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第14話 神話の作法とリノのお願い

 街の朝。

 ステラの宿屋の一室で僕は目を覚ました。

 ベッドに身を起こしつつ、首をひねる。


「さて……今日はどうするかな」


 お金には余裕ができた。

 さらに稼ぐためにダンジョンへ潜ってもいい。


 昨日の調子なら、地下六階や地下七階も行けそうだ。

 Bランク冒険者のミーニャが、想定していた以上に強かったおかげだ。


 ――でも、と思う。


「Bランクかぁ……僕には無理そうだね」


 僕はとてもじゃないが、あんなに強い冒険者になれるとは思えなかった。

 しかもあれだけ強くてもまだBランク。

 AランクやSランクの冒険者はどれぐらい強いのだろうと思ったら想像もつかなかった。



 すると朝も早くからリノが金髪を乱して部屋にやってきた。

 大人しい色使いのブラウスとスカートに、外套のフードを背中に垂らしている。

 走ってきたのか少し呼吸が荒い。


「おはようございますっ、ラースさん!」


「おはよう、リノ。今日も朝から元気だね」


 リノはなぜか思いつめた表情で訴えてきた。細い手足も強張っている。


「あの、ラースさん! お願いがあるんですけど!」


「ん、なに?」


「あたし、店を持ちたいです! ラースさんのお店――中古品を売るお店で働きたいです!」


 いきなりの申し出に少し戸惑う。

 それ以上に、彼女の真剣なまなざしに気後れした。二重の青い瞳はどこまでも澄んでいて、赤い唇はすっと一文字に締められている。



 ただ、悪い話ではないなと思った。


「お店か……それはいいかもね」


 買取で生計を立てようとなると、昨日のように買い叩かれる可能性がある。

 拾ってきて自分の店で売れば、騙されて損する可能性はなくなる。


 しかし、それだと一つ問題が出てくる。


「ちゃんとした値段で売れるかが問題になって来るよなぁ……」


「ああ、鑑定眼ですか?」


「うん。鑑定できないと、正しい値段で売れないよ」



 リノはささやかな胸に手を当てて、上目遣いで見上げてくる。


「あたし、結構値段わかるみたいなんで、少しはお手伝いできるかと」


「ひょっとして鑑定スキル持ってたり?」


「いえ、そんな! ゴミ拾いしてただけなので、鑑定スキルは習ってないです」


「そっかー、残念」


「ラースさんが鑑定眼を買っちゃえばいいんですよっ!」


「でも高いって聞いたよ?」


「昨日だけで180万カルスも稼いだんですから、何日か頑張ればきっと買えますよっ」


「そっか、それもそうだね」


 信頼しきった明るい笑顔で応援されると、なんでもできるような気がしてきた。

 ――それに一緒に店をすれば、リノともっと仲良くなれたりして。


 二人で店を開いて働く姿を想像してしまう。

 妄想の中のリノは奥さんのように可愛らしくて。「あなた、今日も一日頑張るからねっ」と、健気な態度で微笑む。

 考えただけで、頬が熱くなった。



 そんな僕を目の前で見ていたリノが、可愛く小首をかしげた。金髪がふわっと広がる。


「どうしました、ラースさん? 顔が赤いですよ?」


「ああ、いや! なんでもないんだ、あはは――そうそう、リノはもう朝ごはん食べたの?」


 照れた僕は誤魔化すために、強引に話を変えた。

 リノは薄いお腹を手で押さえつつ首を振る。


「いえ、まだです。起きてすぐ来たので」


「じゃあ一緒に食べる?」


「そんな、悪いです。まだ服を売ったお金ありますし……」


「別に減るものじゃないから大丈夫だよ」


「へ?」


 リノは不意打ちを食らったように、きょとんと目を丸くした。



 僕はテーブルに向かう。

 バッグの中から大きなパンとチーズの塊、それにソーセージを一本取り出した。

 まずはナイフを使ってパンを三分の一だけ切り落とす。


 残った大きな塊に僕は唱える。


「ヒール」


 パンが新品に戻った。

 また三分の一、切り落とす。 


 いろいろ試した結果、半分以下の大きさにヒールをすると見た目は回復しても味が落ちた。

 味が薄くなるというか。たぶん栄養も少なくなる?

 本体は三分の二を残してヒールするのが、一番おいしさの低下を防ぐ方法だった。



 青い瞳が落ちそうになるぐらい見開いたリノが、可愛い口を大きく開けて叫んだ。


「えええええ! ちょっと、ありえないんですけど!」


「えっ、そうかな? ヒールを応用したら誰でもできるよ」


 僕はチーズの塊やソーセージも同じように切り落としてからヒールしていく。

 二人分の朝食がテーブルに用意された。


 僕はバッグに食料をしまうと、テーブルに座って手を広げる。


「さあ、リノも座って。一緒に食べよう」



 リノは華奢な手足を動かして、夢見るようにふらふらと歩いた。窓から斜めに入る朝日に金髪が輝く。

 椅子に座ると赤い唇を可愛く半開きにして、呆然と食料を眺めた。


「……神話か聖書でしか聞いたことのない話が、目の前でおこなわれたんですけど……」


「そんな大げさだなぁ。あ、無限に出すのは無理だよ? 一ヵ月に一度ぐらいは食べきって買い直さないとダメなんだ」


 特にカビが生えたパンにヒールすると、一緒にカビがわさわさ増えるので食べられなくなる。


「それでもすごいと思います……やっぱりラースさんは神様ですよ、これ」


「あはは。たぶん、ヒールは初級だからみんなは使ってなくて知らないだけじゃないかな」


「……知ってても使えない気がします」


「そうなのかな。微妙に味が落ちていくから、みんなしないだけかも――さあ、食べよう」


「い、いただきますっ」


 リノはパンにチーズをのせて、はむっとかぶりついた。

 もひもひと頬を動かしつつ、整った顔を輝かせる。



「はふ~! おいひいですっ!」


「それはよかった、はむっ」


 僕はパンにソーセージを挟んで食べた。

 村を出たときよりもだいぶ味が落ちているけど、それでもおいしかった。


 リノはお腹がよっぽど減っていたのか、青い瞳を輝かせて口を動かす。


「毎日こんなおいしい食事ができるなんて、ラースさんは最高ですっ」 


「コツは安いのじゃなくて、少し値段のいいものを買うんだ。その方が長く食べられるから」


「ぜんぜん役に立たない情報、教えてくれてありがとうです」


「ど、どういたしまして?」


 褒められたのか呆れられたのかよくわからず、戸惑いながら答えた。



 するとリノが食べながら考え込んだ。


「う~ん。これだったら、料理屋さんをするって方法もあるかも……?」


「料理屋? どうして?」


「朝のうちに何品か料理を作っておいて、お客さんが来たら切って出して、残りにヒールすれば、じゃんじゃん出せそうです」


「あ~、僕のヒールは直接触らないと発動しないから、シチューやスープみたいな熱い物はちょっとつらいかなぁ」


 リノがパンを食べつつ形の良い眉を寄せた。


「なるほど。それは残念です……それにお客さんがたくさん来たら魔力が大変ですよね。ラースさんて、ヒールは一日に何回ぐらいできるんですか?」


「何回だろう……前は一日千回を目標にしてたけど、今は全力なら六万回ぐらいできるんじゃないかな?」


「六万っ! すごいです!」


「いやいや、一番消費魔力の少ない初級だし。すごくないってば。すごい人ならもっとできるよ。ただのヒールだし」


 僕は当たり前だと思って答えたが、リノがパンをもひもひと食べつつ、ジトっとした目で見てきた。

 ――なんだか、どこかで見たことのある表情だ。

 そういや昨日もミーニャが似たようなジト目で見てきたっけ。



 リノが呆れたように大きく口を開けながらソーセージを食べる。


「……お姉ちゃんが言う通り、やっぱりラースさんは自己評価が低すぎますね」


「え? そうでもないよ。自分にできることと、できないことはわかってるつもりだよ」


「もういいですっ。あたしがラースさんを守りますし、助けますから!」


 リノは青い瞳に強い決意を宿して言い切った。


「よくわからないけど、村から出てきたばかりでわからないことだらけだし、お願いするよ」


「はいっ、任せてください!」


 その後も街のことやミーニャのことを聞きつつ、朝食を食べた。

 ふと思う。

 ――誰かと食べるご飯はおいしいって本当なんだ。

 可愛い笑顔を見て、明るい笑い声を聞いているだけで、食べ慣れたパンがいつも以上においしく感じた。

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次話は明日更新。

→第15話 お店を出すには

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日間1位! 週間1位! 書籍化!
おっさん勇者の劣等生!~勇者をクビになったので自由に生きたらすべてが手に入った~最強だと再確認したから戻って来いと言われても、今さらもう遅い!
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[一言] このての作品の主人公は思い込みが激しくて頭が固く相手のいっていることを信じず、ホントにそうなのか確かめようとしないよね。 まあ、そのほうが表沙汰に成りにくいからいいけど、読んでいてもどかし…
[気になる点] 自己評価が低いとゆうか第三者の意見を真っ向から否定する 神経は勘違いではなく病気なのではと疑うレベルですね
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