第13話 リノとミーニャ
夜のスラム街。
ミーニャは一部屋しかないぼろ小屋の中で、藁の上に座りつつ双剣を眺めていた。
眼前にかざして黒い曲刀と白い曲刀の刃を見る。
すると金髪を揺らして傍へ来たリノが、ミーニャに話しかけた。
「お姉ちゃん、どうしたんですか?」
「ラースはすごい」
「え?」
「ラースの凄さを再確認していた……リノ。この剣、どう思う?」
「すごく……強いです」
リノは輝く刃をまじまじと見て、ごくっと唾を飲み込んだ。
ミーニャは、こくっと黒髪を揺らして頷く。
「そう。強い。黒いのは8万カルス、白いのは14万カルスの逸品だったけど……リノならいくらで買う?」
「えっ、安すぎます! 直感ですが――黒いのは750万、白いのは1100万カルスぐらいかと……そんなお金持ってないですけど」
「治す前と比べて、どう?」
「あっ、ごめんなさい。壊れる前は、目が見えなくて……でも、今ほどの剣じゃなかったかと」
「そう。強くなった。ラースが治してから強くなった。使って調べた結果、たぶん【切れ味永続】【攻撃力上昇】【攻撃速度上昇】【残像斬撃】【瞬間移動】【影縛付与】【爆風付与】【先制影撃】【追加多連撃】の特殊効果がついてる。詳しく調べれば他にもあるかも」
――ミーニャは今日の戦いを思い出す。
最初のネズミは攻撃しようと剣を抜いた瞬間、すでに攻撃が終わっていた。しかも爆発した。
自分でも何が起きたかわからなかった。
何度か試して、攻撃する意思を持って剣を抜いた瞬間、相手の影が刃となって攻撃してることに気付いた。
【先制影撃】と【爆風付与】がついてると直感した。
さらに倒せなかった場合、相手が影に縛られて動けなくなり、また追加の斬撃が自動的に入った。
【影縛付与】と【追加多連撃】だろう。
ラースを人質に取られた時も、助けようと思えばすぐに助け出せたが、ちょっと試したくなった。
相手はBランク一人にCランク二人。特殊効果を調べるのにちょうどよい強さだった。
そのおかげで、質量を持たないはずの残像が通常攻撃したり、移動したい場所を想起した瞬間、瞬間移動してたりするのも確認できた。
――今の自分に勝つのは、Aランク冒険者ですら無理。防御か生命力が異常に多いSランク級の魔物、もしくは剣聖ぐらいしかいないだろうとミーニャは考えた。
強すぎだった。
リノが口に小さな手を当てつつ、青い瞳を見開いて驚く。
「ええっ!? そんなにたくさんの効果が!?」
「二本合わせてだけど。それでも多いし強い。今の私はBランクどころか、Aのレイドモンスターすらソロで倒せる。剣のおかげでSランク冒険者と同等かそれ以上の強さになってる」
「強すぎです……まさか、治すときに特殊効果を付与してるってことですか? だとしたらラースさん、凄すぎますっ」
「たぶんそう。元の素材や品質がいいと、治したときに強い効果が付いてるはず」
リノは中腰になると金髪を跳ねさせて叫んだ。
「じゃあ、ラースさんに教えなきゃ!」
「きっと信じない」
「えっ、どうしてです? こんなにすごいのに!」
「ラースは自己評価が低い。とても低い。証拠がないと、元から特殊効果付きだったと考えそう」
「なるほど……変なところで賢いですもんね。じゃあ、目の前で破壊してから治してもらうとか」
「それは無理。さっき見た。壊せるぐらい安い素材は、治しても特殊効果が付いたり付かなかったり。なにか法則があるのかも」
「じゃあ、しばらくはこのままですか?」
「それはそれでラースが危険」
「危険? どうしてですか?」
ミーニャが黒い尻尾をゆらりと動かす。
「ラースのスキルは激レア。名刀を用意して破壊して治させれば、いくらでもお金が稼げる」
「すごいですよね」
「でもラース自身は弱い。強制的に働かせたり、悪事に加担させられかねない」
「悪事? ……あ~、良い素材を使って伝説級の模造品を作って治させると、本物と偽って売り捌けるかもしれないですね。何千本ものエクスカリバーやグンニグルが市場に……」
「たぶん、死罪になる」
淡々としたミーニャの言葉に、リノの顔が泣きそうにゆがむ。
「ええっ、どうしよう……あたしはラースさんがそんなことになるなんて絶対にイヤですっ」
「私も嫌。命と復讐の恩人。当分はラースの能力を隠したほうがいいのかも」
「隠しきれますか?」
「だから早く店を手に入れさせたい」
「なるほど。店付属の工房で修理してると思わせれば……少しは疑いの目を避けられそうですね」
「一番いいのはラース自身が鑑定スキルか、【鑑定眼】付きアイテムを手に入れること」
「でもスキルの習得は難しそう……何十年もかかるって聞いたことがあります」
「かと言って【鑑定眼】のスキルが付いたアイテムは高い」
「今日180万カルスも稼いでましたけど」
「それでも足りない。あと店の費用も足りないかも」
「むむっ。なんとか、ラースさんが助かるようにしたいです。いったいどうすれば……明日、朝一で行って助けなければ……」
リノは眉間にしわを寄せて考え込んだ。
その様子をじっと見つめるミーニャ。
「リノはラースが好き?」
「はいっ、大好きです。あたしに青空と太陽をくれた人ですからっ。幸せになって欲しいです!」
「じゃあ、リノがラースを幸せにしてあげて」
「え?」
「私は汚れ役をやるから。今日だってリベンジしてこないように徹底的に痛めつけたら、ラースに怖がられた。でもそれでいい。ラースを守るのは私の役目。ラースを幸せにするのはリノの役目」
「お姉ちゃん……お姉ちゃんもラースさんのことが好きなんですね」
リノが悲し気に微笑んだ。同じ人を好きになってしまった悲劇のように。
しかしミーニャは無表情で淡々と答える。
「ん。好き。発情期になったら交尾したいぐらいには好き」
「えええええっ! だ、ダメです! ラースさんはあたしが……っ!」
リノは慌てふためいたが、ミーニャは不思議そうに首をかしげる。黒髪がサラリと流れた。
「どうして? ラースは取らない。リノのもの。ただ子供が欲しいだけ。第一、ラースを最初に見つけたのはリノだから、リノのもの。獲物は一番最初に見つけた人に食べる権利がある」
リノがジトっとした半目になって、ミーニャを見た。
「あたし、お姉ちゃんのこと大好きですけど、そういう獣人さん特有の考え方は、時々ついていけないです」
「そう? すでにマーキングしてしまったけど」
「まーきんぐ?」
ミーニャが手を伸ばしてリノを抱き寄せた。リノの身体に額や頬をこすりつける。
「マーキングは、これ。自分の大切なものや好きなものに自分の匂いを付けて、自分のものだと所有を宣言する行為」
「はぅ……じゃ、あたしとラースさんが、お姉ちゃんにとって大切な人ってことですか?」
「当然。二人とも大好きだから――じゃあ、そろそろ寝る。おやすみ」
「はい、おやすみなさい――あたしも寝ます」
ミーニャが藁の上に横になると、リノが隣に潜り込んだ。
二人は体を温めあうようにくっついて寝た。
まるで本当の姉妹のようだった。
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次話は夜更新。
→第14話 神話の作法とリノのお願い