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人民広場への道のりは近くないだ。駆けている賽博が周囲を眺め回していて、景色を視野にいっぱい入らせる。パソコンの画面と比べて、やはり強くてはっきりする異様感がある。喩えて言えば、視覚は360度見渡せるスクリーンになって、さらに聴覚、触覚、嗅覚までもこの世界をありありと感じ取れるようになった。ひらひらと耳に微風の音、ぽきぽきと踏まれた枝が折れる音、建物の外壁に残っている藤蔓のしっとりほんのりする匂いが実感している。もしかしてこれが夢?と考えながら、こんな生き生きと感じられるのに驚く。
〈エルダー・テイル〉は(ハーフガイア〉というプロジェクトで地球を模して、二分の一サイズの地球をゲーム地図にして、その範囲は現実世界の全体を含めて作製されて、一方、物語のテーマは中世ヨーロッパ風のファンタジーにされている。その時代感の差異は、ゲームの中に【遺失文明】という設定で解釈して調和されている。具体的に言えば、公式サイトの紹介によりますと、(ハーフガイア〉プロジェクトで示す地球環境、特に人工建築——例えば、高層ビル、地下鉄トンネル、高架橋など——これらは(神代〉伝説中の文明の遺産で、今は千年以上で滅びたと設定される。そのため、地面に残っている現実世界の建築は倒壊して、早々に動植物の群れに盤踞されている。それと比べ、後ほど大地に再興されてきた文明の方が文学作品の中の中世ヨーロッパ風のような古典的で浪漫的に感じられる。
こんな対照的なゲーム設定があるため、世界中のプレイヤーさんがよく各々街に出かけて、ゲーム画面をプリンタする紙と比べて撮った写真をネットに投稿して他のプライヤーさんと共有する。近年、みんなは直接にゲームが起動しているタブレットPCを持って実景と比べるのも楽しむ。さらに、世界各地では「ゲーム VS 実景」のように実際のところに訪れったり、コスプレイしたりしている方もいる。ある時期、中国国営メディアと教育界のような保守的な組織さえもこのブームについて、積極的に評価した事がある。〈エルダー・テイル〉が「オタク族」を出掛けさせてミュニティに出させて、新しい地域関係を結ぶようにさせると言われた。一方、このゲームが「オタク族」を現実世界と仮想世界を区分しにくくさせるという反対の意見もあった。
出鱈目な話だ。——これらの評論を考えると、無力感ともに笑えると賽博が思った。ドイツのプレッツェルのように専門家や社会に曲解された「オタク族」という言葉の意味は、本来、二次元作品のファンという意味の「OTAKU」との間、どのくらい差があるのはとりあえず*、簡単に考えれば、現実世界は現実世界である、二次元世界は二次元世界である。という事実がすぐ分かるだろう。前者は地獄、後者は理想郷であって、涇渭のようだ。
*中国語「御宅族」は「オタク」と違って、ニートの意味に近いです。
賽博が自信を持ってそう思っている。今、この自信がこの上なく強くて堅くなった。そうじゃないか?原因がわからないだけど、現在、彼はまさに二次元の世界を歩いている。今から、悲哀と失望が二度とあるわけがなくて、残念と求不得苦も二度とあるわけがない!自分がこの時、こんな中二病的な精神をもう一度煥発するに誇りに思う。目の前のあらゆる事物は、道に降り注ぐこの春の午後の太陽光のように、明るくて、広くて、盛観を呈する。
人民広場に来て、いや、正直と言えば、〈エルダー・テイル〉の中に、上海市の人民広場を真似て作ったあのプレイヤー広場に来て、会いたがる一人がいる。名前はリリィ、一人のNPC——Non-Player Character、つまり俗に言うと、ゲームシステムのキャラクターである。ゲーム時代のセリフの中では、彼たちは〈大地人〉と自称していた。賽博が確信するのは、この奇異な事変が起った後に、NPCがきっと話すことができるようになって、ある程度(少なくとも行為表現での)人間の知恵が持つようになったということ。彼にとって、これは数学公理のように確実で無論である。考えてみよう!プレイヤーさんたちはこんな奇妙な形でこの世界に飛び込んで、こんな真切の世界を感じていて、まさかNPCたちはリピーター機のように一つ二つだけのセリフを繰り返すことで呆然するのは無理だろう?もしそうなれば、それこそは不思議だろう!あるファンタジーの伝統によって、こちらのNPCたちもある程度の変化が起こったと賽博がそう思っている。
この少女と会いたいのは別の理由もある。あれは〈エルダー・テイル〉の世界に、初めて見た真摯的で含羞む微笑みだった。記憶の中、中学時代のある夏日、夏休みの中に、〈エルダー・テイル〉のゲームクライアントをダウンロードするのは夜まで。深夜、困憊している彼がゲームを起動して、新規キャラククターを作成して、初心者クエストを完成させて、〈大都〉のプレイヤー広場に入って、……次第に、時間が翌日の朝6時になっても、賽博がまだパソコンの前に奮闘している。ディディディと、あの時、ゲームのシステムの効果音が鳴って、プレイヤーさんの持っている〈疲労度時計〉の〈疲労度〉をリフレッシュさせるのが必要というお知らせがきた。システムのお知らせに従って、彼が賽博というキャラクターを操作して、ダークブルー色ファンタジー風のイブニングドレスを着ている〈大地人〉少女の前に移動させる。あれはリリィ。名前が子供っぽくて覚えやすいけど、容姿端麗な少女である。彼女はまさに中国サーバ特有な〈疲労度システム〉の管理NPCである。
「おはよございます!親切な〈冒険者〉賽博·卡雷庫特。元気の魔法を注ぎましょう!」
「ポンポンと、疲れ〜飛んでけ〜!」
「新しい一日、いってらっしゃい〜!」
〈疲労度システム〉を理解するのは後日のことにもかかわらず、この親切な挨拶は彼を注目させた。スクリーンの外のプライヤーの自分も、何か元気の魔法を取り込んだようだった。オンラインゲームを初めて遊びにも関わらず、徹夜してしまった。立ち上がって窓の外に立つと、夏の朝、夜明けの太陽の光が町の空気を穿ったようだ。ゲームの世界がいい、先ほどのNPC少女の挨拶と微笑みがこの朝の光のように暖かい。しかし、身体の疲れが実で、ゲームのキャラクターのように、一言で払うことができない。時間はもう翌日の朝になったのを覚えてきた彼が、ゲームを止めてパソコンをシャットダウンしても、依然とこの気持ちを抱いて入眠する。
これは、賽博が初めての〈エルダー・テイル〉徹夜遊びの経験だった。他の戦闘操作はもう忘れたかもしれないけれども、この思い出は今でも記憶に新しい。その後、他のプレイヤーさんと同じくレベリングしたり、装備を強化したり、バトルしたりをしている。ところが暇があれば、ここに近寄って、このNPC少女をクリックして、何か新しい会話セリフを掘り出せるかどうか試してみます。このまま、賽博がだんだんとゲームの内容に対して興味を持つようになって、種族や世界観やゲーム物語などの情報に対してもより一層興味が強く持って、ゲーム情報の考証ファンになった。もちろん、リリィというキャラクターがゲーム物語中の身分も分かるようになった。
二次元ファンたちの名言で言えば、賽博にとって、彼女は「僕の嫁」的な存在である。
朝な夕な思い慕う少女のところ今の自分がそこに走っていくのを考えて、それだけでもワクワクしている。この世界はどうなっているのは無関心、そう、世界には無関心だ。目の前にもっとも大切なことは、無我夢中であの子に会いにいくことだ。この異世界との紐帯が絶える前に、この夢が目覚し時計に絶たれる前に、この世界が通常に復原する前に、いまこの天与の奇跡を助力にして、長い間に桃花潭水の深さのような慕情を自分の口であの子に伝えるように。
〈大都〉プレイヤー広場に着いた。こちらはギルド会館前の広場、現実世界でも、この芝生エリアの中心部に二つ正方形が45度の角度で重ねていて、八つ角の魔法陣のような形が飾られている。ゲームの世界は勿論そのままにしていて、より一層の神秘感が現実世界と相呼応している。現在では、プレイヤーさんたちが三三五五でここに集まっているのは見える。一部の行動力があるプライヤーさんはお互いに次々と話している。後ほど、パニックに陥るプレイヤーさんたちここに占められて、ゲーム時代の冒険チームを組むために大声で呼び掛けのような賑やかさと狂乱になるのは、予想できる。
人ごみを通り抜けて、賽博はリリィに向かって進む。嗚呼、なんと、この自らその場に臨むのを超えた没入感!現在は、心中を打ち明ける時だ。現在は、この世界の新しい恋の伝説を綴る時だ!
「リリィ——
リリィ。迎えにきたよ!私と一緒に行こう。これからもずっと一緒に。一緒にしていただければ、幸せを与える。名誉の取り戻しと身分の恢復も助ける。共有の産業を興す。リリィ、いや、正式で呼ぶべき,」
「恐れ入りますが、あの、どなた様、でしょうか?」目の前の少女が可愛く頭を傾けて、その愛々しい顔がゲームの画面のより心を掴む。「私は〈冒険者〉たちの疲労度リフレッシュの手伝う〈大地人〉ですが。どなた様でしょうか?」
意気込みが止まった。思惟が詰まった。話も絶えた。
「いや、ぼ、僕は……」
賽博·卡雷庫特が、一時絶句した。
こうなるはずがない。どうしこうになるの?賽博は話を続かない。
当然、賽博は自信が持っている。それは、目の前の<大地人>少女についての情報は他の誰かのプレイヤーにも負けない、しかもゲーム代理会社の誰に負けないだ。数千万字のゲームの物語中に彼女の身世を探究して、何百枚の同人イラストの中に彼女の各様の表情を見て、禁忌の技術を用いて彼女が<法儀族>としての紋様が何処の肌に刻み込まれるのも分かった……彼女のこと、賽博はちゃんと知っている。しかし、賽博が自分のことが、分からない。
「僕は、<冒険者>だ。ずっと毎日ここで疲労度をリフレッシュしてくれて、ありがとう。別の用件がないだが。では、また……」
がっくりとお辞儀をして、賽博が逃げるように立ち去った。
こうなるはずがなかった!全然こうなるはずがなかったのに!
すぐに久しぶりに再会する恋人のように飛びついてくれるのは妄想だけど、「長い時間で親しく話し合う」とか「優しさと恋しさにあふれた目」とか「思い切って彼女の手を引いて立ち去る」などのシーンがあるはずだった。これらのシーンがないどころか、今は狼狽して、本当に不面目になった。
今は、賽博が世界の悪意を感じる。その、「三次元」(現実世界)と呼ばれる世界の構成原理に定着する悪意だ。
——確かに。これはもうゲームではないこと。現実に真似する世界になった。NPCも<大地人>になった。先の短い会話から、彼たちはある程度知能があるのを大体判断できて、自然言語で話すこともできそうだ。しかし、この異世界の<大地人>たちは、まさにゲーム世界のNPCからの完全コピーということが、誰でも言えない。もしかすると、ただの外見の真似?この奇怪な世界、必ずしも〈エルダー・テイル〉ではないだろう。もしかすると、ある世界意識の悪意に基づいて生まれた産物である。
世間は虚仮だからこそ永遠になれる。——これは、賽博が「二次元」、「フィクション作品」に対する賛美だったけど、今は呪いに化した。
気持ちが悪い。騙られてしまうという気持ちが心の中に湧いている。
それで、この世界に現れた自分は、誰だ?
狼狽した状況と混乱した感情による衝撃を受けて意気消沈する賽博は、ひとりで江の岸辺に座っている。