第23話 新しい店名、新しい世界
本日3話目。
ヒールで治した新居を見て歩く。
二階の東の部屋を出て、西隣にある部屋へ向かった。
予想した通り、同じ二部屋続きの間取りだった。
三階四階へ上がる階段はなかった。
上階には外の階段から上がるようだった。
僕は少し考えてから言う。
「一人一部屋にするなら、誰かが三階になるけど」
「それは危険。守りにくい」
「だよね。じゃあ、僕が一部屋、リノとミーニャで一部屋でいいかな」
男子と女子で分けたほうが問題ないだろうと思った。
リノが金髪を元気よく揺らしてうなずく。
「それなら今まで通りですし、一緒に住めますっ」
ところがミーニャが首を振る。黒髪がさらっと鳴った。
「それも危険」
「えっ、どうして!?」
「ん。護衛対象はまとまってる方が守りやすい。私とリノが同じ部屋だと、リノを守りながらラースを助けに向かうから遅れる。私だけ助けに行ったら、リノが遅れる。リノが人質に取られたら、厄介」
「なるほど……ミーニャ一人なら異常に素早く動けるもんね。――えっ、じゃあ……?」
僕は思わずリノを見た。
すでにリノは顔を真っ赤にして、動悸を抑えるようにささやかな胸に手を当てていた。
大きな青い瞳、長い睫毛を震わせて僕を見てくる。
「ラースさん……あたしと一緒で、いいですか……?」
「う、うん。嫌じゃなければ、お願い」
「はいっ、喜んでっ」
リノは花が開くように笑ったものの、泣きそうなほどに青い瞳が潤んでいた。
僕も顔が熱くなる。きっと赤くなってる。
話を変えるように明るく言った。
「じゃあ、あとは三階四階屋上を確認して、仕事に向かおう」
「はいっ、ラースさん!」「ん」
その後、宣言通り二人を連れて三階と四階を見た。
外の階段を登って上まで行く。
三階は二部屋続きの部屋が三部屋。
四階は、柱の並ぶ大きい一部屋で、中に屋上に続く階段があった。
屋上へは中と外どちらからでも出られた。
僕は広い部屋を歩きつつ首をかしげる。
「なんだか、変わった家だね。四階が大広間なんて」
「……ここは、屋上の物資保管庫かもしれません」
リノが床に落ちていた金属片を拾いつつ言う。
細い指先には、溶けた鉄が摘ままれていた。
「んん? あ、これは弓矢の矢じりか」
「そうみたいです」
床をよく見ると、ところどころキラキラしていた。
――火事で焼けた武器や防具かもしれない。
あとでヒールして治そうと思った。
「じゃあ、四階は僕らは使用できないっぽいね。――屋上はどうだろう?」
「行ってみましょう」
階段を登って屋上に出た。
午前中の暖かな日差しが降る。
北側にある街壁より高く、街の外が見渡せた。
街の周囲は野原と丘。それに大きな畑がいくつもあった。
街の東側には大きな川が青く光っている。
遠くには青空を背景に、高い山並みが屏風のように連なっていた。
心地よい風が吹いて、リノの金髪をなびかせていく。
「景色、いいですね……世界ってこんなにも広かったんですねぇ」
「リノにも珍しい? あ、前は見えなかったか」
「はい。それに地べたばかり見て暮らしていましたから。高いところから見る生活が送れるなんて……ラースさん、ありがとうございます」
「ううん。こちらこそ。リノのために頑張るから」
「わたしもですっ――お店頑張りますっ! あっ、お店の名前は何になるんですか?」
一番肝心なことを聞かれて、僕は焦った。
「うっ……決めてなかった。ラースの店、とか?」
「普通過ぎませんか? ラース武器店とか」
「それだと防具や雑貨まで扱ってると思われないんじゃない?」
リノは、顎に指を当てて考え込む。
「むむっ、なるほど……じゃあ、ラース良品店、とか。効果付きの良品ばかりですし」
「いいね、それ! ラース良品店か……うん、いいと思う。さすがリノだね」
僕が褒めると、リノは白い歯を光らせて満面の笑みになった。
「えへへ……ありがとうございます。――さっそく、看板をお願いしてこなくちゃっ!」
「ついでに品物を並べる棚やガラスケースもお願いしていいかな?」
「はいっ」
「お金は足りる?」
「んん~、念のため5万ほど追加でもらえたら……」
「りょうかい――はい、これ」
僕は大金貨2枚と金貨10枚渡した。
リノが小さな手で受け取って、ショルダーバッグの中にしまう。
「ありがとうございます、素敵なお店にしてみせますねっ。――あっ、そろそろ店も開く頃ですし、内装の発注と中古品店巡りに行ってきます!」
「うん、お願いね」
「はいっ、任せてくださいっ」
リノは信頼しきった笑みを浮かべると、階段を降りていった。
屋上の端から見下ろすと、すでに姿は見えなかった。
「え?」
目を凝らすと、フードを頭からすっぽりと被ったリノが、細い手足を動かして路地を元気よく歩いていた。
でも目を離すと、とたんに姿を見失う。
「なんだか、リノの存在が希薄……大丈夫かな?」
すると横に来たミーニャがボソッという。
「あのフード。【半透明】の効果がついてる」
「そうなの? 見えなくなる?」
「気配が消えて、姿が見えにくくなる。大きな行動をとるまで、モンスターにすら感知されない」
「そうだったんだ! ――よかった。リノが無事に過ごせそうでなによりだよ」
可愛いリノを一人で歩き回らせるのは少し心配だった。
――何かあったらと思うと、気が気じゃない。でも一日中ずっと一緒にいるわけにはいかない。
それが、僕の拾ってきたゴミでリノが守られていただなんて、嬉しい誤算だった。
微笑みつつ胸をなでおろしていると、ミーニャが言った。
「ラースはリノが嫌い?」
「へっ!? なんで! 好きだよっ、大好きだ!」
「そう――なかなか交尾しないから、嫌いなのかと思った」
「ち、ちがっ! そういうのは、だって。リノの気持ちもあるから……段階を踏んで、もっと仲良くなったら」
「充分仲いいと思う。家を見る二人、新婚の夫婦だった」
「し、新婚……っ。まだ早いって、そういうのは!」
僕は手を振って必至で否定した。顔が熱い。
「……人間は面倒」
呆れたようにつぶやくと、ミーニャは長い尻尾をピーンと立てつつ、しなやかな足取りで階段へ向かった。
「あ、待ってよ」
僕は彼女を追いかけて一緒に階段を下りる。
そして街へと戻っていった。
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