第38話 流星ラース
日の暮れた黄昏時。
僕とミーニャは息を切らせてダンジョンから外に出た。
濃紺の夜空に星たちが瞬く。
しかし、美しい夜には似つかわしくない騒音が、街の郊外にあるダンジョン入り口まで聞こえていた。
僕は思わず叫んでしまう。
「一体何が!?」
すると入り口を守る衛兵が険しい顔で答えた。
「街が魔物の群れに襲われている! ――スタンピードだ!」
――スタンピード。ダンジョン内で大量に発生した魔物が、外にあふれ出す現象。
僕は焦りに顔をしかめて訴える。
「そんな! そんな兆候はなかったよ!」
するとミーニャが抑揚のない声で言った。
「それすらも隠してた……自分が一騎打ちの状況を作るために」
「そんなに賢かったのっ! ――急がなきゃ! リノがっ!」
「ラースは先に店へ向かって。私は手ごわそうな強いモンスターを狩りつつ向かう」
「わかった!」
僕は手足を振って、必死に駆け出した。
なかなか街に近づかなくて、もどかしさが募る。
こんなときには自分の身体がひどく重く感じられた。
――そうだ、黒い外套! 確か、体が軽くなる!
僕は背負い袋から外套を出して着た。
くるぶしまでコートに覆われる。
そのとたん、体が軽くなって風のように駆けだした。馬より早い。
街が急速に近づいてくる。
だが残念なことに、街の門は閉じられていた。
さらに街壁には無数のモンスターが取り付いて、それを兵士や冒険者が撃退していた。
僕は悔しくて唇をかむ。
くそっ――街に入れない! ……いや!
「この速度なら、行ける! ――空だって飛べそう! むしろ飛んでやる!」
そう決意した瞬間、僕の身体が本当に空を飛んだ。
空気を踏んで、一足飛びに駆けていく。
僕は手足を動かしつつも、驚きで目を見張った。
「これって、まさか――【移動速度上昇】と【飛翔】付き!? ――なんでもいい! 僕は絶対に、リノを守る!」
全力で黄昏時の空を飛ぶ僕は、一つの流星と化していた。
そのまま音を後ろに引き連れて、街のはずれにある店へ飛来した。
◇ ◇ ◇
黄昏時の薄暗い街は、突如起こったスタンピードに襲われていた。
空を飛ぶ僕からは全景が見えていた。
街の外れでは、僕の店のすぐ横で赤い炎を全身にまとったイフリースと、二階の高さはある巨大なミノタウロスが戦っている。
イフリースは赤い髪を逆巻きながら、手から生み出した炎で牛の化け物を焼き尽くした。
しかし、ミノタウロスは肌を焼く炎などものともせず、牛の顔に強烈な笑みを浮かべてハンマーを振るう。
「強いと思ったが、この程度か! ――喰らえ!」
暴風を伴った強烈なハンマーがイフリースに襲い掛かった。
「ふんっ! あんたなんか、ステーキにしてやるわよっ!」
イフリースが腕を振るうと、巨大な火柱が上がった。
巨大なハンマーが弾かれる。
しかし弾かれた方向が悪かった。
僕の店へとハンマーが向かう。
小さな小屋ほどもあるハンマーの先が当たれば、ただでは済まない。
小窓から外を見ていたリノが、涙を散らして叫んだ。
「ああ――ッ! お店が、壊れる――」
その瞬間、僕が夜空を貫いて飛来した。
店とハンマーの間に体を入れて叫ぶ!
「ヒール、ヒィィィル――ッ!!」
ドゴォォォン――ッ!
建物が爆発したような響きを立てて、白い煙が上がった。
しかし煙が晴れると、建物は無傷だった。
ミノタウロスが怪訝な顔で建物を睨む。
「なんだと……?」
僕は奴の顔の前で浮かぶと、黒い外套の裾をはためかせつつ慣れ親しんだナイフを構える。
「僕のかけがえのない未来――僕の奥さんをっ! 奪わせたりしないっ!! リノは絶対に守るっ!」
「ラースさぁぁぁんっ!」
店の物陰からリノが叫んだ。
ミノタウロスが、ちらっとリノを見た。
何かしそうな気配。
僕はリノを見る視線を遮るように動いた。
ナイフを正面に突き付けながら叫ぶ。
「一騎打ちが好きなんだろ! ――勝負だ!」
「ふん、俺様が好きなのは『強者』との一騎打ちだ。ハエは消えろ」
「え?」
その瞬間、ミノタウロスの輪郭がぶれた。
違う、凄まじい速さで動いて――!
――ゴツンッ!
あ……。
ドゴォォンッ!
全身に衝撃が走って視界が歪んだと思ったら、僕はもう地面に叩きつけられていた。
全身がバラバラになった感覚。本当にバラバラになった気がする。
果てしない遠くから、リノの泣き叫ぶ悲鳴だけが耳に届く。
――死ねない……こんなところでっ。
僕は消えかける意識の中でぎりぎりヒールを唱えた。
「ひ……ぃ……る……」
手足や体がくっつく衝撃とともに回復した。
膝をついて起き上がりつつ、巨大なミノタウロスを見上げる。
一撃で死にかけた。死の光が見えた。
強すぎる……!
イフリースが炎をまといつつ、歩いてくる。全身から怒りの炎が放出されていた。
「やってくれたわね……ただですむと思わないでよ?」
ミノタウロスは興味なさそうに、肩にハンマーを担いだ。
「つまらん街だな。こいつ以外、ゴミしかいないとは。すべて更地にしてやろうか」
「アタシとの戦いは、まだ終わってないわよっ!」
イフリースの言葉に、ミノタウロスは憂いを秘めた眼で見返した。
「残念だったな。誤算は俺様がミノタウロスで、お前が魔法使いだったことか。本当につまらんな」
「なんですってっ!? 偉そうなこと、言ってくれるじゃないっ!」
「貴様の魔法はもう見切った。俺様に魔法は効かぬ」
「くっ! 言わせておけば!」
イフリースが右手を伸ばす。
僕は、はっと気がついて叫んだ。
「待って、イフリース! こいつは魔法が効きにくいんだ――」
「――【紅蓮業火】!」
彼女の右手から、灼熱の炎が鞭のように延びる。
だがミノタウロスは鼻で笑った。
「――見切った、と言わなかったか? ――ふんっ!」
ミノタウロスがハンマーを掲げたまま突進した。
たくましい肩を前に出して、タックルのように炎へぶつかる。
激しい光を発して煙とともに爆発した。
しかし、光と煙を突っ切ったミノタウロスが、ハンマーを降り上げて彼女の前に立つ。
イフリースの美しい顔がゆがんだ。
「しまっ――」
「下降滅撃」
強烈な風を伴ってハンマーが振り降ろされる。
イフリースは頭上で両腕を交差させて防いだ。
ゴッ――ドゴォォォッ!
ミノタウロスのハンマーがイフリースごと地面を丸く吹き飛ばした。
「きゃあっ!」
「イフリースッ!」
イフリースは地面にたたきつけられて、半分埋まった。
ひび割れた体から、炎があふれる。
気絶したらしく動かない。
――だめだ、早すぎる。
僕なんかじゃ、攻撃のモーションすら見えない。
――あっ、そうか。だからか!
僕はマジックバッグから手裏剣を取り出そうとした。
その時、騎士と冒険者が駆け付けた。
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次話は明日更新
→第39話 リノは僕が守る!