魔王の娘のマコちゃんは勇者を偵察に魔法学校へ潜入する。
「マコ、そなたに重大な任務を与えるぞ」
「それは朝早くから起こして伝えるほど大事な任務なの?」
「うむ。バイアレット国の魔法学校に潜入して勇者の偵察をしてくるのじゃ!」
「……は?」
みなさん、おはようございます。
魔王の娘のマコちゃんです。
朝早くからメイドさん(サキュバスのお姉さん)に起こされて魔王の母上が呼んでると聞かされた私は身だしなみを整える時間すらもらえないまま玉座に向かった。
玉座の間の大きな椅子に座って私を見下ろす母上は今日も可愛らしい顔と体つきをしていて、どう見ても幼女だ。そんな母から生まれた私も言わずもがな、つるぺたである。
いやそんなことはどうでもいいとして。
今なんと?なんと言いましたこの母は?
「…えっと、寝ぼけてる?」
「寝ぼけとらんわ!そなたよりは1時間前に起きて顔を洗って着替えておるからな!最近は目覚めがよくて妾も気分がいい」
「そっかあ…私はまだ寝たりないから寝てくるね。おやすみ〜」
「こらこらこら!待つのじゃ!!」
慌てて椅子から降りて、私の元に走ってきた母上に抱きつかれて身動きがとれなくなる。
「妾の言葉ちゃんと聞こえてたじゃろ?!」
「バイアレット国の魔法学校に潜入して勇者を偵察しろっていう寝言は聞こえた」
「寝言じゃないわ!!」
「じゃあ世迷い言?そもそも、バイアレット国にいる勇者ってこの大陸中で一番女神に愛されてるんじゃなかったっけ?」
「うむ…女神に愛されれば愛されるほど、勇者の力は強くなる。そやつが今世で英雄と呼ばれる勇者になると見て間違いないじゃろう」
「そんな人間に偵察なんて無理でしょ」
「マコは妾が殺されてもいいのか!?妾がいくら強いとは言え…相手がどれほどの力か知る必要はある。そなたを守るためにも、勇者の力を偵察することが大事なのじゃ!」
「父上を呼び戻せばいいでしょ…母上一人じゃ厳しくても父上と二人ならなんとでもなるだろうに」
「嫌じゃ!!!あやつのことは知らんもん!あんな浮気者のことなど知らん!二度と顔も見たくないわ!」
プンッと顔を背ける母上。
ちなみに、父上が浮気したという事実はない。全くの誤解である。そもそも母上を溺愛する父上が他の女に浮気する可能性などゼロである。
可哀想な父上は誤解を解くことができず、怒りに身を包んだ母上から「別居じゃ!!」と言われてこの魔王城から離れた別荘地に一人で住んでいる。が、毎日連絡魔法で「魔王ちゃんは機嫌なおした?まだ?そっか…俺そっち戻っていい?まだダメかあ…」って私に確認してくる(母上に顔を見せるなと言われたため)父上を相手にするのもそろそろ面倒に思えてきた。
はやく仲直りしてくれ。
「頼むマコ…この通りじゃ!妾を助けると思って…もし勇者がそなたに危険を与える時は逃げてこい。妾が何としてでも助けるから」
「母上……じゃあ転移魔法使える父上と仲直りしてください」
「それとこれとは別じゃ」
何でだよ。
父上は世界中を探しても数人しか使えないほど、珍しい「転移魔法」を使える。
だからこそ、母上や父上そして私に何かあったときすぐに移動ができて身の安全を確保できるのに…意地はってる場合じゃないでしょう。
まあ、別荘にいる父上が母上を倒しにくる勇者をさりげなく蹴散らしているのは知っているし。たぶん母上も気づいてる。そろそろ帰ってくるの許してあげて。
「…潜入するって言ったって、そう簡単にはいかないよ。バイアレット国に入るのも魔法学校に入るのも一筋縄ではいかないだろうし。そもそも魔法学校に潜入なんてできるの?」
「そこは問題ない!マコはどう見ても外見が人間じゃからな。こっちでパスポートを用意してあるし、入国は大丈夫じゃろ。魔法学校も先に編入届けは提出して受理されておる。何も問題はないはずじゃ!」
「何でそこまで準備整ってるの?まず私に相談するとかなかったわけ?」
「相談しても、のらりくらりかわすじゃろ」
その通りなんだけど、なんか悔しい。
ジト目で見つめると、少しは申し訳ないと思ってるらしい母上が目をそらして咳払いをした。
「ではマコ。行ってくるのじゃ!」
「…行ってきます」
*****
さてさて、やって来ました魔法学校。
バイアレット国へ入国する時もすんなり入れちゃったんだけど、この国大丈夫か?
案の定、学校にもあっさり入れて私が魔王の娘だと疑われることなく転入できた。
いやほんと、この国大丈夫?
「この時期に編入なんて珍しいですよね〜。あ、ここがマコちゃんのお部屋です」
校内を案内してくれた監督生がニコニコと笑うけど、彼女があまりにも警戒心なさすぎて心配になる。
ちなみに「マコちゃん」と呼ばれているのは、すぐにあだ名で呼べるほど私が親しみを感じやすい人物だから。というわけではない。
普通に私が「マコちゃんと呼んで」と伝えたからだ。少しでも好印象を持たせておくことで、もし彼女が魔王退治のために城に来たとしても私を見たら隙が生まれるはずだ。隙をどう使うかはその時によるが、選択肢はたくさんあったほうがいい。そのためにはたくさん好印象を持たせる必要がある。
見て!この可愛らしい幼子のような笑顔!
幼女顔はニコニコ笑ってるだけで得だな。
周りもつられてニコニコと笑ってくれる。
「何か困ったことがあれば私に言ってくださいね〜?」
「ありがとう!」
監督生に手を振って部屋に入る。
荷物整理よりも先にベッドに飛び込んだ。
「は〜ッ、さて。勇者をどう見つけるか…」
同じクラスだとめちゃくちゃ助かる。けど、そんなに都合よくいかないよね。
まあ勇者は有名人だろうし、人に聞けばすぐ見つかるはず。うん、大丈夫大丈夫。
明日また考えよう〜。
入国や編入に余計な気を張ってたせいでベッドに寝転がっていると眠気が襲ってくる。
明日からの授業に向けて、今日はもう寝ることにした。寝る子は育つ〜。たぶん。
次の日、ちゃんと時間通りに起きた私は身支度をして学校へ向かう。この寮から10分くらいの距離だから、移動はとても楽だ。
そして、移動中に気づいた。
莫大な魔力を持つ人物が近くにいると。
そんな人は、一人しかいない。
勇者はすぐに見つけられた。
そこにいるだけで、見るだけですぐわかるほど明らかに規格外の魔力を持っている体。それに比例するような筋肉のついたしっかりとした体。顔立ちは整っていると思う。
まあ、勇者ってどの世代も整った顔立ちらしいから。文献によるとね。
でもそんな勇者は学生から浮いていた。
うん。孤立していた。
誰も彼に近づくことなく、むしろ避けている。勇者が通る道を開けて、目も合わせないようにしてる。
恐れてる、のかな?恐怖、不安、嫉妬、不快。色々な負の感情を乗せた視線が勇者に突き刺さっている。それに気づいているからこそ、勇者は視線を下げて誰とも目を合わせないように、黙って歩いていた。
あんなにすごいのに。
なんでみんな勇者を避けたり無視したりするんだろう?なんで勇者は自分の力を誇ったりしないんだろう?不思議だ。
魔族領では実力主義だからこそ、あそこまでの力を持っている人物には尊敬と憧れの眼差しが向けられるはずなのに。人間の国では違うのだろうか。私は敵対する関係だから恐怖を感じるけど、それでも圧倒的な力を持った存在には純粋に惹かれるし、憧れる。
あれ、これってチャンスなのでは?
孤立してる勇者とあえて仲良くなることで、弱みを握ってしまえば?もしくは、勇者が人間よりも私たち魔族を選ぶようにすれば?
この世代で英雄に一番近い勇者。彼が私たちの仲間になれば。母上も父上も私も命の危険を感じなくなるし、むしろ最強の盾を手に入れるってこと。ハッピーエンドじゃん!
仲間に引き入れられなくても、弱みを握ってうまく突けば勇者から退くかも。
勇者と仲良くしない理由がない!
「おはよう!」
さっそく勇者に近づいて明るく声をかける。
ニッコリスマイルでどうだ!癒されるだろう?警戒心がとけるだろう?つられて笑ってもいいんだぞ!?
勇者はびっくりした顔でこっちを見て、きょろりと辺りを見回し。私が笑顔を向けているのが自分だってことを確認してから困ったように首を傾げた。
わかりやすい。わかりやすいなあ〜。だからこそ、押していくよ私は!
「おはよう!」
「…お、はよう…?」
「はじめまして、私はマコ!マコちゃんって呼んでね!」
目を大きく見開いて固まる勇者。
こんなことで動揺してたら全然次にいけないよ〜。ちゃんと付いて来てよ勇者〜。
「あなたのお名前は?」
「…え、俺の、名前?なんで…」
「お友達になりたいの!」
「とも、だち?」
そうだよ、友達だよ。
この学校には勇者の友達はいないでしょう?友達、欲しいでしょ?私の手を取ってしまえばいいんだ。
悪いことに引き込むような気持ちで、私は勇者に笑いかける。
「私とお友達になってよ!」
*****
勇者の名前はライナーと言った。
孤児院育ちで、ある日突然勇者の力に目覚めたらしい。そこからは、とある貴族の養子になり家名ももらったが、違和感があって呼ばれても反応するのに時間がかかってしまう。
その貴族とも仲が良いわけではない。むしろ孤児院育ちだから毛嫌いされているとライナーは語った。その貴族は「勇者の家」という肩書きが欲しかったのだろう。
そう、ライナーと対面してから一週間が経った。
あれから私は毎日ライナーと登下校を共にしてお昼ご飯も一緒に食べ、なんとクラスも一緒だったのでペアを組むときは率先してお願いしていた。
最初は戸惑いが大きかったライナーも、少しずつ慣れてきて今では自分から私の元に来て時間を過ごすようになった。マコちゃんの隣は居心地がいいって理解してくれたみたいで何より!
私がライナーと仲良くすることで、他の人もライナーに親近感を覚えたり接触したりするかもって懸念はあったけど、まったく心配いらなかった。ライナーは本当にみんなから恐れられ腫れ物扱いだった。
「ライナー、今日のお昼は屋上で食べよう?」
「うん」
人が全然来ない屋上はゆっくりお昼ご飯を食べるのに最高のスポット。
私とライナーは隣同士に並んで座り、購買で買ったお昼ご飯を取り出した。いつもは食堂で食べたりするけど、今日は天気がいいから屋上でピクニック気分。
にしても、相変わらずたくさん食べるね。
ライナーのお昼ご飯の量を見て感心した。がっしりした体つきはたくさんの栄養と魔力と筋トレによって成り立ってるんだなあ。
「そういえば、明日は実技試験だってね」
「マコちゃんにとっては初めての実技授業だよね」
「うん。大変なの?」
「うーん…難しい、かも?力の制御が出来ないと怪我させちゃうから」
「ライナーは苦手そう」
実技試験には色々種類があるけれど、ライナーは対人戦が苦手。力の微調整がまだ上手くいかないから怖いみたい。
それを思い出して言ってみると、ライナーはちょっと恥ずかしそうに微笑む。
「あまり、得意ではないけど…マコちゃんに見られるんだから、頑張るよ」
「本当?」
「うん。…でも、」
不安そうな声。下げられた視線。
うん、なんとなくライナーの気持ちがわかった。
ライナーが勇者の力を私に見せるのはこれが初めて。だからこそ、その力を見てしまったら自分のことを怖がってしまうかもしれない。もうそばにいてくれないかもしれない。そんな不安に襲われているのだろう。
わかる、わかるけどね?
私の任務は勇者の偵察。これでライナーが自分の力を抑えてしまえば、彼の実力がわからない。つまりは任務失敗だ。
魔王の娘たるもの、失敗など言語道断!
絶対に勇者に本気を出してもらう!
「じゃあ、明日の実技試験で誰よりもいい評価をもらったら。私がなんでもライナーのお願い聞いてあげる」
「なんでも…?え、本当に?」
「うん。だから頑張ってね?」
絶対、ぜーーったい!
勇者としての力を偵察します!!
*****
実技試験にちょうどいい、晴天。
試験内容は魔法を的に当てる初歩的なものだった。ほどほどに距離があるし、的も複数あるから正確に狙う必要がある。それに先生が言うには、的には防御魔法が張ってあるからそれを破る必要もあるみたい。
ライナーにとっては対人戦じゃないからやりやすいよね。
あ、ちなみに私の魔力は多い方だ。
魔王の娘だし、父上も実はすごい人だから私もそこそこ強い。この学校だったら勇者の次くらいには強いはず。ただ、私は本気を見せちゃいけないのでバレない程度に手を抜くけどね!
私の順番は後の方で、先にライナーの試験がある。今も他の生徒が的を壊す試験をしてるけど、特にこれといって「すごい!」って思える人がいない。
やっぱ期待は勇者だよねえ。
少し緊張してるライナーの側に行く。
「頑張ってね」
「うん。…俺のこと、怖がらないでね」
「大丈夫だよ。むしろカッコいい〜!ってなるかもしれないよ?」
「か、かっこいい…」
「カッコいいライナー見たいなあ」
「頑張る」
グッと拳を握って頷く姿に、期待。
した、んだけど。
名前を呼ばれて前に出て。
的をじっと見据えてから手の中に現れた剣を握るライナー。あれはどう見ても聖剣です。こわい。
剣を構えて集中して魔力の質を高める姿に「あれ、これ思った以上にやばい?」って冷や汗が出てきたけど、使命は果たさなきゃいけないし、むしろもう止められない。
恐ろしいほどに練度が高い魔力を。
勇者は遠距離にある的に向かって、振り下ろした。
その魔力は当然的に向かっていき、防御魔法がかかってるはずの的が一瞬で消え去り。その後ろにあった学校の塀もぶち抜き。さらにはその先の山も目でわかるほどに抉りとった。
たったの、一撃で。
唖然とした空気の中。
この状況を生み出した勇者が振り返って笑う。
「えっと、マコちゃん。どうかな…?」
うそでしょ…。
これはダメだ。無理。
母上、はやく逃げましょう。