第25話 ダンジョン崩壊
本日2話目。
太陽が真上に輝く昼。
僕らは街の外にある丘のダンジョンへ来た。
入り口には入るかどうか悩む冒険者たちと、大声で注意を喚起する衛兵がいた。
ダンジョンの中へ入って一階の洞窟を歩く。
地面には周りから崩れたらしい石や岩がごろごろしていた。
僕は死の気配を感じて、前を行くミーニャに話しかける。
「大丈夫かな? ミーニャ」
ミーニャは猫耳をピンっと立てて耳を澄ませた。
「ん……まだ、大丈夫そう」
「そっか。戻れなくなったら怖いから、早めに行って戻ろうよ」
「りょうかい」
僕らは小走りに地下へと降りて行った。
途中の魔物は出会ってなかったかの如く、ミーニャが瞬殺していく。
そして地下八階。
僕は初めて来る、200部屋ある階層。
巨大なオークを倒したミーニャが言う。
「全部回るのは無理そう」
「わかった。回れるだけ回って、ゴミを拾おう」
「りょうかい」
倒した魔物から魔核を取ったり、ゴミを拾ったりしている間も、キシキシと不気味な音をダンジョンが立てていた。
――そして。
部屋を50ほど回った時だった。
突然、ゴゴゴゴゴッと不気味な地響きが鳴り渡った。
猫耳をピコンッと立てたミーニャが張り詰めた声を出す。
「崩れる――逃げる」
「ううん……ここまでかぁ。もう少し今の状況――いろんなものが叩き売りされる現状で儲けたかったけど、仕方ないね」
「ん? ラース?」
ミーニャが首を傾げた。肩で切りそろえた黒髪が揺れる。
僕は床に手を当てて叫んだ。
「ヒーーールッ!」
手のひらが光って、次にダンジョン全体が光った。
ゴゴゴゴゴ――ッと不気味な音は続いていたが、その質が変わった。
崩れた壁が元に戻り、砕けた床がきれいになっていく。
しばらくして、ダンジョンに響き渡っていた音が止んだ。
ミーニャが大きな黒目を見開いて僕を見ている。
「ラース……やっぱり、ありえない。すごすぎ」
「そうかな? ――でも、僕なんかのヒールで治せてよかったよ。ダンジョンがなくなったらみんな困るもんね。少しは役に立てたかな?」
ステラや武器屋の親父が喜んでくれたらいいなと、素直に思った。
ミーニャはますます、じとーっとした目で見てくる。
「自己評価低すぎ」
「えっ、ただのヒールだよ?」
「もう……」
いきなりミーニャが僕の傍へ寄ると、なぜか頬にキスをして離れた。
手で頬を抑えつつ戸惑うしかない。柔らかな余韻が残る。
「えっ、えっ? ――なんで?」
「みんなのお礼」
「そ、そうなんだ……よくわからないけど、ありがと」
その後も僕とミーニャはダンジョンを探索して、魔物を倒してゴミを拾った。
そしていい時間になったので帰った。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時の丘。
ダンジョンの外に出ると、大騒ぎになっていた。
「急に修復された!」「いったいどういうことだ!?」「まさか、新たなダンジョンマスターが生まれたのか!?」
みんなは憶測を飛びかわしあっていた。
僕は言わない方がいいと言われたのでそのまま通り過ぎる。
すると衛兵に声をかけられた。
「おい、あんた。中で何かなかったか?」
「いや、別に。なにもなかったですよ」
「そ、そうかい。……何かわかったら知らせてくれ」
衛兵は困り顔で番に戻った。
入り口ですら、この騒ぎだった。
街に戻ったら、もっとすごいことになっていた。
大通りを行き交う人や店の人たちが大声で叫びあっている。
「ダンジョンが直ったらしいぞ!」「ああ、大損したぁ……」「嘘でしょ!? もう店、畳んじまったよ!」「買い占めてよかったっ!」
悲鳴や嘆き、悲喜交々(ひきこもごも)な声がこだましていた。
僕は得をした方だったので、意気揚々と歩いた。
◇ ◇ ◇
裏通りに入って路地を歩く。
ステラの宿屋にやってきた。
カウンターにいるステラに話しかける。
「こんばんは。書類を受け取りに来ました」
「はいな、用意できてるよ。税と手数料で7万9000カルスもらおうかい……てかさぁ、ラース。聞いたかい?」
僕はお金を出しながら聞き返す。
「何をです?」
「ダンジョンの崩壊が止まったんだってよ。なんでも新品同様に治っちまったらしい」
「それは、よかったですね」
僕は当り障りなく答えたが、ステラはカウンターに身を乗り出して詰め寄ってきた。
「で。役場の人から、報告があったんだけど。……あの家、すっかり治ったらしいね?」
「えっ、いや、それは……」
「まさか、ダンジョンもラースくんが?」
「えっと、たいしたことはないんですけど――いてっ!」
横を見ると、ミーニャがすました顔で僕のお尻に手を伸ばしていた。
彼女につねられて、思わず叫んでしまった。
――どうやら言うなということらしい。
ステラがいぶかしそうに眉をひそめる。
「どうしたんだい?」
僕は笑ってごまかした。
「いえ、なんでもないです。ダンジョンは知りません。治って良かったですね」
「そう。そうかい。まあ、そういうことにしておくよ――誰が治したか知らないが、すごい人もいるもんだねぇ」
ステラは天井を見上げつつ、呆れながらも褒めていた。
その後、家の給水及び給湯設備の使い方を聞いた。
それから書類一式を受け取って、マジックバッグに収めた。
――これで、あの家は正式に僕のものだ。
ヒールしかできない僕が、こんなにもとんとん拍子で新しい生活を手に入れられるなんて。
きっと、リノと出会えたおかげなんだろうなぁ。
そう思うと、彼女の笑顔が急に見たくなって、僕は急いで家へと帰った。
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次話は明日更新
→第26話 リノの機転