第36話 店番リノの心配
午後の穏やかな太陽が青空に浮かぶ。
街のはずれのラース良品店で、リノが金髪を揺らして接客していた。
カウンターには2本の斧槍が並べられている。
小さな手で指し示しつつ言う。
「今あるのはこちらの2本ですね。こっちが4万5000、こっちが21万。両方開店セールで一割引きの値段になってます」
大柄な男は両方の柄を握りつつ尋ねる。
「どう違うんだ?」
「安いほうは【攻撃上昇:中】【硬化】【追加斬撃】の特殊効果がついていて、21万のほうは【攻撃上昇:小】【切れ味永続】【旋回積斬】【ノックバック抵抗】がついてます」
「ん? 【旋風斬】じゃないのか」
「【旋回積斬】です。回転しながら攻撃を当てるたびに、与えるダメージが2倍、4倍、8倍と倍々になっていきます」
男は目を見張る。
「なんだそれ。強ぇじゃねぇか……てことは、5回当てれば32倍、10回当てれば……えっと約1000倍のダメージってか!? 強すぎるだろ! ――それにしちゃ、安いな」
「このスキル発動中は攻撃力・防御力・状態異常・移動に関するスキルが発動しない上に、一回ごとに回転しないといけないので避けられやすく、また目を回しちゃいます」
「そうなると、どうなる?」
リノは細い顎に人差し指を可愛く当てつつ、考えながら話す。
「ん~。頑張っても5~6回当てるのが精いっぱいみたいです。しかも、めまいでふらつくために攻撃を外しますし、攻撃後は大きな隙ができます。次の攻撃にしばらく移れないどころか、咄嗟の防御すらできないのは厳しいです」
「なるほど。使いどころがあるとすれば、最後の一匹に対してトドメの一撃ぐらいってわけだ」
「そうなりますね」
男は四角い顎を手で撫でつつ考えこむ。
「うーん……攻撃力上昇は小さいし、普段使いは難しいか? でも【切れ味永続】がついてて手入れ不要なのはありがたい……ノックバック抵抗があるから【武器防御】で後ろに下がらないのも地味に嬉しいな。パーティーメンバーを守りやすくなる。攻撃力の低下は【旋回積斬】で3回転すりゃ補えるか……よし、買った!」
腰の袋から清浄な光を放つ聖金貨1枚と、小さい金貨を数枚出した。
リノは青い目を細めて笑顔になる。
「はいっ、お買い上げありがとうございます! 嬉しいです!」
「いいってことよ。親父の紹介だったし、パーティーを守れる強い武器が急に必要になったんでな。――助かったぜっ」
男は買ったばかりの斧槍を肩に担ぎつつ渋い笑みを浮かべた。
リノがカウンターに置かれた金貨を小さな手で取り上げつつ、不思議そうに首をかしげる。
「どうしてですか? なにかあったんでしょうか?」
「ダンジョンが活性化してよ、今までの安い装備じゃ手に余るんだよ。まあ、こつこつ金は貯めてたし、これがありゃあ今まで以上に稼げる! ありがとよっ」
男は大柄な体を揺すって快活に笑うと、斧槍を担いで颯爽と店を出ていった。
客のいなくなった店内で、リノがうつむく。整った顔立ちに影が差した。
「活性化……ラースさんは大丈夫でしょうか……」
リノは小さな手で胸を抑えて不安そうにしていた。
すると店の中央を仕切る壁、その端の垂れ幕をのれんのように手で押し上げながらイフリースが顔をのぞかせた。
「なに心配してんの。彼なら大丈夫でしょ」
「そうですか?」
赤髪を揺らしつつ、カウンターにいるリノの傍までくると肩をすくめた。
「なんでも治しちゃうんだから死ぬことはないわね――ラースは最強のアタシと戦って平然と生き延びたのよ? ダンジョン程度にいるモンスターじゃ、どうにもできないわね」
「それを聞いて安心しました」
リノは控えめな胸に手を当てて、ほっと安堵の息を吐いた。
イフリースはすらりとした白い腕を撫でつつ、うっとりと細腕を眺めながら鼻で笑った。
「ふっ……アタシに対して、こんなことまでしてくれたんだから、そう簡単に死なないわよ」
「こんなこと……? とっても、きれいですけど」
「アタシは精霊よ? 燃え盛ってるのが本来の姿ってわけ。それをまあ、炎が噴き出ない人間みたいな体にしてくれちゃって」
「えっ……迷惑かけちゃいましたか!?」
「逆よ。人間とほぼ同じ姿になるのは、精霊姫よりさらに一段上のクラスになる。ラースのおかげで、苦労せずにランクアップできたのよ。人間でいえばSランクかな? たぶん今のアタシは精霊女王ってところね。ラースがいないと逆戻りだけど」
「うわぁ、なるほど――あっ、だからラースさんと一緒にいることを選んだんですね」
「そうよ。ラースはアタシにとっておいしい奴よっ。エサよ、エサ」
「イフリースさんも、ラースさんもすごいですっ」
「すごいのはあんたの旦那なんだからね」
「だ、旦那だなんて、そんな……」
リノは顔を真っ赤にして照れていた。
そんなリノの態度に、イフリースはニヤニヤ笑いつつ詰め寄る。
「何言ってんの。もう触れ合うことが当たり前なぐらいに仲良しじゃない。――で? どこまでいったのよ? 最後まで?」
「あ、あたしたちは、そんな……頬に、ちゅーされたぐらいですっ」
「ふふん。まあ、確かに初心な感じだもんねぇ……これからの発展を楽しみにしとく」
「し、しないでくださいっ」
リノは耳まで真っ赤になって叫んだ。
イフリースはぼさぼさの赤髪を揺らして大声で笑った。
あははっ、という快活な笑い声が店内に響いた。
ブクマと★評価ありがとうございます!
評価ポイント4万越えました! 応援ありがとうございます!
少しでも面白いと思った方は、↓にある★★★★★を入れて貰えると作者が頑張ります!
次話は明日更新
→第37話 ダンジョンがおかしい