ……そんな」
ミノタウロスの使ったスキルは高度な物ではないのに。
ただの【旋風斬】だった。
【旋風斬】とは、風を武器にまとわせた小範囲攻撃。
けれども、その破壊力は規格外だった。
街が半壊していた。
崩れた建物から煙が上がる。多くの人々が死んだように倒れて動かない。
僕はひざを突いたまま、呆然と死の光景を眺める。
――ああ、なんでこんなことに。
死ぬのは痛いんだ……本当に苦しいんだ……っ。
街が、みんなが、壊れていく……どうしてっ!?
――いや、違うっ。
僕のせいだ!
僕が後先考えずにヒールしたから!
僕のせいで、街が、みんなが、リノとの未来が! 壊れてしまった!
やっと自分の居場所を見つけたのに……。
僕の腕の中が自分の居場所と言ってくれる可愛い彼女も見つけたのにっ。
二人で生きていける場所を手に入れたのにっ!
「さあ、次はどいつを殴るかな……」
ミノタウロスは、ハンマーを担いだまま大股に歩く。
すると、店の陰で震えているリノに眼を止めた。
リノは店の壁をつかんだままふるえて動けない。
「あ……あっ……」
牛の顔がニヤリと笑う。
「潰しておこうか」
「ひっ……っ」
リノが逃げようとして尻餅ちをつく。
ずりずりと後ろに這うが、大股に近づくミノタウロスの速度からは逃げられない。
僕はゆらりと立ち上がった。
店へと一歩近づく。
「いやだ……」
「ん?」
ミノタウロスが振り返った。
僕はまた一歩踏み出す。
「いやだっ」
「なんだ、ハエか。死んでなかったのか」
「いやだ。いやだ――っ! 街も、みんなも、生活も、リノとの未来も、失うなんて絶対嫌だっ!」
「フンッ! ハエに何ができる」
「つらい目に遭うのは、もう僕一人でいい――っ! ひーーーーっ!」
僕は手裏剣を投げつつ、呪文を叫びながら突進した。
ミノタウロスが肩にハンマーを担ぎつつ、牛の顔を撫でる。
「ふむ。お前たちはただの知り合いではないようだな――くくっ、お前をぐちゃぐちゃにしたら、女はいい声で鳴きそうだな! ふははっ」
「お前なんかに、僕の心までは潰せないっ――!」
僕はミノタウロスをナイフで切りかかる。
同時にハンマーが僕の頭を吹き飛ばした。
リノが顔を小さな手のひらで覆って叫んだ。
「いやぁ――っ!」
「はっはっは、いい声だ! ――次は貴様が潰れるば――」
「――ぃる!」
瞬時に回復して、彼の太い腰を切りつける。
ミノタウロスが眉間にしわを寄せた。
「ん? ……潰したと思ったが……まあいい、死ね」
僕の攻撃など全く気にせず、ハンマーを振るう。
「まだまだっ」
振り降ろされたハンマーを、僕は身をひねってぎりぎりでかわす。
「ばかめ!」
ミノタウロスがハエを叩くように巨大な手のひらを振り降ろした。
グシャッと赤い血を飛び散らせて僕は潰れ――。
「ヒール!」
すぐに体を蘇生させて切りつける。
また切っ先が浅く硬い皮膚を撫でた。
ミノタウロスの眉間のしわが深くなる。
丸い瞳で僕を見下ろす。
「ゴミのくせに、うっとうしい。――何かのマジックアイテムか?」
「何度でも復活してやる!」
「ならば、何度でも潰してやろう、ふははっ!」
そして一方的な戦いが始まった。
ミノタウロスが僕を潰し、瞬時に回復して切りつける。
反撃の威力は低い。皮一枚を斬る程度。
――でもそれでいい。
1ダメージでいいんだ!
僕は死なない限り何度でも切りつける!
何時間かけてでもダメージを蓄積させてやる!
そして最弱の僕が最強のこいつを止めている限り、みんなの戦いは楽になるはず!
それから百回以上ヒールを唱えたときだった。
視界の端を赤い影がよぎった。
ブクマと★評価、ありがとうございます!
次話は昼か夕方更新
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