第22話 新居探検
本日2話目。
日の高くなってきた午前中。
僕らは街の西のはずれにある、購入した店舗兼住居に入った。
敷地は縦長の長方形に近いワンフロア。
一階は食堂だったので、テーブル席が15卓ほど置かれていた。
店の奥には厨房があった。天井は高めで広々としている。何本かの柱が天井を支えていた。
リノが細い足で、どんどんと床を強く踏みつつ壁や天井を見渡した。
「しっかり復元されてますね……ん~、お店をするなら柱を基準に真ん中で仕切って手前を商店に、奥側は倉庫兼キッチンにしたらどうですか?」
「それがいいね。最初はまだワンフロア全部に並べられるほど品物はないだろうし」
「しかしそうなると、前の住人はどこで住んでたのかな……通いですか?」
「二階じゃないのかな? そこ、厨房の端にわかりにくいけど細い階段があるよ」
僕が奥の壁際を指さすと、リノが金髪をなびかせて駆け寄った。
急角度で上を見上げる。白く細い喉が目立った。
「うわっ、ほんとですね。すごく急な階段です。煙突っぽい」
「これ、火が出たら一気に燃えたのもわかる気がする……」
僕も近づいて彼女の後ろから二階を見た。
リノが振り返って見上げてくる。青い瞳が真剣だった。
「火の扱いには気を付けましょうね。あたしたちの家ですから」
「うん、そうだね。せっかくリノと一緒に暮らせる家だもの。大切に使おう」
なぜか僕の言葉に頬を赤らめるリノ。健気に金髪を揺らして頷く。
「は、はいっ」
「じゃあ二階も見てみよう」
「あ、じゃ先に登りますっ」
リノが階段を細い脚で駆け上がった。
僕は後から続いたけれど、急角度なために前を行くリノのほっそりした太ももと、可愛い下着が見えた。
ハンカチのように小さくて白い布だった。
目を逸らして下を見ながら階段を登る。
「リノ……ごめん」
「ふぇ? なんですか――? あっ」
二階に上がったリノが振り返ると、スカートを抑えて顔を真っ赤にした。
僕も二階に上がって慌てて弁解する。
「ごめん。見るつもりじゃなくて……」
「……べ、別に、ラースさんが見たいなら、いつでも……」
「えっ? そんな趣味はないよっ。そんなひどいことはしないし、したくない」
「ふぇぇ……ラースさん、なんであたしなんかを、こんなに大切にしてくれるんですかぁ」
リノが僕の胸に顔をこすりつけるように寄り添ってくる。花のような香りが可愛い。
僕は柔らかな金髪をポンポンと撫でつつ微笑む。
「言ったじゃないか。ずっと一緒にいようって。僕にはリノが必要なんだ」
一時の気の迷いで、リノの信頼を失うわけにはいかなかった。
過ごす時間が増えるほどに、リノが大切に思えていく。
リノは青い目の端に少し涙を浮かべて笑った。
「ふわぁぁ……はいっ、あたしもですっ」
「じゃあ、住居確認の続きをしよう」
「はいっ」
僕らは歩き出す。
なぜか寄り添って自然と手を繋いでいた。
二階の廊下。天井は高い。
階段横に一部屋あって、建物南側には二部屋あった。
まずは階段横にある部屋に入る。
中は中途半端な広さの部屋だった。奥と横に扉がある。
リノが首をかしげる。
「なんでしょう、この部屋?」
「もっと見てみよう」
扉を開けて確認すると洗面所とお風呂だった。
リノがうなずく。
「ああ、じゃあ手前の部屋は更衣室だったんですね」
「お風呂があるんだ、珍しいね。それとも街なら普通なのかな?」
「庶民でも、お風呂のある生活をしている人は結構いますね。――でもお風呂かぁ……これは嬉しいです」
「よかったね。川で水浴びして済ませるってリノには大変だったはずだし」
リノが洗い場と浴槽を交互に眺める。
「でも、お湯はどうするんでしょう? あの細い階段を桶を担いで上がるのは大変そうです」
「ああ、そうだね。何か方法があるんじゃないかな。これかな?」
浴槽上の壁にあるレバーを指さした。また浴槽内には手のひらぐらいの穴がある。
リノが眉を寄せて可愛い声で唸る。
「むむっ。それっぽいですね、わからないですけど」
「操作方法は後でステラさんに聞いてみよう」
「はいっ、そうですね」
風呂を出て南側の部屋の扉を開けて調べた。
入ってすぐは窓のない部屋。その奥に扉がある。
奥の扉を開けると同じ広さの部屋。ただし南に面した窓があった。
二部屋続きの部屋らしい。
「これ、隣の部屋も同じ間取りかな?」
「たぶんそうですね」
窓に近寄ると、南には裏路地の街並み、西側には少し離れた錬兵場が見下ろせた。
「街の外れにあるからか、割と静かだね」
「昼間は錬兵場の訓練の声がありますけど、夜は静かに過ごせそうですね」
リノがつないだ手にギュッと力を込めてくる。
僕は彼女の頭に頭を寄せた。
それだけで互いの体温が伝わるかのようだった。
リノは少し鼻にかかった甘える声でささやく。
「ラースさん……。ここ数日で、あたしの生活が激変しました」
「僕もだよ。リノと知り合えてよかった」
「あたしがラースさんの隣にいられるなんて、信じられないです……」
「僕も。リノが隣にいることが何よりも嬉しいよ」
「あたしも……嬉しいです」
リノが顔を上げた。青い瞳が夢見るように潤んでいる。
部屋の窓際で僕らは見つめ合う。
窓から入る陽光を受けて、彼女のなだらかな白い頬と豊かな金髪が輝いていた。
「リノ……」
「ラースさん……」
リノが顔を上げて目を閉じる。長い睫毛が震えている。
僕は彼女の華奢な肩を抱き寄せて、顔を近づけた。
ふいに部屋の入口から声がした。
「交尾の匂いを感じる」
「ちょっと、また!」
「お姉ちゃんっ!」
僕らは慌てて手を離すと振り返った。
――ほんとに心臓に悪いぐらい焦る。
ミーニャが尻尾を揺らしつつ淡々と言う。
「発情の続きはベッドを買ってからにしたほうがいい。床での交尾はなにかと大変」
「しらないよ、そんなことっ!」
僕は勢いよく言い返した。
けれど、ミーニャはひょうひょうとした態度で、黒くて長い尻尾をしなやかに揺らすだけだった。まったく気にしていないようだ。
リノは恥ずかしいのか怒ったのか、あるいは両方か。
顔を真っ赤にして、どすどすと大股で歩き出した。
「隣の部屋も確認しますっ!」
「あ、うん。そうだね」
僕はリノを追いかけて部屋を出た。
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次話は夕方か夜更新。
→第23話 新しい店名、新しい世界