第28話 リノが尊い
街の夜。
天蓋付きのベッドを部屋に運び込んだ僕は、お風呂に入ることにした。
脱衣所で服を脱いで、生まれたままの姿で浴室へと入る。
お風呂の使い方はステラに教わっていた。
ちなみにお湯は、地下水を温めてお風呂に使用している。
僕は湯船に近寄ると、お風呂の壁にあるレバーをカチャカチャ操作した。
「ん? ……あれ? これでいいはずなんだけど……」
なんだか引っかかっているような感じがして、最初は水しか出なかった。
「どこか壊れてるのかな……? ヒール」
何度もヒールを唱えつつレバーをガチャガチャ繰り返していると、ようやくちゃんとお湯が出た。
白い湯気が給湯口からほとばしる。
すぐに湯船がいっぱいになった。
体を洗った後、湯気の立つ湯船に入る。
「ああ~、いい湯だな~」
ぱちゃぱちゃとお湯を手で回す。心地よさにずっと入っていたい気分になる。
けれども、あとの二人も入りたいだろうと思って早めにお風呂を上がった。
体を拭いて服を着た後、お風呂にリノを呼ぶ。
隣に立つリノへ、壁のレバーを指さしながら言う。
「……このレバーをちょっと倒すと水が出るから。倒していくとぬるま湯からお湯になってくけど、倒しすぎるとかなり熱いお湯が出たから気を付けて」
「わかりましたっ」
リノは大きな二重の瞳を聡明に光らせて、僕を見上げて頷く。
――方法は伝わったみたいで、安心した。
まあ、大やけどしてもヒールで治せるけど。
でもリノが痛い思いすると考えただけで、なぜか僕の心は締め付けられたように、ぎゅうっと苦しくなった。
◇ ◇ ◇
夜。
僕は部屋に戻ってソファーに座っていた。
棚やテーブルなど、リノが揃えた家具が部屋に置かれていた。
開いた窓からは夜風と共に、街の喧騒がかすかに聞こえてくる。
しばらくして、部屋のドアが開いた。
寝間着を着たリノが金髪をタオルで拭きながら入って来る。
「お帰り、リノ」
「ただいまです……ラースさん、いいお湯、ありがとうでした」
お湯で洗ったためか、白い肌と金髪はますます輝くようにきらめいていた。
「リノの髪って、ほんと綺麗だね」
「えっ? ふぁい、ありがとうございます……」
リノは頬を赤く染めつつ、髪を拭き続ける。
「お風呂はどうだった? ちゃんと入れた?」
「はいっ、ちょっと調整が難しかったんですけど、なんとかなりましたっ」
「それはよかった」
――ちゃんとお湯が出て火傷しないことだけが心配だった。
僕はソファーに座っていたが、リノは髪を拭きつつベッドへ行った。
そのまま彼女は恐る恐るベッドに入る。シーツを被りながら言う。
「えっと、ほんとに使っていいんでしょうか……」
「うん――ていうか、どんな感じ?」
リノは頬を染めて、シーツで頬を半分隠して僕を見る。上目遣いの視線が可愛い。
「天蓋付きだなんて……お姫様になったみたいです……」
「うん。僕にとっては、リノはお姫様だから当然だし。――似合ってるよ」
「ふぇぇ……ありがとうごじゃいましゅ」
リノが噛みながらお礼を言った。可愛い。
僕はソファーへ寝転がる。
「じゃあ、明かりを消して寝よっか」
「え?」
「ん?」
「ラースさんも、ベッドで寝ないんですか?」
「いや、リノのベッドでしょ?」
「……ベッドで寝ないと体力回復しませんよ? ――それに、ラースさんのベッドでもあります……だから」
リノの声が、哀切を伴って部屋に響いた。
――それって……。
「えっと、一緒に、寝てもいいの?」
「はいっ。ラースさんが傍にいてくれた方が嬉しいです」
「そっかぁ」
そこまで言ってくれるので、僕は明かりを消すとベッドに移動した。
窓から斜めに入る月明かりが、天蓋付きのベッドと横たわるリノを照らす。
おぼろげな光を浴びて微笑むリノが、天使のように美しく輝く。
僕は少し緊張しつつ、ベッドに入った。
遠慮して端っこで背を向けて横になる。
するとリノが後ろから不満そうに声をかけてきた。
「も~。だめですよ、ラースさんっ。そんな端っこじゃ、落っこちちゃいますし、ぐっすり眠れませんってば」
「わ、わかったよ」
僕はごろっと寝返りを打った。
すると目の前の至近距離に、金髪碧眼のリノの顔がきた。
ドキドキしつつ青い瞳を見つめる。
「じゃ、じゃあ、よろしく……おやすみ」
「はいっ……おやすみなさいっ」
彼女の存在を感じながら一つ寝床で横になる。すぐ隣から可愛い吐息が聞こえる。
気になって眠れるわけがなかった。
――こっちの方がよっぽど、ぐっすり眠れないって!
ただ、リノも起きてる様子。呼吸が浅く乱れている。
「ねぇ、リノ。起きてる?」
「ふぇっ!? は、はいっ、起きてます!」
「寝れないからお話しよっか」
「はいっ! 何でも聞いてくださいねっ」
横を向くと、リノはたれ目がちの青い瞳に頬笑みを浮かべて僕を見てくる。
――抱き締めたいぐらいに可愛い。我慢するけど。
でも、柔らかそうな金髪に、つい手が伸びてしまった。
柔らかな手触りを感じつつ、僕は考える。
「う~ん、何を話そう……」
「なんでもいいですよ? ラースさんとお話しできるなら、それだけで嬉しいですっ」
「かっ、可愛い……」
「ええっ!?」
リノが青い瞳を丸くしておどおどする。可愛さがさらに増した。
理性を働かせて、僕は考える。
「というか、お互いのこと、あんまり知らないね」
「そ、そうですね……ラースさんは、村で暮らしてたそうですけど」
「僕は、こんな感じで育ったんだ……」
そう前置きして僕は自分のことを語った。
村での暮らし。
魔物に襲われて死にかけたこと。
僧侶のお姉さんのヒールで助かったこと。
ヒールを練習したけど、ヒールしかできない役立たずで村のお荷物になってしまったこと。
この街に居場所を求めてやってきたこと。
生き抜くのが目標。
そういったことを話すうちに、聞いていたリノがうるうると大きな瞳を潤ませた。
「ラースさん、すごいです」
「そんなことないよ。必死だっただけ……リノは?」
「あたしは……」
リノは小さな体をさらに縮めつつ、ぽつぽつと過去を話した。
捨て子だったこと。
孤児院で育てられたが、生まれつき目が不自由で足も動かないとわかると、追い出されたこと。
働けないので引き取り手がなかったこと。
スラムのゴミ山で暮らすしかなかったこと。
その日その日を生き抜くので精いっぱいだったこと。
リノは、ぽつりぽつりと辛いはずの過去を淡々と話していく。
逆に僕は感嘆していた。
――僕の人生以上にハードモードじゃないか。
「リノはすごいね。尊敬するよ」
「ふぇぇっ!? 全然すごくないです。ラースさんの方が百倍すごいですっ」
「ううん。生き抜いてきたことがすごい」
「ありがとうです。――でも、あたしたち、少し境遇が似てますね」
「そうだね。孤児だし。行くところも帰るところもないし」
「ありますよ?」
「えっ?」
戸惑っていると、リノが動いて僕にくっついてきた。
まるで心臓の音でも聞くかのように、僕の胸に柔らかな頬を当ててささやく。
「あたしの帰ってくる場所は、ここです。ここがあたしの居場所……ラースさんの腕の中です」
その言葉に、僕は胸がどきっとした。
一瞬、息を忘れてしまったほどに、リノの存在を大きく感じた。
いや、違う。『大きい』ってのは不正確だ。
――『尊い』だ。
今までで一番、リノを大切にしたいという想いが募った。
一呼吸おいてから口を開く。
リノに対する愛おしさが止まらず、自然と彼女の金髪を撫でていた。
「うん。そうだね。そうかぁ、僕にはもう帰る場所ができたんだ……リノと暮らす家、リノの傍が――ありがとう、リノ」
「はいっ、ラースさんっ」
寄り添うリノが笑顔をはじけさせて頷いた。花のような香りと、触れ合う体温がどこまでも柔らかい。
金髪を撫でているせいか、ぴったりと抱き合う形になっていた。
僕の腕の中で撫でられるままに胸に顔を付けているリノが、ますます可愛く思えてくる。
なんでだろうと考えたら、僕にすべての身をゆだねてくれているからだと気付いて、その可愛さに胸が高鳴った。
――が、このドキドキを聞かれてたらどうしようと、ふと恥ずかしくなったので僕は話を逸らした。
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