第10話 猫のおしおき
本日3話目。
ミーニャが先に入った部屋に、男たちによって引きずりこまれた僕は――。
部屋の中で黒い疾風が吹き荒れているのを見た。
黒髪を乱したミーニャが形の良い胸を震わせつつ、黒目に怒りを漲らせて両手に剣を持って振るっていた。
僕を捕まえていた男も、一瞬で肘から先がなくなっていた。
部屋の中に男たちの悲鳴が響き渡る。
「ぎゃぁぁぁ!」「痛ってぇ!」「た、助けてくれぇ!」
僕は首をさすりつつ、のたうち回る男たちを見下ろす。
――まあ、ミーニャは服をはだけたけど、腰に差した双剣はそのままだったもんね。
姿を見失ったら、こうなるのは当然だろうと思った。
ミーニャが服の前をはだけたままツンと上を向く胸を揺らしつつ、男の一人を踏んづけた。
「で? 楽しい?」
「な、なんだって!?」
ミーニャの手が動いて男を斬り付ける。一回斬っただけで、四筋の切り口が生まれた。
「ぎゃあああ!」
「私の相手出来て楽しい?」
「もうやめてくれ、悪かったよ!」
「そう」
ミーニャは何事もなかったかのように服のボタンを留めて、身だしなみを整えた。
それから僕を見る。
「ラース。お願いがある」
「なに?」
「こいつらにヒールをしてあげて」
「え――うん。わかった」
僕は血まみれだった彼らにヒールを唱えた。
すぐに五体満足に戻った。
これで終わりなのかと思ったら、ミーニャは男たちに向かって双剣を構えた。
「全力でかかってきて。私に一撃でも当てたなら、生きて返してあげる」
「は?」「何言ってやがる?」「不意打ちじゃないと勝てないくせに」
怪我の治った男たちは、泣きわめいていたのも忘れて悪態をついた。それぞれが剣や盾を構えていく。
腕には、よほどの自信があるらしい。
ミーニャは黒目をすうっと細める。
「真剣勝負なら私に勝てるとでも?」
「へっ、馬鹿言うなよ。お前が寝込んでる間に、俺たちはさらに強くなっているんだぜ? 病み上がりが勝てるわけないだろ」
――あっ。
それはそうだった。
ミーニャは寝込んでいたから、スキルもレベルも上がってない。
一方、男たちは普通の冒険者として活動するだけで前よりも強くなってるはずだった。
僕はミーニャの後ろから声をかけた。
「やばいんじゃない? 逃げたほうが……」
するとミーニャが肩越しにチラッと僕を振り返った。その目はなぜかジトっとした半目になっている。
「ラースはやっぱり自覚がない」
「えっ? どういうこと?」
しかし僕の問いかけは、男たちの攻撃によって中断された。
「死ねや!」「喰らえっ!」「でやぁ!」
だが、ミーニャが素早く動いた。姿は残像して黒い風にしか見えない。
――黒疾風のミーニャって二つ名はきっとこのことを指して名付けられたんだと思った。
ミーニャが双剣を振るうと、当たったようには見えないのに、男たちの足や腕、肩などが爆発のように斬撃で弾け飛んだ。
また絶叫が響き渡る。
「ラース、治して」
「えっ!? ――わかった」
僕は言われるままに男たちを治した。
男たちもまた、何がおこなわれているのかを理解したらしい。額に脂汗が浮かんでいた。
ミーニャが双剣を構えて言う。
「さあ、次」
「ひいっ」「うわっ」「ちくしょお!」
男たちは無我夢中で向かっていくが、ミーニャの颯爽とした剣裁きによって返り討ちにあっていた。
そして、同じことが何度も繰り返される。
何度目かの時、僕は尋ねた。
「ここまでするんだ? そんなに許せない相手だった?」
「当然。――でも、試しと練習でもある」
練習……。なんだろう、殺戮の練習かな?
その後、何十回も倒してはヒールで回復が繰り返された。
しまいには男たちが、目から鼻から股から液体を垂れ流して泣き土下座した。
「許してくだはい……」「もう無理れふ……」「助けへ……」
ミーニャは双剣を突き付けつつ尋ねる。
「もう、私にたてつかない?」
「はい!」「しません!」「街を出ますぅ!」
「よろしい。今回は私が寝込んでいた日数だけ切り刻んだら赦す。後日、街で出会ったら許さない」
「「「えええええっ!」」」
男たちは声を揃えて叫んだ。
しかし、ミーニャの黒い瞳が冷たく光る。
「私は、優しい」
「「「ひぃぃっ!」」」
男たちは命乞いの土下座を繰り返した。
――が、泣き叫んで許しを請う男たちに、無慈悲な斬撃が何百回と襲い掛かる。
「やめでぇぇぇ!」「もうむりぃぃぃ!」「ひぎゃぁぁぁ!」
ミーニャの処刑はなかなか終わらなかった。
見ている僕は、あまりの怖さに震えが止まらなかった。
その後、気絶したというより空を見つめて反応がなくなった男たちを置いて、僕とミーニャは荷物を背負って部屋を出た。
地上へと戻る道すがら、僕は彼女の背中に声をかける。
「それにしても、ミーニャは本当に強いね。彼らに負けたのが信じられないよ」
「ラースが強いおかげ」
「えっ!? 僕? 何もしてないよ。ヒールしただけで」
「……ラースのおかげ……ありがと」
ミーニャは不服そうな顔をして僕を見た。
なぜかそのまま、頬や額を僕の胸にぐりぐりとこすりつけてくる。
柔らかい黒髪や可愛い猫耳が顔に当たってくすぐったかった。
話題を変えようとして尋ねる。
「そう言えばミーニャって、剣の刃が当たってないのに相手を切ってたね」
「剣で敵を斬るのは二流。剣を当てずに斬ってこそ一流」
「なるほど」
「私は、一流」
無表情に言うけれど、顎はツンと得意げに反らしていた。自慢しているらしい。
クールな性格かと思ってたけど、意外と可愛らしいところもあるなと思った。
――はだけることも辞さない、大胆な性格でもあるけど。
ミーニャの不思議な性格の謎は深まるばかりだった。
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次話は明日更新。
→第11話 初めてのゴミ治し