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第31話 謎の爆発

 月明かりの夜。

 寝室でリノと想いの内を語り合っていた僕は、階下から聞こえた大きな物音に部屋を出た。


 ほぼ同時に、隣の部屋からミーニャが真剣な顔つきで廊下に飛び出してくる。

 すでに紅色の戦闘装束に身を包み、腰には剣を差していた。


 ――すごい。

 あの一瞬で、もう完全な戦闘態勢を整えてる。僕らは寝巻のままなのに。

 非常事態における素早い行動は見習わないといけないなと思った。


 するとミーニャが無表情のまま、ぐいっと拳を突き出してきた。

 よく見れば、人差し指と中指の間に親指を入れた握り拳だった。

 ――意味がわからないんですけど。


 なんとなくリノとのことを揶揄している気がした。

 馬鹿にしてはいないけど、きっと意味深なジェスチャーだろうなと僕は思った。



 そんなことより音が気になったので尋ねる。


「今の音はなにかわかる? ミーニャ」


 僕の腕にしがみついて寄り添うリノが言う。


「あたしは、厨房の方から聞こえたと思ったんですけど……火事? 泥棒?」


 ミーニャが頭の上の猫耳をピコっと立てつつ言う。


「ん。もっと下だと思う」


「下!?」


 僕らの驚きをよそに、ミーニャは颯爽と先陣を切った。

 飛ぶような駆け足で一階へと降りていく。


 僕とリノも急いで後に続いた。

 リノの着る軽い薄絹でできた寝巻の裾が花のように広がる。細い脚が暗闇に白く光っていた。



 降りてすぐは厨房とダイニング。

 周囲を見回すが、怪しい事象はない。


 垂れ幕の向こうにある店を覗いたリノが、小さな手足を振って小走りに戻ってきた。


「表に異常はなかったです」


「となると、やっぱり厨房……」


 僕らは手分けしてテーブルやいすの下、流し台の下を見て回る。



 ――と。

 まだ、ドォンッ! と音と振動が伝わった。


「これは地下から!?」


「なんだろ!?」


 リノが細い階段の下にある戸を開けて叫ぶ。


「ラースさんっ! ここに入り口があります! 地下への階段みたいです!」


「そんなところに!?」



 駆け寄って覗いた。

 確かに細い階段が地下へと続いている。

 明かりが乏しく、先は真っ暗で見えない。


 するとミーニャが尻尾を揺らして階段へ身を滑り込ませる。


「私が行く」


「待ってミーニャ! 明かりは!?」


「私は夜目が効く――猫だから」


「なるほどっ――じゃあ、気を付けて! 僕らも明かりを用意したらすぐに追うから!」


「ん。りょうかい」


 呟くように答えてミーニャの姿が消えた。

 赤い着物を揺らして、音もなく階段を下りていく。



 隣にいるリノが顎に手を当てて難しそうに顔をしかめる。


「でも、たいまつだと危ないかも……火事になりそうです」


「ガスが溜まってたら爆発もするし、危険だね」


「どうしたら……」


 その時、僕は鑑定作業を思い出した。


「そうだ! 確か大量に治した眼鏡やルーペの中に【暗視】の特殊効果がついた眼鏡があったはず!」


「ああ、そうでしたっ! さすがラースさん! ――探しましょう!」


 リノが店の方へ走って行った。


 僕は虫メガネをマジックバッグから取り出す。

 リノが木箱を抱えて持ってきた。眼鏡などが雑に詰められている。


「どうぞ! ラースさん!」


「はいよっと!」


 次々に見ていく。

 木箱はまだあったので、僕が虫眼鏡で見ている間にリノが何度も往復して持ってきた。



 そして。

夜目ナイトアイ】……装備すると暗闇で目が効くようになる。

暗視ダークヴィジョン】……装備すると暗闇で目が効くようになる。

 が付いた眼鏡を見つけた。


「……両方とも暗闇が見えるし、説明文も一緒なんだけど。どう違うんだろ?」


「調べるのは後にしましょう、ラースさん! お姉ちゃんが先に行ってますから!」


「わかった!」


 僕とリノは眼鏡を装備して、地下へと続く階段に入った。



 人一人がようやく通れるぐらいの狭い階段。

 段差がいくつか崩れている。


「足元気を付けて――あ、ちょっと待って、リノ」


「は、はいっ」


 僕は階段の途中でしゃがみ込んで手をついた。


「ヒール」


 一瞬にして、階段が治った。



 後ろにいるリノが可愛い驚きの声を上げる。


「さ、さすがです。ラースさんっ!」


「いやいや、むしろ地下があるとは思わなかったから、そこまでヒールできてなかったね、ごめん」


「ヒール一つで何でも治せるラースさんは本当にすごいですっ」

 

 リノが僕の背中に抱き着いてくる。服越しに伝わる柔らかな体温。


「あ、ありがと……」


 僕は歩きやすくなった階段を、リノに抱き着かれながら降りていった。



 しかし、長い階段を下りていくにつれて、じょじょに周囲が明るくなっていく。

 何度か階段を折り返すと、下に見える部屋に大きな光源が灯っていた。


 赤い火の塊を前に、黒髪のミーニャが双剣を構えて立ち尽くしている。

 火の塊が激しく爆ぜてミーニャを襲うが、彼女は涼しい顔をして剣を繰り出していた。

 肩で切り揃えた黒髪が、煌々と舞う。



 僕とリノがミーニャの後ろに立った。

 そこから光源を見ると、火の塊は人の形をしていた。


 口の辺りから怨念のこもった低い声を出す。


「許さない……絶対に、許さない……」


 僕は驚きながら尋ねた。


「お、お前は誰だ!?」


「アタシ……アタシの名はイフリース……万物の炎を司る精霊王イフリートの娘イフリース――ッ」

 

「イフリース!?」



 人の形をした炎が倍ぐらいに膨らむ。

 そして怒りをにじませた声を張り上げた。


「よくも……よくもアタシを閉じ込めて、こき使ってくれたわねっ! 家も街も、あんたも! ――すべて燃やし尽くしてあげるわっ! ――火炎嵐ファイアーストーム!」


 炎が肌を焼くほどの熱量を生む。


「や、やめろっ!」


 僕はとっさに突進した。


 ――家が、想いが、リノとの暮らしが!

 僕の今までの生活と、これからの未来が焼けてしまう!



 イフリースの放った炎の塊が僕を焼いた。

 火傷するどころか、指先から瞬時に黒焦げになっていく。


「ぐわぁぁぁ! ――ヒールッ!」


 一度唱えただけでは足りず、二度、三度とヒールを唱えた。



 イフリースが炎の輪郭を揺らしつつ、燃え盛る瞳で僕を睨む。


「ふぅん、耐えるんだ? 燃やしがいがありそうね! だったら、これを食らいなさい! ――紅蓮業火プロミネンス!!」


 彼女の指先から、紅色の灼熱が蛇のように伸びた。

 ――さっきより、やばい!


 とっさに叫びながら突進した。


「リノ、下がって! ――ミーニャ、リノをお願い!」


「ラースさぁぁんっ!」


「わかった」


 リノが飛び出そうとした。

 が、紅の衣装を揺らして近づいたミーニャが、リノを脇に抱え込んで下がった。



 その時には、もう。

 僕の目の前に真っ赤に燃えたぎる蛇が大口を開けて襲い掛かっていた。


 一瞬にして、体が炎に包み込まれる。


「ぐわぁぁぁ! ヒール――ヒールヒールッ!」


 一瞬にして意識が飛びそうになった。

 黒焦げどころか、瞬時に蒸発する熱量。

 僕は焼かれる痛み、息を吸うたびに胸が焼かれる痛みに苦しみながら、それでもヒールを唱える。


「ヒール、ヒールヒールッ!」


「な、なに……? なんなの……? まだ生きてるですって……? うそでしょ、アタシの奥義を……」


 イフリースの輪郭が驚きで揺らいだ。

 僕は全身から炎を噴き上げながらもニヤリと笑う。


 ――最強の炎みたいだけど、悪いね。

 僕が絶望の向こうに見た、死の光の痛みは! こんなもんじゃなかったっ!!


「ヒィィィィルッッッ――ッ!」


 気迫を込めた僕の呪文が地下室にこだました。



 そして、静寂が訪れた。

 イフリースは煌々と全身から炎を輝かせている。

 しかし、驚愕で炎の輪郭を大きく震わせていた。


「し、信じられない……アタシの炎を耐えきるなんて……あんた、やるわね」


「どーも。とても熱かったけどね」


「でも、それもいつまでもつか――うっ!」


 イフリースが前かがみになって体を抱えた。炎が広がって少し天井を焦がす。


「どうしたの、イフリース?」


「……くっ! 力を使いすぎたわ」


「弱ってたんだ?」



 すると、辺りに小さな火の粉をまき散らしながら彼女が叫んだ。


「当ったり前でしょ! アタシをこんなとこに閉じ込めて、さんざんこき使ったんだから!」


「ひょっとしてお湯の供給に……? ごめん、事情は何となくわかったよ。お詫びに――ヒール」


 僕は近づくと彼女の体に触って唱えた。

 手のひらが焼けたけど気にしない。さらにヒールを唱える。



 イフリースは瞬時に炎の人型から、人間の見た目に変化した。

 透き通るような白い肌に、腰まで届く長い赤髪。

 吊り目がちの二重の瞳は大きくて赤い。


 スタイルは理想的なほどに美しく、大きな胸と細い腰が魅力的だった。

 炎のように赤い布が、申し訳程度に局部を隠している。



 イフリースは赤い瞳を丸くして、すらりとした美しい両手をまじまじと眺める。


「うっそ……全快した!? ……いや、それ以上!?」


「精霊にもヒールが効いてよかったよ」


 僕は自分にヒールをかけつつ言った。



 イフリースは呆れたような目で僕を見た。


「いやいや、聞いたことないんだけど。たかがヒールでアタシを治すなんて――何か魔力を渡してるんでしょ?」


「ええ~? ただのヒールだと思うけど……あー、でも相手を回復させるってことは、回復用の魔力を渡してるのかな?」


「じゃないと魔力で体を構成してる精霊は治らないわよ」


「そっか、そうかも。でも治ってよかった……イフリースって、なんだかすごそうな精霊だよね? どうしてここに?」


 僕の問いかけに、イフリースは美しい顔を嫌そうにしかめた。


ブクマと★評価ありがとうございます!


次話は夜か夕方更新

→第32話 囚われの姫を懐柔

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作者の別作品もよろしく!
日間1位! 週間1位! 書籍化!
おっさん勇者の劣等生!~勇者をクビになったので自由に生きたらすべてが手に入った~最強だと再確認したから戻って来いと言われても、今さらもう遅い!
 結果を出してたのに評価されなくて追放されたおっさん勇者が、再評価されるお話です。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] 「最弱ヒールの最強賢者」はどうでしょう?
[気になる点]  フィグ・サインですね。  ブラジルで幸運を意味するハンドサインだとか。  エロイ意味は全くないそうです。  ・・・・ブラジルでは。
[一言] このパターンだとウンディーネもその辺に閉じ込められてたりしてw
2020/09/26 16:14 退会済み
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