第21話 お買い得物件探し
ステラに連れてこられたのは、街の西のはずれにある建物だった。
建物の隣は騎士団詰め所の敷地で、広い錬兵場と接していた。
北側は高い街壁になっている。
――が。
今まで見てきた中で、一番おかしかった。
建物は石造りの四階建てだったが、灰色の壁に黒い色がついていた。
黒色は一階の店舗から放射状に延びて、窓は全部燃え落ちていた。
僕らはいぶかしげな眼をして建物を見上げる。
「ステラさん。これ、火事ですよね?」
「そうさ。だいぶ前から買い手がつかないところでね。今度のダンジョン騒ぎで捨て値になってるよ」
「安そう。いくらです?」
「9800カルス、だったかな」
「やすっ! もう家の値段じゃないですね」
「でも高いんだよ」
「えっ? ――ああ、修繕費がかかりそうですね」
僕は納得して頷いた。
するとリノが青い瞳を細めて、睨むように建物を見上げた。
「でも、これ。二階や三階の床や天井が焼け落ちてますね……修繕どころか、一度撤去して建て直ししないと使用できないのでは?」
「当然そうなるさ。でもそこが問題なんだ」
「どうしてです?」
「ここは街壁の傍だろう? 街の条例で建てる建物の規格が決まってるんだよ」
「え、まさか」
「そうさ。堅牢な石造りで四階建て。屋上は胸壁を作って、非常時には外側から誰でも上れるようにしておくってね。戦争や魔物の群れ対策さ」
「自由に建てられないんですかぁ……しかも、その規格だと建築費がかなりかかりそうですね」
「かかるよ。撤去で50万カルス、建て直しで最低300万カルスはかかるだろうね。特注の硬い石が高いから、下手したら400万超える可能性もあるよ。――ああ、石の使い回しは無理だからね。焼けてもろくなってるから全部買い直しだよ。あと地味に税金関係を7万ほど滞納してる。だから買い手がつかなかったのさ」
ミーニャが、ずいっとステラに詰め寄る。
「それで、火事の原因は? 放火? 失火?」
「失火だよ。元は食堂と弁当屋をやってたんだが、厨房から火が出てね。あっという間さ」
「失火……それなら、いい」
興味を失ったようで、猫耳をピッピッと動かして錬兵場を眺めた。
――原因を聞いたのは、放火だとまた放火される危険性があるからだろう。
すると今度はリノが形の良い眉をひそめた。
「こんなところで食堂ですか?」
ステラが建物隣にある騎士団詰め所の敷地を指さした。胸の高さぐらいの柵越しに広い錬兵場と接している。
「騎士団の連中と、錬兵場を間借りしてる冒険者ギルドの訓練所を相手にしてたのさ」
「なるほど……たくさんの騎士と冒険者が近くに……商売の立地としては悪くないですね」
ふむ、とリノは顎に手を当てて考え込む。金髪が頬に被さった。
まんざらでもない様子。
それを見ながら思った。
リノとミーニャがいてくれてよかった。
二人のおかげでメリットとデメリットが的確に出揃った。
僕の心はもう決まった。
「じゃあ、ステラさん。ここ買います」
僕の言葉にリノが悲鳴に近い声を上げた。
「ええ! ラースさん、もう決めちゃうんですかっ!? 建て直しの期間を考えたら割高になりますよ! 商売できないし、別の場所に住まなくちゃいけないですしっ」
ステラも腰に手を当てて呆れた息を吐く。
「リノの言う通りだよ。石の手配からやらなきゃいけないから、半年はかかるよ。その期間が余計な出費になっちまう。よく考えたらどうだい?」
「いえ、それでもピーンときました。ここに決めます。――ミーニャ、防衛はしやすい?」
「問題ない。むしろ守りやすい」
ミーニャが尻尾を揺らして抑揚のない声で言い切った。
僕は力強く頷く。
「そっか、ミーニャが言うなら大丈夫だね。――じゃあ、ステラさん、名義の変更や書類の記入、商品売買許可証の申請をお願いしていいですか? あ、滞納した税金の支払いもですね」
「ややこしい手続きは法律家を雇うから。税関連は細かいから後で請求するよ。8万は超えないからね。手数料は1万カルス貰うよ」
「わかりました。じゃあ今は手付として合計で2万カルス渡しておきます」
僕は魔法財布から大金貨1枚を出してステラに渡した。
「あいよ。じゃあ、これが控えの権利書と領収書。あとは建物の鍵さ。建物壊れてるから鍵は形式的なもんだけどね……権利書の原本や書類関係は夕方に宿屋の方へ来ておくれ」
「わかりました」
鍵と紙を受け取って鞄にしまった。
ステラは緑髪をなびかせて、さっさと去っていった。
四階建ての建物を見上げる。
――これで僕は廃屋とはいえ一国一城の主となってしまった。
村から出てきて二週間たっていないというのに。
焼けただれた建物を見上げると、なんだか感慨深かった。
廃屋を覗き込んでいたリノが、金髪を揺らして戻って来る。
形の良い眉が不満そうに寄っていた。ジトっとした青い瞳で見上げてくる。
「ラースさん。よく見たら石が大変ですよ。たぶん近隣じゃ取れない硬い石です。高いだけじゃなくて、莫大な運送費がかかります。自分たちでマジックバック使って安く運ぶにしても、何往復もしないとだめかもです」
言外に、こんなの買っちゃってどうするんですか、と言いたげだった。
僕はリノの頭を優しく撫でつつ笑う。
「大丈夫だって。建て直す気はないからね」
「へ? どうする気です……?」
「そりゃあ、こうするんだよ」
僕は廃屋に近づくと壁に手を当てた。
そして呪文を唱えた。対象が大きいので、気合を入れた大声で。
「ヒール――ッ!」
瞬時に建物が治っていく。
灰色の石壁のひび割れが塞がっていく。
「ん? ――まだ足りないかな? ヒールヒールヒール!」
連続で唱えると、木でできた床や階段も治った。
黒い焼け跡がなくなり、窓にガラスがはまる。
そして、四階建ての堅牢な一軒家として復活した。
見上げれば、屋上の凹凸状の胸壁もちゃんとあった。
「どう?」
リノを振り返ると、口を大きく開けて青い目を丸くしていた。
驚きで固まっている様子。
「リノ? 大丈夫?」
近づいて目の前で手を振ると、ようやく我に返ったリノが可愛い声で叫んだ。
「えええええっ! こんなに大きいものまで治せるんですかっ!? ――いや、ちょっと! ありえないですっ! 神様としか思えないっ! 凄すぎますよ、ラースさんっ!」
「そんな大げさな。驚くことじゃないって……初級のヒールなんだから」
僕は照れながら言った。
ただのヒールでこんなに驚いてくれることが嬉しい。
だって死ぬ寸前だった僕を生き返らせた、あのお姉さんのヒールにはとてもじゃないけど追いつけてはいない。精進あるのみ!
けれどリノは金髪をぶんぶんと振りつつ「ありえないっ」と何度もつぶやいていた。
ミーニャが傍に来て黒い瞳で見つめてくる。
「さすが、ラース。なんでも治す」
「なんでもってわけじゃないよ。ヒールしか使えないから、何ができるかわかってるだけだよ」
「そういうことにしとく――でもこの力、人には言わない方がいい」
「ん? だよね、こんなしょぼい力を自慢する気になれないよ――じゃあ、入ってみよう」
「は、はいっ」「ん」
僕はステラにもらった鍵で扉を開けると、一階店舗になる元食堂に入っていった。
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