移民の歌 四話
練習作品第四話。
インターミッションというやつです。
目が覚めると、ベッドにはおれひとりしかいなかった。
初冬と言い張るにはいやに強い陽光が、ロールスクリーンの隙間からおれの顔を照らしていたようだ。まぶしさから逃れようと、まぶたが自然とずり上がっていくのを感じる。
おれは勝手に閉じようとするまぶたに鋼鉄の精神力で打ち勝ち、くわっとまなこを開く。
サイドテーブルから空のビール瓶をのけ、愛用の軍用腕時計を手繰り寄せると、すでに朝の9時を回っていた。前日は朝の3時から犯罪者相手にてっぽうを振り回し、夜も女相手に自前のてっぽうを振り回し(おっ、下品だな)、なんだかんだで思っていた以上にくたびれていたらしい。
誘惑し続ける毛布をはねのけ、部屋の片隅で丸まっていた3XLサイズの下履きにてっぽうを収め、背を大きく伸ばす。一日ちょっと前に鉛玉を食らった5発分の痕が、ほんの少しだけ痛んだ。
昨日の出動で被弾していたため、規定によりおれは48時間の強制休暇を付与されている。本来は1泊2日の検査入院のための措置なのだが、防弾チョッキ(あと、おれの分厚い背中の皮膚)が余程いい仕事をしてくれたらしい。診てくれた医者からの「ツバでもつけとけ」という有難いお言葉とともに、おれは早々にフランスの逼迫する医療予算と、いつも空きの足りないベッドを節約することに成功したわけだ。
ちなみに医者からは、「撃たれるなら血の出ないところにしろよ、お前の輸血は並じゃなく手がかかるんだから」とのありがたいお言葉まで頂戴した。
Putain、仕事しろヤブ医者。
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寝室の鎧戸を開け、雲ひとつない晴れ空の陽光と、冷たい空気を部屋に取り込む。もうすっかり秋もどこかへ引っ込んでしまった。
この集合住宅が建てられたときから取り替えていないんじゃないか?と思わせるほど古ぼけた鎧戸が、少し開くごとに、ぎいぎいと嫌な音を立てる。蝶番が莫迦になっているのだろう。
ちょっと修理するか、油の一つも挿してやろうか──と思い、すぐに考えを打ち消す。勝手知ったる他人の家だが、工具箱の位置までは知らないのだ(そもそもあるかどうかも知らないんだよな)。
4階の窓から表を見やり、手すりに肘をかける。もちろん全体重を掛けたりはしない。ただでさえ年季の入った集合住宅なのだ、同様に古めかしい手すりに命を預けたくはないし、よしんば自分が落ちなくても手すりだけ目の前の歩道に落ちたりした日には、怪我人だなんだでえらいことになるだろう。
そんなとりとめのない事を考えつつ、建物の古さをなんとかカバーしようと、薄緑色の西洋漆喰で丁寧にお化粧された外壁を眺めながら、おれは妙にほてった両頬を寒空にさらすことを楽しんでいた。
フランスのお天気は今日も晴れ模様、雲ひとつ無い蒼空はどこまでも広がり、お山の彼方には虹が立ち、おれは休みを満喫中、だ。
そういえば腹が減ったな。なにか食うものは──と思ったところで、窓の下の方でガキが喚いている声がした。
階下を見やると、小学生くらいだろうか? 5,6人の男子が、おれのことを指さしてなにか騒いでいる。
何を騒いでいるのかまでは聞こえなかったが、どうせガキの騒ぐことなどろくなことではないのは万国共通だ。少なくとも『あらアラン・ドロンにそっくりねぇとっても素敵だわぁウフフ』などと褒めそやしているわけはない。
ばかばかしいので、くわっ、と歯をむいて威嚇してやると、わぁっと逃げちって行った。おれはその背中に、学校サボんなよ! と投げかけ、窓を閉じた。おお、讃えよ『大魔王』様の怖い顔。
内装がリフォームされたばかりの、たいそう立派な電磁調理器の入ったキッチンには、ばかでかい冷蔵庫や妙に威圧的な観葉植物とうらはらに、やたらと簡素な二人がけテーブルがセッティングされていた。折りたたんでキャンプに持ってくやつじゃないか、これ?
そのテーブルのうえには、ジジュが朝食べていったらしきフルーツ&グラノーラの大袋と、何かのメモ書きが残されていた。
おれはメモ書きを拾い上げ、目を通す。読めない。
上下逆なのかとメモをくるくる回し、裏側もためつすがめつ回してみて、ようやくアルファベットでないことに気がついた。
「フランス語で書けよ、アホめ」
おれはそう言って、メモ書きをテーブルに戻す。どうせ大したことは書いてないだろう、『シリアルを食べていいけど全部は食べるな』とかなんとか、そういう程度のアレだ。そもそも食わねえよ。
一人暮らしには明らかにでかすぎる、ライムグリーンの冷蔵庫ドアを開ける。ビン詰めの軟水、牛乳、チーズ、卵、バター、ジャム、野菜、野菜、野菜野菜野菜野菜野菜。
おれはまたため息をついて冷蔵庫を閉める。ああ、だと思ったよ、あの菜っ葉食いめ。
あいつは昨日もそうだった。昨日、持ち帰りで買ったイタリアンディナーだ。折半して買ったくせに、子羊のグリルもカラマリも全部おれに食わせて、あいつはピッツァ・マルガリータだのアーリオオーリオだの芽キャベツのスープだの、小麦と菜っ葉ばかりで済ませていた。自分で肉を買っといて、なんで食わねえんだろう。ジジュと知り合ったのはRAID配属後なので、一応それなりの日数は経たと思うが、草木ばっかり食ってよく満足できるもんだと常々不思議に思う。
おれはこの場にいないジジュの代わりに、くわっ、と観葉植物に歯をむいてやった。この木め!
空腹に耐えかね、シャワーもそこそこにおれはジジュの家に鍵をかけ、外に向かっていた。
歩道に足を踏み出すやいなや、ぴゅう、と寒風が吹きすさんだ。おれはコートの襟を立て、マフラーにくるまれた首筋をぶるりと震わせた。首筋が寒いというのは、どうにも趣味ではない。
そんな寒空のもとに踏み出すのは億劫だったものの、おれの食欲はそんなことでは容赦してはくれなかった。いつも行きつけにしているウズベク風の羊串焼きの屋台が、今日も駅前広場に出ているはずだ。まだ10時にもなっていないが、きっと出ている、頼むから出ていてくれ。
仔羊は昨日の晩も食べたが、なんというか、野蛮きわまりない肉が食べたかったのだ。ジジュは絶対に食べないような、強火でガーッと焼いて、脂が口の端から顎にドボドボ流れていくような、強烈に味の濃いやつだ。
あいつの食膳はなんだってこう、緑、緑、緑ばっかりで……
ん? あいつ、緑色が好きなのか?
不意にそんな考えが脳裏によぎり、ふりかえって出てきたばかりの集合住宅をまじまじと見つめる。
この家ももしかして壁の色で決めたのか? 観葉植物とか冷蔵庫もそうなのかね。
そう口の中でひとりごちて、おれはニヤニヤと笑みが浮かんでしまい、あわててハンチングをかぶり直すふりをして表情をあらためた。
ただでさえおれの顔は怖いのだ──小学生が指をさして騒ぐ程度に──、路上でニヤニヤ笑っていたらどんなことを言われるか知れたものではない。
そんなことよりシャシリクだ、と歩き出したおれだったが、尻ポケットのスマホがぶるぶる振動しているのに気がつき、ほんの数歩でまた足を止めた。
アドリアンからのメールは、今晩飲まねえか、とのお誘いだった。
太い指で苦労しながらスワイプし、快諾の返事を送る。
よし、今晩も肉と酒を下品に食らってやろうじゃないか。
やがておれは、フランス名物の虹の柱よろしく、真っ直ぐそびえるシャシリクの大串にありつき、「なるほど確かに大魔王並の食いっぷりだ」というよくわからない評価を屋台のおっさんから頂戴したのだった。
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地下鉄の窓に映る自分の姿を見て、その男はますます嫌な気分が膨らんでいくのを感じていた。
──いつの間にか、こんなものに乗ることに慣らされてしまった。
22時30分までに、登録先の清掃会社に出勤する。
23時15分頃には着替えと準備を済ませ、社名入りのバンに乗ってその日の夜間清掃の契約先に向かう。
23時40分くらいに現場に入り、23時55分には清掃機をロッカーから取り出して、床清掃をはじめる。
06時30分までには窓清掃を含めて完了し、各種分別ゴミを回収し、自社に戻り、制服を返して書類を書く。
07時45分に退勤する。
こんな生活を、いったい何年続けてきたのだろう。
その男は、窓に映る自分の髭だらけの顔を見て、急に鼻の奥が熱くなるのを感じた。
──泣く? 俺が泣きそうになってるだって? 外でか?
ばかな、俺は男だぞ。故郷では戦士と呼ばれた男なんだぞ。
鼻をすすって、気力で涙をどこかにおいやる。そして自分を勇気づけるように、頬と顎を覆う髭を左手でなでる。
やがて地下鉄は男の住まう最寄り駅にたどり着き、ぷしゅっ、と音を立ててドアが開いた。
男はドアに向かい……つんのめる。
足を、引っ掛けられた。
ほとんど転倒しそうになりながらホームにまろび出た男は、床に手をついてギリギリで踏ん張った。すんでのところで顎髭の先端を地面にすりつけるところで、男は安堵のため息をついた。
肩口から落としかけたバックパックを背負い直しつつ、憤怒の表情で背後を振り返る。
閉まりゆくドアの向こうで、10代だろうか、髪をピンク色に染めたパンクスのカップルが大口を開け、ピアスだらけの舌を出し、男を指さしながら大笑いしていた。
怒りに震える男にホームに残し、地下鉄はそのカップルを乗せて走り去っていった。
こういう目に遭うのは、はじめてのことではなかった。
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「あれはロジェの馬鹿が悪いんだよ」
「おい、よせって」
おれはその晩、特別介入部隊の所属分隊メンバー3人と連れ立ち、警察署近くのプールバーでグラスを傾けていた。この店を見つけたのが誰だかは忘れたが(少なくともおれじゃない)、酒、飯、値段、ビリヤードにスロットカーレーシングと、いろんな理由でいつの間にかおれたちの行きつけになっていた。
オレンジ色の間接照明と1950年代のスムース・ジャズの響く、安らぎと落ち着きを与えてくれる店内で、おれたちはL字カウンターテーブルを占領しつつ、ローストチキンにかぶりついていた。
今晩の話の種になったのは、はからずも昨日の麻薬工場の急襲作戦だった。おまえら昨日はどこで道草食ってたんだ、というおれの一言に、部外者に聞かれても困らない程度に単語を選びつつ、アドリアンがラム&コーラを片手に話しだした。
「大魔王がぶち破って出てった窓から、ロジェも出てこうとしたんだよ。窓からサッ! と飛び出そうとしてよ。
そしたらこいつ、しょってた短機関銃が穴にきれいに引っかかりやがって。
外にも出られねえ、室内にも戻れねえで、バタバタもがいててよ」
「ありゃ情けなかったぜ」
「悪かったって言ってるだろ、勘弁しろよ」
A班の同僚、ロジェ・グエン──アルファ3──がカンパリソーダをテーブルに置き、おれに向けて手を合わせ、頭を下げた。さながらブッダのように感じたのは、ロジェがアジア系だからだろうか。
「それであの時、いつまで経っても誰も支援に来なかったのか」
「おお、ロジェの銃の背負い紐を外そうにも、金具が変な具合に壁に食い込んじまっててよ。
しかたないんで玄関から出て、ロジェの正面に回ろうとしたら、裏庭に行くまでの小径もよくわからんゴミがどっさり積まれてて、通るのに一苦労さ」
身振り手振りを交えながら、ロジェと同じ短機関銃手のイスカンダール・ババ=ディアキテ──アルファ2──が熱く語る。ボディランゲージはいつもながら過激で、マンゴージュースのグラスを振り回さんばかりだ。
ちなみにこの4人で飲むときは、IBに酒を勧めない、そして豚肉のメニューは頼まないのがルールだ。信仰があるのに飲みに付き合ってくれるのは嬉しいものだ、ならその意気に応えるのは当然の配慮ってもんだろう?
「やっとこゴミを乗り越えたら、大魔王の声がしてよ。動くなーって。
そんでようやくロジェのとこにたどりついた途端に銃声だよ、バンバンバン!って。
あんときゃあ生きた心地がしなかったね」
白い歯をきらきらときらめかせ、IBはおれがピンチに陥っていた時の裏舞台を面白げに語り続けた。薄明かりのせいか、いつも以上に闇に溶け込む肌──おれの知る限り、ジジュよりさらに濃い闇色の肌はIBくらいだ──のエボニーさ加減と、その白い歯のコントラストが妙に艶めかしかった。
追加注文した”Uボート”を受け取りつつ、L字テーブルの端から身を乗り出してアドリアンが語りを繋いだ。
「で、ロジェのアホを引きずり下ろして、B班とかと裏庭に着いたら、おまえがとっくに犯人共に血ヘド吐かせててさ、ありゃ参ったね」
「んで『5発撃たれたけど問題ない』だもんな、笑うしかねえだろ、こんなの」
「ほんとアドリアン、よくつけたよな、〈大魔王〉って。これ以外ねえ!っていう無二のニックネームだよな」
「あのアニメの話をしたから咄嗟につけただけだったんだけどな、ハゲてるし」
「ストレートにハゲって言いやがったな!」
おれはアドリアンの首を絞める真似をして、アドリアンが化学合成絹を裂くような悲鳴をあげる。そして4人はいっせいに、どっ、と笑う。
そんな流れるようなトークを笑いながら聞く一方、おれの脳内は別のことを考え続けていた。
『ヨソモノじゃねえか』
『てめえもよそものの癖に、フランス人のきんたまをしゃぶりやがって』
『おれと何が違うってんだ、このイヌ野郎』
逮捕した麻薬密売人のシェフの怨嗟の言葉が、どうしても耳に引っかかり続けていた。
移民。移民、か。
アドリアン、IB、ロジェ、そしておれ。
こうして飲みに行くような仲になって初めて知ったことだが、移民の血筋なのはおれだけではない。おれたち4人のの出自は、揃いも揃ってかなり特徴的なのだ。
アドリアンの親父はポルトガル人で、仕事の関係でこっちに移住した。で、こちらで知り合ったフランス人女性と結婚し、産まれたのがアドリアン。ポルトガルとフランスのハーフというわけだ。
だがその母親だが、フランス人とは言っても両親がソベェト……? だかなんだったか、今のウクライナから移住だか亡命だかしてきた人だというから、4分の3はフランス以外の血が流れていることになる。
IBは父方の祖父が今で言うコートジボワールの生まれで、母親はその祖父の出身地から、地縁を頼ってフランスに来たコートジボワール人女性、という移民二世と移民一世の父母を持っている。3男3女の長男で、IBを含め、全員が日に5回メッカに向かって祈るそうだ。
ロジェは両親のどちらもベトナム系だ。ただ、母親こそフランスに留学していたベトナム生まれのベトナム人だが、父親は3代前からフランスに移住していて、ベトナム語はほとんど話せないと聞いたことがある。となるとこっちは移民三世と移民一世で、家庭内の会話もフランス語と言っていた。
こうして見ると、おれ以外の全員がフランス生まれということになる。
アルファ、肌の色は全員違うってのに……
なんだ、『よそもの』なのは、おれだけか。
一瞬のうちに心を占めた寂しさをごまかすかのように、俺は手の中で温くなりつつあったアイリッシュ・ベルベットを一気に喉に放り込んだ。
コーヒーの芳醇な香りを含んだ、蒸留酒の刺激的なアルコール分が胃の腑を灼くのが全身で理解る。
焼け、燃やせ、焚き上げろ。こんなネガティブな気分、その黒い業火で焼き尽くしてしまえ。
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フランスの各自治体は、貧困家庭向けの福祉政策のひとつとして、安価で借りることのできる住宅を提供している。
そうした住宅が集まった一角、地下鉄駅から徒歩で数分の位置に、男の住まう古びた集合住宅もあった。
エレベータではなく階段をのぼり、自宅のドアを開ける。
いつものように、ただいま、と故郷の言葉で男は言った。
室内からも同じ言葉で、おかえり、と幾人かの声が返ってきた。
男はこの薄汚れた部屋で、同郷の友とルームシェアをして暮らしている。
朝に帰り、昼は眠り、夜はどこかで掃除をし、そしてこの部屋の中では絶対にフランス語を使わない……そんな生活を、数え飽きるほどの日数を送っていた。
荷物を床に置くと、男は服も着替えず、髭を整えることすらせず、床に直に敷かれたマットレスに倒れ込んだ。
うつろな目で板張りの天井を見上げていると、さっきの地下鉄でのできごとがまた脳内をフラッシュバックしていった。
──仕事を終えて、列車から降りようとしただけだった。
あいつらには俺は何もしていない。
なのに、俺は足を引っ掛けられ、転ばされそうになった。
奴らは謝りもしなかった。
あざけるだけだった。
中指を、立てた。
いったい、俺が、何をしたというんだ。
まどろむことすらできず、いったい何十分そうした呪詛を吐き、天井をにらみ続けていただろう。
ふと、耳に雑音混じりの、どこかで聞いた声が聞こえてきた。
安普請のこの部屋では、下の階の住人が見ているテレビの音声がよく聞こえることを、男は思い出していた。
『──結局の所、彼らがフランスにもたらした物より、彼らにフランスがもたらしている物の比重が大きすぎるのです』
──あいつの声だ。
テレビ局で俺を罵った、あのデブ野郎の声だ。
『要するに社会保障額です。移民たちが濫費する福祉を他のリソースに振り向ければ……』
──何が福祉だ。
『若者はやりたい仕事につけない、あってもその椅子を移民と奪い合うことを余儀なくされているんです』
──俺たちは、こんなことをするために、こんな目に遭うために、故郷を離れたんじゃない。
『先程の繰り返しになりますが、フランスは将来の希望が持てない国になりつつあるんです』
──やりたいこともやらせず、夢を見させるようなことばかり言って呼び寄せたのは、誰だと思っている。
『フランスの若年層の失業問題を現政府は一過性のものと考えているのではないでしょうか?
大学で科学や経済を学んだ、将来フランスを背負う人材が、駅の床掃除をしている現実があるんです』
──俺だって、夜中に床掃除をするために、こんなところに来たんじゃない!
いつしか男の両瞳からは、とめどなく涙が流れ、誇りのはずの髭を濡らし続けていた。
同じように、床下から聞こえる移民優遇に対する批判的論調は、いつまでも途絶えることがなかった。
マットレスに仰向けに転がった男は、震える右拳でそのマットレスを殴りつけつつ、口の中でぶつぶつと呪詛の言葉を吐き続け──そしてその嗚咽は、やがてひとつの言葉へと帰結した。
「殺してやる」
なんとか年内に完結させたいものです。