第33話 僕の城
街の朝。
昨日は夜中にイフリースが出現したりして、ドタバタした。
そのせいでベッドに戻るなり疲れてすぐ眠ってしまった。
天蓋付きベッドの上に起きると、隣ではリノがシーツと金髪に埋もれて寝息を立てていた。
瞳を閉じてすやすや眠る姿は、小さくて妖精のように可愛い。
見ているだけで頬が緩むのを感じつつ、優しく頭を撫でた。ふわふわの金髪が指に心地いい。
「おはよう、リノ。朝だよ」
呼びかけたけれど、リノは寝息を立ていた。
可愛い寝顔を見ているうちに、なんだか悪戯心が湧いてきた。
――どれぐらいで、起きるかな?
「リノ、おはよう」
僕はもう一度手を伸ばして頭を撫でた。ふわふわの金髪は癖になる気持ちよさ。
でも起きなかった。
「起きなきゃ、リノ」
続いてなだらかな頬や秀でた額、そして通った鼻筋を指先でなぞった。
まだ起きない。
――もうちょっと大胆に起こしても?
そっと耳に口を寄せて、ふうっと息を吹きかけてみる。
それでも彼女は起きなかった。
朝日の中、至近距離で見るリノは白く輝いて見える。閉じた瞳の睫毛が長い。
見ているだけで心がきゅうっと締め付けられた。
「リノ……」
僕はささやきつつ、心のままに唇を寄せた。
そして白く柔らかな頬にキスをした。
焼き立てのパンのように柔らかくて暖かい。
僕の心臓は高鳴っていた。
触れれば触れるほど可愛さが伝わって来る。
――これ以上の悪戯はダメだって。寝ているリノに悪いっ。
でも、でも――。
必死で心を止めようとする。
――が。
ふと視線を上げると。
リノは顔を真っ赤にして、青い瞳を見開いていた。
声を押し殺して震えるように耐えている。
「って! ――うわ! リノ、起きてたの!?」
僕は思わずのけぞった。
リノはベッドの上に置き上がると、耳まで真っ赤に染めながら乱れた寝巻を手で直していく。
「は、はい……おはようございます……」
「お、おはよう……リノ」
――えっ!?
どこから起きてた!?
焦っていると、リノが乱れた金髪を手櫛で直しつつ言った。
「……嬉しいんですけど、起きているときにしてくれたら、もっと嬉しいです……あたしの初めては、ラースさんを全身で感じたいので」
「ごめん、リノ――次からはもっと大切にするからっ」
僕はリノを強引に抱き寄せて、思いっきり抱き締めた。
彼女は腕の中で「あぁ……嬉しいです……っ」と、切ない吐息を漏らして喘いだ。
そして小さな手でしがみついてくる。
窓から入る朝日の中、僕とリノはしばらく静かに、ぎゅっと抱き合った。
◇ ◇ ◇
朝食をとるため僕とリノは一階に降りた。
服は着替えている。
厨房兼、ダイニングではミーニャとイフリースがテーブルに仲良く腰かけていた。
「おはよう、ミーニャ。イフリース」
「おはようございます、お姉ちゃん。イフリースさん」
「ん、おはよう」
「おはよう、遅かったわね」
二人が意味深な目で見てくる。
さすがに僕が疑いすぎてるだけか。
なので、軽く答えた。
「ちょっと、リノが可愛かっただけ――すぐに朝食用意するよ。イフリースもご飯食べる?」
「そうね。久しぶりに食べてみてもいいかもね」
「じゃあ、一緒に用意するよ」
僕はパンとチーズとソーセージを切ってはヒールをかけて四人分の朝食を用意した。
頬杖を突いて眺めていたイフリースが、赤い瞳を丸くする。
「えっ、なにこれ。ありえないんですけど?」
「そうかな? ヒールを練習すればできたよ?」
「ふっ……すごすぎるわよ、あんた……興味が湧いてしょうがないわ」
イフリースがぼさぼさの赤い髪を両手で掻き回して言った。
リノとミーニャは慣れた様子で、テーブルに着く。
「「「いただきます」」」
僕らはどうでもいい会話をしつつ、楽しい会話を繰り広げていった。
そんな時間が一人で食べるご飯より、何倍もおいしかった。
◇ ◇ ◇
朝食を食べて、しばらくゆっくりしていると店の外が騒がしくなった。
出てみると、リノが注文した棚や壁板が運ばれてきた。
リノが細腕をまくりつつ、勢い込んで言う。
「さあ! 用意は整いましたっ! ――今から、店の開店準備です!」
僕はミーニャを見る。
「店の準備を終わらせたいから、ダンジョンのゴミ拾いは午後からでいいかな?」
「私は別に構わない」
「じゃあ、店を手伝おう」
イフリースが赤い髪を揺らしながら言う。
「手伝いが欲しいなら、別にアタシも手伝ってあげてもいいんだけど? バイト代はちゃんと払ってよねっ」
偉そうに言う割には、そわそわして手伝いたそうに見える。
新しい遊びを見つけた子供みたいだった。
僕は苦笑しつつ、魔法財布から金貨を1枚出した。
「じゃあ、お願いするよ。今日は力仕事と店番で金貨一枚。普段は掃除と店番をして二日で金貨一枚ね」
「この金貨1枚で1000カルスだっけ? ふふっ、気前いいじゃないっ」
イフリースは受け取った金貨を嬉しそうに両手で握り締めた。
それからリノの指揮のもと、僕とミーニャとイフリースの力添えで店の配置と飾り付けをした。
表と奥を仕切る垂れ幕は、色を塗った木の板に替えられた。
店の壁には高い値段の剣が掛けられた。
腰の高さの棚が壁際と店の中央に置かれて、そこそこの値段のアイテムが置かれていく。
カウンター代わりのガラスケースには、高額品の小物が置かれた。
リノが腰に手を当てつつ店を見渡して、ふんすっと笑顔で息を吐く。
「品ぞろえ豊富なお店になりましたっ!」
「うん、いい感じだね」
「ん。悪くない」
僕らは外へ出た。
店の入り口の上には『ラース良品店』の看板がかかっている。
見上げながら思わず感嘆の声が出る。
「……すごい。僕の店だ。僕のお城だ。信じられない」
ついこの間まで村で貧しい暮らしをしていたのに。
街で迷子になって路頭に迷いそうだったのに。
夢を見ているようだった。
すると隣にいるリノが金髪を跳ねさせて力強くうなずいた。
「はいっ。ラースさんのお城ですよっ! 立派な王様ですっ」
「……じゃあリノが僕のお姫様だね」
「はぅぅ……唐突に言われると恥ずかしいです……」
リノが頬を染めながら僕を見上げた。赤い唇をかむ仕草がいじらしい。
その顔を見ていたら、僕は間違いに気付いた。
「訂正するよ。僕の城じゃなくて、僕とリノの城だね」
「はいっ……嬉しいです、ラースさんっ」
リノが体を寄せてきた。柔らかい優しさが伝わる。
僕は薄い肩に手を回して抱き寄せると、寄り添いながら二人で店の看板を見上げた。
今この瞬間が、僕の人生の中で一番の思い出になるんだろうな、と秘かに思った。
――が。
少し離れた場所にいたイフリースが、うんざりした口調でミーニャに話しかける。
「まさか毎日あんなやり取りを見せつけられるの?」
「たぶん、そうなる」
「げー。バイト料に慰謝料上乗せでもしてもらわないと、やってらんないわよ」
吊り目がちの美しい顔を大げさにしかめて悪態をついていた。
でも僕とリノは二人だけの世界に入っていたので、まったく動じなかった。
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