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身体欠損系勇者の話あれこれ

欠損勇者が魔王についっていったその後の話

作者: 三須美ソウ

『有名なセリフで魔王に誘われついていくことにした勇者の話』(https://ncode.syosetu.com/n3258gg/)の続編です。



勇者と魔王との協定が成った。張りつめていた空気が霧散されていった。


「そうは言ってもな。今のお前では何も為し得ないであろう」


魔王のその言葉は正しく、勇者はどこをどう見ても満身創痍であった。

この交わした右手を離せば再び勇者の体は地に倒れ、手放した剣がなければ起き上がれない。

無くした身体の一部には特に何も思わないが、自力で身を起こせないのはさすがに不便だなぁとどこか他人事のように勇者は我が身を振り返った。


「今のお前の最優先事項は休息だ」


交わしたままの右手を魔王は力を込めて引き勇者の体を自身に引き寄せた。

踏ん張る力も持たない勇者はされるがまま、よろけた勇者の腰を左腕で支え、勢いに任せて勇者を持ち上げ自身の左腕に乗せあげた。


「我はなんでも知っておる。まともに眠ってもおらぬのだろう」


持ち上げられた姿は、例えば父と幼子のよう。

勇者は抵抗せず魔王に抱えられるがまま大人しくしていた。

足元に転がる聖剣に魔王は冷たい一瞥をくれてやり手下へ指示を出す。適当にその辺にでも埋めておけと。

それきり、興味はないとそれらに背を向け、ゆったりとした足取りで奥間へ戻る。抱き上げられた足が魔王の歩調に合わせてぶらぶらと揺れた。


「心ゆくまで休むがよい」


敵対していた相手に対する言葉とは思えないその声色はもはや遠い幼い思い出で呼び起こされたようで、感じ得る心がまだ自分にも残ってたんだなぁとやはり他人事のように考える。

それでも。こういうのも悪くないな。じんわり染み入る魔王の言葉のまま、勇者は横たえられたベッドに身を預け意識を途切れさせた。



***************



「それで。彼奴らはどうしておる」

「今は特に何も。勇者がこちらに寝返ったことも知らないようで、常と変わらずのほほんと過ごしているようです」


玉座にて、その巨体に合った重厚な椅子に腰かけて手下から報告を受ける。

派手に破壊されつくした玉座の間も残骸はすっかり片づけられ、勇者との激闘の過去はこの部屋からは想像できない。

ただ、勇者一行の奮闘の証はこの城に残されている。それは別室に運ばれていた。勇者の寝かされている部屋の隣室に在り、ベッドに横たわっているのは勇者の最後の仲間だった。勇者と同じように寝かされていたが彼と決定的に違う点はある。息があるか否か。

勇者と魔王の一戦が行われる前、階下で命を落とした最期の仲間は丁重に扱われていた。

それらの指示を下した魔王は、そうであろうな、と報告に対して感想を述べる。


「所詮彼奴等にとっては他人事よ。自分の近辺だけが平穏であればそれでよいのだ。世界の命運をかかっていようとも全て他人任せ」

「さようでございますな」

「我らのように飛ぶ翼もなければ早く駆ける脚もない、一朝一夜の出来事を把握せよとは難しい話ではあるがな。それでも現状を把握せねば次にとる手段も講じえぬと思うが」


人間は勇者が敗れるなぞ考えてもいないのであろうか。それほどに信頼を置いているか。

誰も振るえなかった聖剣を拾い上げたというだけで勇者に選ばれた人間。

魔王側から見れば所詮は人の子であるが、人間社会のなかに在れば選ばれた輝かしい存在に見えたのであろう。


担ぎあげられた。担ぎ上げられてしまった。

勇者ならできるだろう、勇者なら魔王に勝てるだろう。自分たちがなにもしなくても。勇者なら。勇者なら。

聖剣を振るえるというだけで、特別に強かったわけではない勇者。それでも周囲の声が勇者たちを前へ進ませ続けた。弱音を吐くことも許されず、穢れだなんだとろくに休息をとらせてもらえず進み続けた。だが、身体は前に進もうとも心は追いつけず、気づけばどこかに落としてしまった。探す暇なんてなかった。


「そもそも勇者にだけ命運を預けるというのも理解できぬ。倒されるかもしれぬとは考えないものか」

「それだけ我らが侮られていたということでしょうか。はたまた我らを倒しうる可能性のある剣を過信していたのか」


はっ、と報告を続けていた手下はせせら笑う。

この手下は魔王にとっては腹心であり、人型をとった魔族であった。擬態を得意としており人間界に入り込み情報収集や情報操作などを手がけることが多い。

頻繁に人間界に溶け込み諜報活動を行なっているが故に、普段の人間たちの営みもよく知っていたし、勇者一行に対する人間たちの言動なども目にしてきた。

あれらが自分たちを助けてくれる存在に対する対応か、と何度思ったことか。敵側である勇者一行に対しても色々思うところも多少はあった。

だからといって攻められるこちら側が手を抜くなんてことはあり得ないため、それはそれとしていたが。


「肝心の勇者も寝返った今、もはやどうでも良いか」

「ごもっともで。それで魔王様、今後の方針はいかがしますか。一応は人間側との決戦が終わりましたが」

「そうさな。そろそろな、始めようかと考えておる」


人間への侵略を。


「手下どもの育成もそろそろだろう。勇者もこちらの手にある。各地で起こる小競り合いも飽きた」


魔王を筆頭に魔族は今まで積極的に人間へ攻め入るようなことはしなかった。

個々での力の差は歴然であったし、数で攻められようとも頭さえ落とせば烏合の衆と成り果てるものたちを驚異とは感じていなかった。

せいぜいが人間からちょっかいを出されたら積極的にやり返すくらいであった。

自分たちでは敵わないと知り諦めれば良いものの、性懲りも無く繰り返す。何故そうも彼奴らを駆り立てるのか。魔族側からの侵略行為も、人間側に比べれば多くもないのに。

たまに人間側にも強い個体が現れるが、それでも魔王が出てくるほどでもなく、手下衆をまとめる将クラスの魔族が出てくれば事なきを得ることがほとんど。

驚異とは感じていなかったが、勇者を通して感じたことは、この世界に人間は要らぬのではないかということだった。

手下が殺されることもゼロではない。魔族を統べる王としていずれは下すであろう決断のため、手下を育て力を蓄えてきた。敵対するものどもの情報も充分ある。あとはいつ実行に移すかというタイミングのみ。


「勇者が万全となれば始めることとする」

「承知いたしました。ではそれまでは引き続き情報収集を。何かあればすぐお呼びください」


一礼し、魔王の腹心は玉座を後にした。

魔王は右腕としている腹心をはじめ、複数の手下を呼びつけ、先ほどと同様の宣言を告げる。

ついにこのときがきた、と色めきだつ手下たちを魔王は薄く笑みを浮かべて見守った。気持ちはわかると。

ざわつく手下にもう一声かけるため、魔王は手にしていた杖をこんこんと2回床を叩き、静まるよう合図する。一同は一斉に静まった。


「故に、次に我が皆を集めるときこそ我らの戦いが始まるであろう。各々準備抜かりなく進めるように」

「はっ!!」


覇気良く応える手下に気をよくして魔王は立ち上がり、奥間へ下がった。



次出来てます。→『欠損勇者が魔王についっていったその後の話の続き』(https://ncode.syosetu.com/n3131gi/)

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