第15話 お店を出すには
朝食を終えると、宿屋一階にあるカウンターへ来た。
長い緑髪を無造作に垂らしたステラに話しかける。
「ちょっとお聞きしたいんですが」
「なに?」
「鑑定眼を買える場所ってありますか?」
「うちは宿屋だから、そんなこと聞かれてもわからないよ」
大げさに両手を広げて肩をすくめた。緑髪が乱雑に揺れる。
「そうですか……じゃあ、この街で店を開くにはいくらぐらいかかるかわかりますか?」
「店ぇ? 今は人が増えてどんな商売でも順調だから、店の権利は高いだろうねぇ。前は20万カルスから100万カルスあれば店を持てたけど、今は3倍以上してるだろうね。土地付きならもっと高いよ」
「そ、そんなに……」
「街自体が街壁に囲まれて狭いからね。スペースがないんだよ。空き店舗が出たら瞬殺になってるね」
「ですかぁ……店を持つのは厳しそうだ」
ステラが片方の眉を上げて驚く。
「なんだい。あんた、商売始めようってのかい?」
「ええ、冒険者として生きるのは難しそうなので。リノがしたいっていうから、ちょうどいいかなと思いまして」
横からリノが身を乗り出してくる。
「ラースさんは、すごい人なんです。きっと今に、世界一凄い商売人になりますよっ」
「ふぅん。そういうこと。夫婦で仲良く商売しようってのかい」
「ふ、夫婦!?」
「ち、違いますっ、ラースさんとはまだ……」
僕は焦りと戸惑いで慌てつつ横を見た。
リノは顔を真っ赤にして、青い瞳を潤ませて見上げてくる。
「夫婦なんてそんな……まだリノとは知り合ったばかりだし」
「そ、そうですよ。あたしなんかが奥さんになるなんて、ラースさんに迷惑になっちゃいます」
「ええっ、迷惑だなんてそんな。リノが傍にいてくれて助かってるよ」
「わぁ……ありがとうございますっ」
リノが顔を真っ赤にしてうつむいた。細い指でスカートをぎゅっと摘まむ。その仕草が、いじらしいまでに可愛かった。
ステラがニヤニヤ笑いつつ、僕らを眺める。
「おや、そうかい。二人ともまんざらじゃなさそうだけどねぇ……ていうか、こっちの彼女は見かけない子だね。この子も村の子かい?」
「えっ? ……ああ、違います。この街で知り合って……その」
僕は言葉に詰まった。
――スラムに住んでた子だなんて、紹介していいのだろうか。
迷っていると、リノがステラをまっすぐに見て、凛とした声で言った。
「あたしはスラム出身です。ラースさんが目と足を治してくれたんです。見かけませんでしたか? 杖を突いてる薄汚れた茶髪の子供を。ステラさんにも残飯の施しを受けたことあります」
「まあ! 見たことあるよ! あの子かい! よくなったんだねぇ」
「はい! ラースさんのおかげなんです! ……だから、あたしはラースさんのことが世界で一番大切なんですっ」
リノが心からの言葉をぶつけた。どこまでも誠実で真剣な声だった。
横で聞いてる僕が恥ずかしくなる言葉だった。
ステラは緑髪を手で梳くようにかき上げて笑う。
「ふっ、ごちそうさま。妬けるねぇ。――まあ、うちは不動産もやってるから、いい物件が出たら伝えるようにするよ」
「あ、ありがとうございます」
僕とリノは頭を下げてカウンターを離れた。
お互い、顔が赤くなっていて目を合わせられなかった。
そのまま宿屋の入口へ向かうと、ミーニャが立って待っていた。黒い尻尾と丈の短いスカートを揺らして傍へ来る。
「ん、来た」
「おはよう、ミーニャ」
「今日もダンジョン行く?」
「そうだね。残りのゴミを拾いたいね」
「じゃあ、あたしはゴミ山に行ってきますねっ」
リノが笑顔で駆けだした。
「うん、気を付けて」
僕が声をかけるとリノが入り口で立ち止まった。
逆光の中、肩越しに振り返って微笑む。
「行ってきます、ラースさんっ」
凛とした横顔が、高貴なまでに美しかった。
ただの挨拶なのに、僕の胸は熱くなるのだった。
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次話は夜更新。
→第16話 壊れるダンジョンとミーニャの願い