第11話 初めてのゴミ治し
ミーニャの因縁の相手に襲われるというアクシデントがあったものの、ダンジョンでのゴミ拾いを終えて無事に街へと帰還した。
街はすでに夕暮れ時。
仕事を終えた人々が大通りに繰り出して賑やかに騒いでいた。
僕とミーニャが荷物を背負って通りを歩いていると、リノが金髪を揺らして駆けてきた。
「ラースさんっ! お姉ちゃん! おかえりなさい!」
「ただいま、リノ」「ん」
リノは僕の胸に飛び込んで、細い腕で抱き着いてくる。僕も華奢な体に腕を回して受け止めた。
細い体を抱きしめると、花のような香りがした。
「無事に帰ってきてよかったですっ」
「うん、ミーニャが強くて問題なかったよ」
「さすがお姉ちゃんです!」
「ラースのおかげ」
「何もしてないよ、僕は」
「さすがラースさんですっ!」
僕の腕の中でリノの笑顔が弾けた。
――なんだか、勘違いされてる気がして困った。
照れているとミーニャが言った。
「で、このあとはどうする?」
「ギルドで魔核や素材を売った後、ゴミを買い取ってくれる店に行ってヒールで治して売ろうかと」
「だったら、あたしが案内しますっ!」
リノが金髪を揺らして言ったが、ミーニャが淡々とした声で制止した。
「その前に、どこかでまず私に治した剣を見せて。リノも見て」
「え? ――あ、そうか」
ミーニャは剣士だ。使える剣があったら欲しいのかもしれない。
「わかった。じゃあ、ギルドの後は宿屋に行こう」
「はい、こっちですっ」
リノが細い手足を振って、先に立って歩き出す。
夕日に赤く染まる街並みの中、石畳の上に長い影が伸びていた。
◇ ◇ ◇
ステラの宿屋。
ギルドに寄ってから二階角部屋に帰ってきた。
僕は拾ってきたゴミをベッドの上に広げる。
武器が18本、防具と道具が21個。
「よーし、やるぞぉ――ヒール、ヒール、ヒール……」
僕は次々とヒールをかけていった。
折れたり、破れたり、穴が開いたりした物たちが、光りながら新品同様に治っていく。
横で見ていたリノが、ささやかな胸に手を当てて顔を輝かせた。
「わぁ……すごいです。まるで魔法みたいですっ」
「うん、ヒールだから魔法だよ」
おかしな感想だなと思ってしまい、僕は微笑まずにはいられなかった。
全部の物に対してヒールが終わると、ミーニャが傍に来て手を伸ばした。
武器を調べるかのように、一通り握っていく。
軽く振ってはまた別の剣を手にした。
最後に手に取ったのは片刃の長剣だった。
刀身が虹色に輝いている。
眼前に持ってきて、刀身を眺める。
「良い剣……とても強いスキルが付与されている……」
「ミーニャが欲しいなら、使ってくれていいよ?」
「いや、直刀は私のスキル的に使いづらい。ラースが使わないなら売ればいい」
「そっか、了解……僕も長い剣は苦手だなぁ。ヒールのために手は空けておきたいし、使い慣れたナイフでいいや」
「強い武器?」
「そうでもないよ。何度も斬らないと切れないから。でも何度も治して使ってるから手に馴染んでて」
「そう」
ミーニャが興味なさそうに呟いた。黒い尻尾が、はたりと揺れる。
横ではリノが短剣や道具を手に取っていた。青い瞳に真剣な光を宿して。
「どう、リノ? 欲しいものあるなら持っていって」
「高いものばかりです……すごいです」
「そうなんだ? よくわからないけど」
リノが小さなバッグを手に取った。肩から斜めにかけるタイプのショルダーバッグ。清楚な色遣いでオシャレだった。
「これ、可愛い……」
「リノに似合いそうだね。いるなら使って?」
「ええっ!? こんなに高い物、貰っていいんですか!?」
「うん、別にいいよ? じゃあその、ちっちゃなバッグあげる」
「ありがとうございますっ。これでもっと役に立てそうですっ」
リノは青い目を細めて喜びながら、ショルダーバッグをかける。予想した通り似合っていた。
あとは護身用に小さなナイフ――ペティナイフも渡した。
リノは一度は辞退したが無理に渡すと、バッグにしまっていた。
僕はベッドに広げた残りの物品を見る。
「一つ500カルスとしても、38個で約2万カルスにはなりそうだね」
「えっ? 何を言ってるんですか?」
リノが驚いて声を上げた。
咎めるような響きに僕も驚く。三ヵ月は余裕で暮らせそうな金額を口にしたのに。
「え? なにが?」
「ここにある38個、全部売ったら700万カルスにはなりますよ?」
「えええええ!? そんなに!?」
700万カルスなんて、80年ぐらい暮らせる金額だ。
リノは金髪を揺らして素直に頷く。嘘を言ってるようには思えない。
「はい。あたし、ゴミ漁りで生計立ててたから、ある程度は品物の売値がわかります。とても高いです」
「そうなんだ……すごくラッキーだったんだ」
こんな幸運は二度とないかもしれない。
金塊を拾ったようなものだった。
――いや、ダンジョンに潜る人たちの装備がすごいんだ。
だとしたら、まだまだ拾えるかもしれない。
しかしミーニャがじろっと黒い瞳で見てくる。
「だから言った。ラースはわかってないって」
「ご、ごめん……確かにそうだね。このまま店に持ち込んでも買い叩かれてた。……どうしよう」
「まずは自分たちの装備を整えるべき。この外套とか、盾や鎧。使えるなら使ったほうがいい」
「あー、なるほど……どうかな?」
僕は背丈に合いそうな黒い外套に袖を通してみた。腰の辺りが細くなった、足首まであるロングコート。分厚い生地の仕立ての良いコートだったが、着心地は最高だった。重いどころか体が羽のように軽くなった感じがする。
リノが青い瞳を輝かせる。
「わぁ! かっこいいです、ラースさん!」
「そ、そうかな」
褒められたのがうれしくて、残しておこうと思った。
もう一つ外套があった。
明るい色をした可愛らしい外套。フードが付いていた。
「これ、リノにどうかな? 顔が隠せると思うけど」
リノが口を手で押さえて目を丸くする。
「えっ……こんな高いの、あたしに……? いいんですか?」
「いいよいいよ、どうせ拾った物だし。ほら、男の人に声かけられて怖いって言ってたじゃないか。顔が見えなければ、そういうのも減るんじゃない?」
リノは涙ぐみながら受け取ると、細い両腕でギュッと胸に抱き締めた。
「ラースさん……そこまであたしのことを考えてくれて……嬉しいです。大切に使いますっ」
「喜んでくれてよかった」
泣くほど嬉しかったらしい。
よっぽど怖い目にあってたんだなと少し同情した。
その後もみんなで装備してみた。
いくつかの武器防具、道具は装備品となった。
リノは選んだ装備――小さなバッグと、小柄な体がすっぽり隠れるフード付きの外套をさっそく着ていた。気のせいか、なんだか存在が希薄に感じる。
「じゃあ、残りは売ろう」
「あっ、そういえば。あたしもゴミ捨て場でいろいろ拾ってきたんです!」
リノは布の切れ端や千切れた鎖などを広げた。
「おっけー。――ヒール、ヒールヒール……」
全部にヒールしたら、元の姿に戻って新品のような輝きを放った。
一番驚いたのは、ハンカチかなと思った布切れが、お姫様が着るような純白のドレスに変わったことだった。
リノが金髪を震わせてドレスを両手で掴む。
「す、素敵です……」
「じゃあ、それも手元に置くということで」
「はいっ! ありがとうございます、ラースさん!」
リノは青い瞳を潤ませて喜んだ。
――リノが拾って来たものなんだから、僕は関係ないだろうに。
彼女の尊敬する眼差しが僕には眩しかった。
それから僕らは余った武器を持って宿屋を出た。
次話は夕方か夜更新。
→第12話 初売却