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勇くんと12人の嫁  作者: 夏目八尋
第一章
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第9話

 異世界転生初日に俺を襲ってきた魔人種のくちばし男が、シルク達が生活するヒュリム国に侵略してきたデモン国の兵士だった。


「え、いや待ってくれ」


 固まっていた思考が再び回転しだすと同時に、俺は浮かんできた疑問を口にする。


「その割には、服装がそれっぽくなかったように思うんだけど?」

「そうなんです。彼らの着ている服も持っていた兵装も、およそ戦をするための物じゃありませんでした」


 俺の疑問にシルクが頷く。


「この話は反省房に彼らを捕らえた時に聞いたんですが、報告した私も、村長も、村の自警団の皆さんも、皆その話は与太話だって思っています」

「あ、なんだ冗談……」

「思ってはいるんですけど、実際に戦争は起こっていますし、無視することは出来ないんです」

「……なるほど」


 どちらか分からない以上、より危険な可能性を考慮する必要がある。戦争は起こっている。その事実が改めて強調される。


「ヒュリムとデモンの戦争が始まってから5年。大掛かりな戦は3年ほど前に治まっているんですが、代わりにヒュリム国内でデモンの方達が少々勝手をするようになりまして。自分達の思うまま振る舞い、いざ捕まったら兵士だと名乗り捕虜扱いを求め、ヒュリムの法で裁かれるのではなくデモンへの送還を要求する。デモンの法はヒュリムの法に比べて攻め手に対して甘いですから、戻された先で無罪放免になる場合もあったりして」


 語りながらシルクがため息を吐く。


「魔人種の方にも誠実な方はいるんですけど、あの人達は種族柄お国柄含めてちょっと、ノリで生きているところがあるんで……」

「ノリ?」

「これは噂なんですけど、戦争を始めたきっかけがそもそも、デモン現魔王デモルファス28世の鶴の一声に国勢がノッたからだとか」

「えぇ……」


 一番偉い人がいきなり戦争するぞと言って、それがあっさり受け入れられて本当に戦争を始めてしまったっていうのか。っていうか魔王っているんだ。魔王なんだ。


「そういうわけで、本当の兵士なのかどうか分からなくてもそう名乗られた以上は私達の手に余るんで、巡回兵士さんにお任せしようってことになりました」

「I am sending messengers to the town」

「詰め所のある近隣の町に、昨日の晩の時点で使者も送ってあります。です」

「へぇ」


 驚いた次は感心する。当然、と言えばそうなんだが、彼らは俺がジョアンさんの家でのんびりしている間にもあれこれと動いていたんだ。村のために。


「デモンはヒュリムの北方に位置する国で、今言ったような兵士なりすましみたいな事件も北方で発生していた話だったんですけど、こんな所にまでそういった輩が出始めたのはあんまり嬉しくない出来事だなって」


 危惧するシルクの表情は暗い。でもそれを、村長さんが払ってくれた。


「Let's drop the subject, OK?」

「はい」


 声を掛けられて気を取り直したシルクが、改めて村長との通訳になる。国の情勢についてはもう少し知りたかったが、話が切り替わる気配に俺はこれ以上掘り下げるのをやめた。それ以外にも知らないといけないことは山ほどある。


「今度は俺から聞いてもいいですか?」


 通訳してくれるシルクをついつい目で追いそうになるのをこらえつつ、俺は村長と向き合う。話す相手は間違えちゃいけない。


「OK」

「はい、どうぞ。だそうです」


 微笑み頷く村長に、俺はさらにいくつか質問をしていった。


   ※      ※      ※


「聞きたいことは聞けましたか?」

「ああ、今思いつくところは大体聞けたと思う」


 村長との会談が終わり、俺はシルクと一緒に村長の家から出ていた。時刻はまだ昼になる前、太陽は昇っている途中だ。


「イサムさんは農家になりたかったんですね」

「うん。俺はどこかで畑を手に入れて、それであの苗を増やしたいんだ」


 あの後俺が村長に問いかけたのは、この世界で農家を営むにはどうしたらいいのか、だった。得られた答えは簡単、土地を手に入れ勝手に名乗るか、すでに農家になっている者の下について小作人として地位を得るか、だ。これに関して驚く話が一つある。俺がお世話になっているジョアンさんはこの村一番の農家で、小作人を雇って広い農場を運用する地主さんなんだとか。作物の出来栄えを報告する使者という役割を彼が担うのも納得の理由だった。


「イサムさんが持ってた植木鉢の……イチゴ、でしたっけ。アストルで類似する物があったと思いますが、それの栽培となるとかなりの挑戦になりますね」

「え、まさか他国の物を扱うのは禁止だとか?」

「いえ、そういう話じゃなくて。アストルは創造の女神マナの加護厚く植物が盛っている土地柄で、放っておいても物は育ちます。ですがそれ以外のところではしっかりと手間隙を掛けたり、相応しい育成方法を見つけなければ望んだ結果を得られない。なんてよくあることですから」

「そういうことか。それなら多分、大丈夫だと思う」


 相応しい土地を探す目も、育て方の知識も、俺の中に確かに存在する。


「ここの土地、結構育てやすい気がするんだよな」

「そうなんですか? だったら……いっそこの村に根を張っちゃうのもいいかもしれませんね!」


 やや高い目線の先で見た笑顔に、ふわっと、場が華やいだ気がした。


「あ、どうなさるかはもちろんイサムさんの望むままになさっていいと思うんですけどね?」

「……うん。結構真面目に検討中だよ」


 シルクや、ジョアンさんみたいな人がいるこの村なら、俺も上手くやっていけそうな気がしていて。


「イサムさんのような若い力はいつだって村に必要ですから」

「分かる」


 大きく頷いて、一緒に笑い合う。どうやって生きるかはまだはっきりと決まっていないが、これから決めていく余裕は俺に与えられた。後はじっくりと考えて、一歩ずつ前に進んでいけばいい。


「あ、着きましたね」


 そんな感じで一歩ずつ歩んでいった結果、俺はジョアンさんの家に戻ってきた。


「どうしますか? まだ対話の法術は効力を失ってませんけど」

「えっと、それならもう少しだけ」


 ここまで一緒に来てくれたシルクに頭を下げ、あと少しだけ付き合ってもらう。


「はい、喜んで」


 嬉しそうな彼女の笑顔にもうちょっと甘えて、俺はジョアンさんの家の扉をノックした。


「Yes. I'm going now……What? You do not have to worry, Isamu」


 扉を開けたカルラさんが、俺の顔を見るなり呆れた声を出した。


「気を使うな、だそうです」

「あー、その。ありがとうございます」


 シルクに翻訳してもらって、俺は改めて彼女達の懐の深さに感謝した。


「Haha!」


 頭を下げた俺の後頭部を軽く叩いてカルラさんが笑う。頭を上げて俺も一緒に笑えば、隣でシルクも小さく微笑んでいた。


「泊めてもらったこと、こうして気軽に接してくれること、本当にありがとうございますって、伝えてくれるか?」

「ええ、もちろん」


 俺の言葉をシルクが翻訳して伝えてくれる。口を開けて笑っていたカルラさんが、今度は口元を隠して照れ笑いを浮かべた。笑顔が重なって、本当に心地いい時間を感じる。


「あ、そうだ」


 そんな笑顔を見せて欲しい相手がもう一人いるのを思い出して俺はカルラさんに問いかける。


「ジョルジュ君はどこに?」

「聞いてみますね」


 即座にシルクが翻訳しカルラさんに伝える。


「My son went to the forest. He often goes out to play without cram school」

「カルラさんはなんて?」

「森に遊びに行ったそうです。ジョルジュ君、10歳でしたっけ? 私とアルカもそのくらいの時、一緒に森を駆け回ってました」

「My son has no friends of the same age. I am concerned about his loneliness」

「男の子ですもんねぇ」

「Anyway, you grew up while you did not see it」

「え、あはは。おかげさまで」

「……森か」


 世間話をし始めそうな雰囲気を感じて、俺は一歩身を引く。考えてみればシルクだって、懐かしの故郷に帰ってまだ一日なんだ。積もる話も沢山あるに違いない。


「じゃあ俺、ジョルジュ君に会いに行くよ」

「もう翻訳はいいんですか?」

「カルラさんにはちゃんとお礼が言えたし、ジョルジュ君には、頑張ってみる」

「そう、ですか。頑張って下さいね」


 シルクは本当に優しい。この瞬間も心から応援して笑顔を見せてくれる。


「あ、森の遊び場は村長さんの家から左に曲がった先の森の入り口から行ったところにありますよ。そこですよね?」

「Exactly」

「そこで合ってます!」

「ありがとうシルク。カルラさんにも改めてお礼を! 行ってきます」

「はい、いってらっしゃい。カルラさん。今、イサムさんが……」


 シルクがカルラさんへ向き直ったのを確かめ、俺は村の中を駆け出した。お昼までまだ時間がある。それまでジョルジュ君とコミュニケーションをとろう。


(まずは昨日恥かかせちゃったことを謝らないとな)


 男のプライドは大事だ。それに、ちゃんと踏み込んだらきっとあの子とは仲良くなれる。そんな確信もある。


「行こう!」


 俺はすっかり履き慣れてきた靴を鳴らして、元気に村長の家の前を左に曲がった。


   ※      ※      ※


 森に入って10分くらい、獣道ほどじゃないが自然に作られた通り道を進み俺は目的地に到着する。


「いたいた」


 目的地というか目的の人物、ジョルジュ君はカルラさんの言った通りに森の中で遊んでいた。どうやら一人らしく、彼は何事か声を上げていた。


「He glows blades and knocks down many monsters」


 振り上げた右手を鋭く振り下ろし、体を振って同じような動作を繰り返す。


「His fighting form seems like a dance」


 勢いのままくるりと回って右手が空を薙ぐ。その動きはふにゃふにゃで上半身と下半身がさっぱり噛み合ってなかったが、俺には分かる。


「なるほど」


 ジョルジュ君は戦っていた。その顔はとても楽しそうで、俺はその姿にとても深い共感と懐かしさを覚えた。今の彼は戦士か、あるいは勇者、どこかの国の武将、そんな戦う何かになっているんだ。


「やったなぁ、俺も」


 小学校の帰り道、友達と公園に寄って暴れ回る。誰かがヒーローで、誰かが悪役で、そう、その時は本気でやり合ったんだ。


「……そうだ!」


 一つ考えを思いついて、俺はジョルジュ君に気づかれぬよう回り込む。そして適当な草むらに身を潜めてからタイミングを計った。


「Phew」


 一通り動作を終えてジョルジュ君が息を吐く。彼が完全に落ち着いてしまう前に、俺は草むらを揺らして音を立てた。


「! What!?」


 音に気づいたジョルジュ君がびっくりした顔でこちらを見る。俺はそれに対してゆっくりとした動作で拍手を送り、草むらから立ち上がった。


「Isamu?」

「フッフッフ」

「!?」


 不敵な笑みをしてみせれば、不穏な気配にジョルジュ君が警戒する。言葉は通じない。でも、俺はしっかりと言葉に出してそれを実行する。


「俺に勝てるかな?」


 俺は不敵な笑みのまま相手に右手を差し伸ばし、見せ付けるように人差し指と中指をクイッと数度、持ち上げる。


「!」


 行動の意図に気づいたジョルジュ君は、少しの間きょとんとした後、俺に負けないくらいの不敵な笑みを浮かべて身構えた。俺の売った勝負を、彼は買ってくれた。


「Knock you down!」


 高らかな宣言と共に、ジョルジュ君が飛び込んできた。俺はそれを、全力で受け止める。


「I will not lose!」


 パンチ、キック。遠慮のない攻撃を俺は手で受けたり、脚で受けたり、たまに避けて地面を転がったりしながら、それでも笑いながら立ち上がる。


「Evil is not allowed!」

「ハッハッハ! まだまだ!」


 喧嘩じゃない。でもじゃれ合いでもない。彼はヒーローで、俺は悪役。平和な日々を脅かす侵略者に、ヒーローが立ち向かっている。そこには遊びだけじゃない、本当も含まれている。


「Take this!」

「ぐぁっ!?」


 ジャンプからの全力キック。太ももで受けたがものすごく痛い。が、代わりにジョルジュ君は地面に転がった。


「隙だらけだ!」


 周りの広さを確かめてから、俺は起き上がろうとしているジョルジュ君を抱きかかえ、次の瞬間。


「ふんぬぁ!」

「Nooo!!」


 土の柔らかそうな場所目掛けてジョルジュ君を放り投げた。再びごろごろと地面を転がるジョルジュ君は、泥と土まみれになって、でも。


「No effect!」


 ジョルジュ君はすぐさま立ち上がり、再び俺に向かってきた。


「掛かって来い!」


 俺も迎え撃った。


「Isamuーーーーー!!」

「ジョルジューーーーー!!」


 叩いて、蹴って、投げ飛ばして、転がして、転がって。俺とジョルジュの戦いはしばらくの間続いた。いつからか、ジョルジュ君から笑う声が聞こえ始めた。


「Take that! Slash!」

「ぐぁぁぁ!!」


 何度目かの必殺技が炸裂し、ついに俺は地面に倒れ伏す。仰向けに寝転がり、ジョルジュ君の顔を見上げる。


「I won!」


 やりきった顔で仁王立ち。彼は笑っていた。そして、無抵抗の俺を踏みつけたりもしなかった。


「Take my hand」

「はい」


 差し伸べられた手をとり俺は体を起こす。勝利を勝ち取った英雄様は、思った通り優しかった。


「いきなり来て、いきなり色々なことやって、ごめんな」


 俺はジョルジュ君の目を見て素直な気持ちで謝罪する。言葉はきっと伝わらない。でも、繋いだ手から気持ちが伝わればいいななんて、そんなことを思った。


「I don't understand your words. But I don't think you are a bad person anymore」


 ジョルジュ君の返した言葉はやっぱり分からなかった。でも、その言葉と一緒に見せた彼の笑顔が、何よりの答えだと思った。


「ありがとう」


 繋いだ手が解けた時に、思い切って手を伸ばしジョルジュ君の頭を撫でてみる。


「Hmm」


 彼は手が触れた瞬間くすぐったそうにしたけれど、照れ笑いを浮かべるだけでその手を払ったりはしなかった。


「ははは……」


 それを見て俺も笑顔を見せようとした、その瞬間だった。


「……はぇ?」


 急に響いてくる地面を何かが蹴り上げる音。落ち葉が跳ねて、草が踏み締められる音。同時に感じる何者かの急接近。


「?」

「まずい!」


 咄嗟のこと、俺はジョルジュ君を引き寄せ地面に伏せさせ、その上に覆い被さる。


「What!?」


 突然の行動に驚く彼を今は無視し、俺は来るかもしれない衝撃に身構えた。


「ブギーーー!!!」


 血の匂いがした。けれど、それは自分の物じゃなかった。


「!?」


 俺のすぐそばの草むらからそれは飛び出して、目の前を通過する。濃い獣と血の匂いを纏ったそいつは頭を振り回しながら急停止、広場の真ん中で立ち止まる。


「フスッフスッ!」


 でかい猪だった。俺の知っている大人の猪よりもう一回り大きいそいつが、興奮して血走った目をして俺達を見ている。よく見るとその体はところどころ傷ついていて、特に片方の牙は折れて今にも外れそうになっていた。そいつは森で出会いたくない奴らの大常連、いわゆる手負いの獣だった。


「Isamu!」

「おわっ」


 ジョルジュ君が俺を押しのけ体を起こす。


「It's a monster!」


 そのまま猪を見てしまって、彼の口から驚きの声が上がる。


「ブギーーー!!」


 その声に反応してますます興奮の度合いを高める猪の怪物。どうやらこの場から逃げるのではなく、俺達を倒す方向に意識が変わったようだった。


「ジョルジュ」


 俺は猪から目を逸らさないようにしながら彼に声を掛ける。


「ジョルジュ!」


 手で俺の後ろに回り、さらには逃げろと合図する。


「Isamu!」


 が、彼は俺の後ろにこそ回ったが、そこから動かない。動けないのかもしれない。


「What should I do!?」

「大丈夫!」


 不安げな声が聞こえた瞬間。俺は大きな声でそう言っていた。そのまま警戒を解かない猪と向き合いつつゆっくりと立ち上がる。


「大丈夫」


 もう一度そう口にして、俺は覚悟を決めた。動物相手なら、特にこの手の害獣相手なら、何とかなるかもしれないという打算もあった。


「俺に任せろ」


 何より、後ろで怖い思いをしているジョルジュを守らないといけない。そんな思いが俺を突き動かしていた。


「ブッブッ」


 鼻息を鳴らす相手をにらみつける。向けられている敵意に負けないくらいの敵意を返す。


「行くぞ。お前の敵は俺だ!」


 俺は相手が動くよりも先に、前へと踏み込んだ。 


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