シャービック・夏
コロナの感染対策に不要不急の外出を避けるよう言われて久しい。
食事も家でとることがほとんどになった。
そうなると食材が必要になるわけで、買い物量が増えて一仕事だ。
荷物持ち兼運転手として妻と買い物にやってきた私。
箱アイスをどれにするか悩む妻の横で、棚をふと見たら、ある商品が目に留まった。
『シャービック』
正確にはシャービックという氷菓の素である。
名は知らない品だったのだが、パッケージに描かれた完成品に見覚えがあったのだ。
私が幼かった頃、夏になると母がたまに作ってくれていた。
貧しかった我が家では濃厚なアイスなど出てこず、安価なポリエチレン詰清涼飲料を固めたものや、自家製かき氷が夏のお供だった。
※※※※ポリエチレン詰清涼飲料※※※※※※※※※
北海道では「ポッキン」
東北では「ミルちゃん」
北陸・甲信越では「チューチュー」「チュッチュ」
関東・関西では「チューペット」
中国・四国では「チューチュー」
九州では「パンちゃん」
沖縄では「ミッキージュース」「サンティー」
と、地域によって呼称やメジャーな商品が違うようです。馴染みの商品をご想像ください。
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そんな中、シャービックはたまに出てくるご馳走だ。
ただ、どんな味だったのかを私はいまいち思い出せない。
ほんのりと甘かったような気はする。
隣で妻の選んでいる濃厚アイスに比べて素朴な味なのは、ほぼ確実だろう。
美味を求めるのであればシャービックは脱落。
なのだが、私はそれを2箱手に取った。
イチゴ味とメロン味を1つずつだ。
「それ食べたいの? でも自分で作らないといけないんでしょう? 面倒くさい」
「俺が作るからさ。みんなで食おうよ」
「ならいいよ」
妻からお許しが出たので、シャービックはめでたく籠に投入される。
私が母から貰ったように、我が子にも夏の思い出をあげたいのだ。
向けられる愛情を普段は感じなくとも、年を重ね自分が親になった時に、今の私のようにふと昔を思い出すこともあるだろう。
子が孫に、孫がひ孫にと、夏のイベントを継いでいってくれれば、それはそれで面白い。
しかしながら、こんな些細なイベントを世代を超えて継がせるためには、インパクトが必要だと思われる。
家に帰り、私はネットで必要な器具を探した。
普通の製氷皿で四角いシャービックを作っても味気ない。
特徴的な形のものを提供できてこそ、父との思い出として強く残ってくれるのではなかろうか。
検索の結果、肉球型と動物型のシリコンを私は見つけた。
5人家族の我が家なので、動物は5種類の型を注文するという徹底ぶりだ。
妻よ、子供達よ。
コロナで共に過ごす時間が増えた今だからこそ、楽しい思い出を共に作っていこうではないか。
「というわけで、俺のカードで型を買いました。代金をください」
「いくら?」
「8千円」
「は!?」
「動物が1つ千4百円で5つの7千円と、肉球が千円。合わせて8千円」
内訳まで説明したのに妻から反応が無い。
まぁ、そこそこ大きな額なので、すぐにお金をくれるかちょっと待ってにするのか、考えているのだろう。
「じゃ、よろしく」
支給されるまで待てないほど私も困窮しているわけではない。
余裕を見せるのも夫としては大切だ。
「家に型あるのに馬鹿じゃないの!? 100均でも可愛いのあるのに! それはあなたの自腹ね!」
「ふぁっ!?」
「そんなに高いのを買うなら先に相談しなさいよ!! 出せません!!!」
ただでさえ水道光熱費と食費が上がっているのに。
これから子供達が夏休みでおやつ代も馬鹿にならなくなるのに何考えてるの。
重ねて説教が飛んでくる。
ああ、父もしょっちゅう母に叱られていたな。
私の脳裏に幼き頃の実家の様子が思い出される。
残念ながら、父が叱られるのは、夏だけではなく年中行事だった。