第32話 囚われの姫の懐柔
深夜の地下室。
僕がイフリースに「どうしてこんなところにいたのか」と問いかけると、彼女は長い赤髪を無造作に手で掻き上げた。
「召喚師に一定時間働くだけの契約で召喚されたのに、石に閉じ込められて。ここで延々使役されたわ。――契約違反よっ!」
「そうだったんだ……なんだか、ごめんね」
「まあ、いいわよ。あんた、アタシとは直接関係ないんでしょ?」
「うん、この家、今日買ったばかりだからね」
僕が答えると、イフリースは赤い瞳に好奇心の光を宿して尋ねてきた。
「ねえ、あんた、名前は?」
「僕はラース。後ろにいる猫耳がミーニャで、金髪で世界一可愛い美少女がリノ」
「ふんっ……まあいいけど。――んで、アタシを治してどうする気なの?」
「えっ……そこまで考えてなかった。えっと、無理に召喚されて働かされたなら、戻る場所があるなら戻ってくれていいよ?」
イフリースが、ふっくらした赤い唇を舐める。妙な色気が発散された。
「それはちょっと、もったいないわねぇ? アタシをもっと使ってくれていいのよ? ここでも、ベッドの上でも――あんたなら、ヒール唱えつつアタシの身体を楽しめるんじゃないかしら?」
大きな腰を振りつつ、妖艶に近寄って来る。赤い瞳は女豹のような眼光を放っていた。
しかし、後ろからリノが金髪を乱して叫んだ。
「な、なにを言ってるんですかっ! ラースさんをベッドの上で相手するのは、あたし――はっ!」
言い終えたリノの顔がみるみる赤くなっていく。
イフリースは、すらりとした手をリノに向ける。凝縮された灼熱の炎が燃え上がった。
「あらそう? あなたが邪魔みたいね。――アタシのために消えてくれないかしら?」
だが僕は、彼女の伸ばした手を掴んだ。
燃える手を握り締めると、しゅうしゅうと焼ける音がした。
ヒールを唱えつつ、イフリースを睨む。
「ヒール……イフリース、一つだけ言っておく。僕が世界で一番大切だと思っているリノに手を上げたら、僕は君を絶対に許さない」
「おお、怖っ! ――冗談に決まってるじゃない」
イフリースは火を消して手を降ろした。
安全を確認した僕はうなずく。
「わかってくれたならいいよ。……そこで、提案なんだけど」
「なによ?」
「この地下室で地下水をあっためてお湯として使ってるんだ。報酬は払うから、その仕事続けてもらえないかな?」
イフリースは悪巧みするような笑みを浮かべた。
「くくくっ……じゃあ、毎日50回、今のヒールをアタシにしなさい。そうしたら――」
「うん、いいよ」
「え?」
「ヒールヒールヒール……」
全快してるように見えるけど、ヒールして欲しいそうなので僕は50回唱えた。
見た目はほとんど変わらなかったけど、髪や肌の色つやが良くなった気がした。
イフリースは口をポカーンと開けて、されるがままにヒールを受けていた。
終わってから、赤い唇を震わせる。
「い、いや……あんたなんでそんな簡単に、大量の魔力分け与えてるの!? 嬉しいけどっ、すっごく嬉しいけど! ――ばっかじゃないのっ!?」
「いや、ただのヒールだし。少しでも役に立てるなら、いくらでもしてあげるよ」
「……なんなの、この人」
イフリースは憑き物が落ちたかのように、肩を落として呆れていた。
後ろからボソッとミーニャが言う。
「たぶん、自分で何をやってるか、全然わかってない人」
「そうみたいね……いいわ。お湯沸かしだっけ? ヒールくれるなら毎日やってあげるわよ」
呆れたように赤い髪を手で梳きながらイフリースは言った。
「とても助かるよ、ありがとう」
僕が笑顔で言うと、イフリースは困ったように頬を染めて視線を逸らした。
その後、話し合ってイフリースは地下室で寝起きすることになった。
帰り際、一つ気になったことがあったので尋ねる。
「……出てきたのは、今回が初めて? それとも前に出たことない?」
「そうね。前にも一度、ちょっと力が溜まったから燃やしてやったわ。反動ですぐにまた眠りについちゃったけど」
「ああ……やっぱりそうなんだ」
ここの火事って、イフリースの仕業か。
――絶対に、他人には言えない。
黙っていようと思った。
イフリースと別れて、僕らは一階へと続く階段を上った。
僕の後ろにリノとミーニャが続く。
「まさか、炎の精霊を使ってお湯沸かししてたなんてね。びっくりしたよ」
「ラースさんが無事でよかったですっ――本当に、よかったですっ」
僕の腰に、リノが後ろから華奢な全身で抱き着いてくる。
少し涙声だった。心配してくれていたらしい。
――その気持ちが嬉しかった。
僕は照れつつ頬を掻く。
「うん……ヒールで何とかなる相手で良かったよ……ミーニャも大丈夫だった?」
「私は何ともない――けど、一つ言っていい?」
「なに?」
肩越しに振り返ると、ミーニャがジトっとした半目で見上げていた。
「ラースはすごい。でも、すごくダメ」
「えっ、なんで!?」
「私ならイフリースをソロで倒せた」
「ええっ!? 彼女、めっちゃ強かったよ!?」
ミーニャは着ている赤い衣装を引っ張った。紅の模様が美しい。
「確かに全快ならAランクレイド級、弱っててもBランクレイド級はあった……でも、この服たぶん、火の攻撃通らない」
「あっ! そうだった! 紅乙女戦装束は【火抵抗:100%】だった! 忘れてた!」
――って、そうか!
だから僕とリノが遅れて到着した時、ミーニャは平然と戦えていたんだ!
ミーニャが淡々とした声で言う。しかし尻尾は怒ったように、ぶわっと膨れていた。
「……パーティーメンバーの能力を覚えて戦いに生かすのは、パーティー戦闘の基本」
「ご、ごめんなさい」
僕がしおれていると、腰に抱き着いたリノが笑顔を弾けさせた。
「どんまいっ、ラースさん! ですっ! 地道に一歩一歩、知っていけばいいんですよっ。――それに倒したらお湯が使えなくなっちゃうところでしたっ。やっぱりラースさんはすごいですっ」
「そうだね。ありがとうリノ。やっぱり、リノは可愛いよ」
「ふぇぇ……」
リノは顔を真っ赤にして、しがみつく細腕に力を込めた。
僕は手を後ろに伸ばしてリノの金髪を撫でつつ、愛おしさを噛みしめる。
――絶対に、この小さな可愛いさを守り抜こうと思った。
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次話は明日更新
→第33話 僕の城




