表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/59

第28話 リノが尊い

 街の夜。

 天蓋付きのベッドを部屋に運び込んだ僕は、お風呂に入ることにした。


 脱衣所で服を脱いで、生まれたままの姿で浴室へと入る。

 お風呂の使い方はステラに教わっていた。

 ちなみにお湯は、地下水を温めてお風呂に使用している。


 僕は湯船に近寄ると、お風呂の壁にあるレバーをカチャカチャ操作した。


「ん? ……あれ? これでいいはずなんだけど……」

 

 なんだか引っかかっているような感じがして、最初は水しか出なかった。


「どこか壊れてるのかな……? ヒール」


 何度もヒールを唱えつつレバーをガチャガチャ繰り返していると、ようやくちゃんとお湯が出た。


 白い湯気が給湯口からほとばしる。

 すぐに湯船がいっぱいになった。



 体を洗った後、湯気の立つ湯船に入る。


「ああ~、いい湯だな~」


 ぱちゃぱちゃとお湯を手で回す。心地よさにずっと入っていたい気分になる。

 けれども、あとの二人も入りたいだろうと思って早めにお風呂を上がった。



 体を拭いて服を着た後、お風呂にリノを呼ぶ。

 隣に立つリノへ、壁のレバーを指さしながら言う。


「……このレバーをちょっと倒すと水が出るから。倒していくとぬるま湯からお湯になってくけど、倒しすぎるとかなり熱いお湯が出たから気を付けて」


「わかりましたっ」


 リノは大きな二重の瞳を聡明に光らせて、僕を見上げて頷く。

 ――方法は伝わったみたいで、安心した。


 まあ、大やけどしてもヒールで治せるけど。

 でもリノが痛い思いすると考えただけで、なぜか僕の心は締め付けられたように、ぎゅうっと苦しくなった。


       ◇  ◇  ◇


 夜。

 僕は部屋に戻ってソファーに座っていた。

 棚やテーブルなど、リノが揃えた家具が部屋に置かれていた。

 

 開いた窓からは夜風と共に、街の喧騒がかすかに聞こえてくる。


 

 しばらくして、部屋のドアが開いた。

 寝間着を着たリノが金髪をタオルで拭きながら入って来る。


「お帰り、リノ」


「ただいまです……ラースさん、いいお湯、ありがとうでした」


 お湯で洗ったためか、白い肌と金髪はますます輝くようにきらめいていた。


「リノの髪って、ほんと綺麗だね」


「えっ? ふぁい、ありがとうございます……」


 リノは頬を赤く染めつつ、髪を拭き続ける。


「お風呂はどうだった? ちゃんと入れた?」


「はいっ、ちょっと調整が難しかったんですけど、なんとかなりましたっ」


「それはよかった」


 ――ちゃんとお湯が出て火傷しないことだけが心配だった。



 僕はソファーに座っていたが、リノは髪を拭きつつベッドへ行った。

 そのまま彼女は恐る恐るベッドに入る。シーツを被りながら言う。


「えっと、ほんとに使っていいんでしょうか……」


「うん――ていうか、どんな感じ?」


 リノは頬を染めて、シーツで頬を半分隠して僕を見る。上目遣いの視線が可愛い。


「天蓋付きだなんて……お姫様になったみたいです……」


「うん。僕にとっては、リノはお姫様だから当然だし。――似合ってるよ」


「ふぇぇ……ありがとうごじゃいましゅ」


 リノが噛みながらお礼を言った。可愛い。



 僕はソファーへ寝転がる。


「じゃあ、明かりを消して寝よっか」


「え?」


「ん?」


「ラースさんも、ベッドで寝ないんですか?」


「いや、リノのベッドでしょ?」


「……ベッドで寝ないと体力回復しませんよ? ――それに、ラースさんのベッドでもあります……だから」


 リノの声が、哀切を伴って部屋に響いた。

 ――それって……。


「えっと、一緒に、寝てもいいの?」


「はいっ。ラースさんが傍にいてくれた方が嬉しいです」


「そっかぁ」



 そこまで言ってくれるので、僕は明かりを消すとベッドに移動した。

 窓から斜めに入る月明かりが、天蓋付きのベッドと横たわるリノを照らす。

 おぼろげな光を浴びて微笑むリノが、天使のように美しく輝く。


 僕は少し緊張しつつ、ベッドに入った。

 遠慮して端っこで背を向けて横になる。

 するとリノが後ろから不満そうに声をかけてきた。


「も~。だめですよ、ラースさんっ。そんな端っこじゃ、落っこちちゃいますし、ぐっすり眠れませんってば」

「わ、わかったよ」


 僕はごろっと寝返りを打った。

 すると目の前の至近距離に、金髪碧眼のリノの顔がきた。

 ドキドキしつつ青い瞳を見つめる。


「じゃ、じゃあ、よろしく……おやすみ」


「はいっ……おやすみなさいっ」



 彼女の存在を感じながら一つ寝床で横になる。すぐ隣から可愛い吐息が聞こえる。

 気になって眠れるわけがなかった。

 ――こっちの方がよっぽど、ぐっすり眠れないって!


 ただ、リノも起きてる様子。呼吸が浅く乱れている。


「ねぇ、リノ。起きてる?」


「ふぇっ!? は、はいっ、起きてます!」


「寝れないからお話しよっか」


「はいっ! 何でも聞いてくださいねっ」


 横を向くと、リノはたれ目がちの青い瞳に頬笑みを浮かべて僕を見てくる。

 ――抱き締めたいぐらいに可愛い。我慢するけど。



 でも、柔らかそうな金髪に、つい手が伸びてしまった。

 柔らかな手触りを感じつつ、僕は考える。


「う~ん、何を話そう……」


「なんでもいいですよ? ラースさんとお話しできるなら、それだけで嬉しいですっ」


「かっ、可愛い……」


「ええっ!?」


 リノが青い瞳を丸くしておどおどする。可愛さがさらに増した。

 理性を働かせて、僕は考える。


「というか、お互いのこと、あんまり知らないね」


「そ、そうですね……ラースさんは、村で暮らしてたそうですけど」


「僕は、こんな感じで育ったんだ……」



 そう前置きして僕は自分のことを語った。


 村での暮らし。

 魔物に襲われて死にかけたこと。

 僧侶のお姉さんのヒールで助かったこと。

 ヒールを練習したけど、ヒールしかできない役立たずで村のお荷物になってしまったこと。

 この街に居場所を求めてやってきたこと。

 生き抜くのが目標。


 そういったことを話すうちに、聞いていたリノがうるうると大きな瞳を潤ませた。


「ラースさん、すごいです」


「そんなことないよ。必死だっただけ……リノは?」


「あたしは……」


 リノは小さな体をさらに縮めつつ、ぽつぽつと過去を話した。


 捨て子だったこと。

 孤児院で育てられたが、生まれつき目が不自由で足も動かないとわかると、追い出されたこと。

 働けないので引き取り手がなかったこと。

 スラムのゴミ山で暮らすしかなかったこと。

 その日その日を生き抜くので精いっぱいだったこと。


 リノは、ぽつりぽつりと辛いはずの過去を淡々と話していく。



 逆に僕は感嘆していた。

 ――僕の人生以上にハードモードじゃないか。


「リノはすごいね。尊敬するよ」


「ふぇぇっ!? 全然すごくないです。ラースさんの方が百倍すごいですっ」


「ううん。生き抜いてきたことがすごい」


「ありがとうです。――でも、あたしたち、少し境遇が似てますね」


「そうだね。孤児だし。行くところも帰るところもないし」


「ありますよ?」


「えっ?」



 戸惑っていると、リノが動いて僕にくっついてきた。

 まるで心臓の音でも聞くかのように、僕の胸に柔らかな頬を当ててささやく。


「あたしの帰ってくる場所は、ここです。ここがあたしの居場所……ラースさんの腕の中です」


 その言葉に、僕は胸がどきっとした。

 一瞬、息を忘れてしまったほどに、リノの存在を大きく感じた。

 いや、違う。『大きい』ってのは不正確だ。


 ――『尊い』だ。


 今までで一番、リノを大切にしたいという想いが募った。



 一呼吸おいてから口を開く。

 リノに対する愛おしさが止まらず、自然と彼女の金髪を撫でていた。


「うん。そうだね。そうかぁ、僕にはもう帰る場所ができたんだ……リノと暮らす家、リノの傍が――ありがとう、リノ」


「はいっ、ラースさんっ」


 寄り添うリノが笑顔をはじけさせて頷いた。花のような香りと、触れ合う体温がどこまでも柔らかい。

 金髪を撫でているせいか、ぴったりと抱き合う形になっていた。


 僕の腕の中で撫でられるままに胸に顔を付けているリノが、ますます可愛く思えてくる。

 なんでだろうと考えたら、僕にすべての身をゆだねてくれているからだと気付いて、その可愛さに胸が高鳴った。


 ――が、このドキドキを聞かれてたらどうしようと、ふと恥ずかしくなったので僕は話を逸らした。

ブクマと★評価での応援、ありがとうございます!

ブクマ8000、評価ポイント3万になりました!

しかも日間3位、週間ジャンル別で2位! 皆さんのおかげです!


面白いと思われた方は、ぜひ下にある【★★★★★】評価&ブックマークで応援をしていただけると励みになります。


次話は昼更新

→第29話 リノの夢

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者の別作品もよろしく!
日間1位! 週間1位! 書籍化!
おっさん勇者の劣等生!~勇者をクビになったので自由に生きたらすべてが手に入った~最強だと再確認したから戻って来いと言われても、今さらもう遅い!
 結果を出してたのに評価されなくて追放されたおっさん勇者が、再評価されるお話です。

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 何でこの話に感想が無いの!?!? 尊いです(‐人‐)ナムナム
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ